10 自撮りってやっぱりちょっと照れませんか?
「えーと、じゃあこれにするわ!」
「ざんねーん! ジョーカーでしたー!」
「がががーん!」
「うわ、マジか……」
マツウラさんがあたしに背を向けて手札をシャッフルする。
「さあつむぎ、掛かってきなさい!」
引き抜いたカードは、残り1枚の手札と同じ数字。
「うん。あがり」
「なんですってー!」
「お姉ちゃん、もっと演出を考えてよ!」
「なんでババ抜きで演出を考えなきゃいけないのよ」
「うー。じゃあ松浦さん、行きますね」
朝樹は迷いに迷った挙句、松浦さんの手札(あと2枚だけだ)から1枚のカードを引き抜く。
「ああー! やっちゃったー!」
「ふっふっふ。これで勝負を決めるわ!」
朝樹が念入りに混ぜた2枚のカードを、マツウラさんは見つめる。
「よし、あたしは右利きだから右ね!」
「そのジンクス、なんか腑に落ちなくない?」
「きっと右よ!」
あたしの呟きなどお構いなしに、マツウラさんは向かって右側のカードを引き抜く。
「やったわ!」
「ああー! 負けちゃった!」
ここで本当に勝ってしまうのが安心安全のマツウラさんクオリティという感じだ。
失意の朝樹は、その場で寝転がって脱力する。
「うー。ていうかヒマー!」
「ま、それは違いないね」
朝から朝樹の宿題を手伝ったり、テレビを見たり、お菓子を食べたり、お昼を食べたり、テレビを見たり、お菓子を食べたり。まあ、あたしも暇だ。
とはいえゴールデンウィークなんてこんなもんだろうし、あたしは自分の家だから暇でも諦めがつくけれど、マツウラさんにはちょっと申し訳ない気もしてしまう。
「お散歩でも行って来たら?」
縁側で本を読んでいたお母さんが言う。
散歩か。そういえばマツウラさんはこの町について何も知らないわけだし、案内しないという手はないな。
ていうか、もっと早く気付いていても良かったくらいだ。
「行こっか。散歩」
「そうしましょう!」
「行く行く!」
荷物なんてなんにも持たないで、バタバタと外に出る。今日も気持ちのいい天気だ。
「お姉ちゃん、どの辺に行く?」
「そうだねー。丘にしようか」
「完全にソリ!」
「やめてよ突然そんな口調になるの」
「楽しみね!」
ぞろぞろと3人で歩いていると、なんだか不思議な気分になる。
「わたしたち、3姉妹みたいに見えるかな?」
朝樹が呟く。同じようなことを、あたしも考えていた。
しかしいくら近所では美少女姉妹と名高いあたしたちでも、マツウラさんほどの美少女が混じっていると姉妹だと思われないのでは? とか余計なことは言わないでおく。
「だとしたらあたしとマツウラさん、どっちが姉だろうね」
「そりゃあつむぎじゃないかしら! とっても頼りになるもの!」
「確かにお姉ちゃんは頼りになりますよね。お姉ちゃん最高!」
「つむぎ最高!」
「めっちゃ褒めるじゃん……」
まあ、内心めちゃめちゃ嬉しいんだけどな!
「松浦さんって、きょうだいいるんですか?」
朝樹がマツウラさんに尋ねる。
「いいえ。ひとりっ子よ」
「へえー。そうなんだ。じゃあけっこう、欲しいものとか何でも買ってもらえちゃったりしましたか?」
「うーん。どうかしら」
マツウラさんは少しだけ答えづらそうに、曖昧に微笑んだ。
朝樹もそれを感じ取ったのか、それ以上その話題を広げようとはしない。
マツウラさんは家の話題になると、少しだけ表情に影が落ちる。それに気付いてからは、あたしもあまり彼女に家のことを訊かないようにしていた。
「そういえば、昨日はすごい偶然だったみだいですね。ね、お姉ちゃん?」
「ああ、百合中さんね」
「ほんと! びっくりしたわよね!」
朝樹の気遣いで、話題が他のものに移る。
あれは確かに、いま思い出してもすごい偶然だった。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールの通路。
向かい合って目を丸くしているのは、クラスメイトの百合中さんだ。
そりゃあ京都から遠く離れたこの場所で、とつぜん同級生ふたりに出会ったのだから驚くのも無理はない。あたしだって相当に驚いている。
「百合中、さん……?」
あたしの口からこぼれた言葉は当たり前の事実のいちおうの確認であり、願わくば赤の他人の空似であってほしいという祈りだった。
「松浦さんに、寺坂さん」
しかしやはり目の前の人物はパーフェクト眼鏡女子こと百合中さんであり、あたしの一縷の望みは絶たれる。
「百合中さん、こんにちは!」
「偶然だね、松浦さん」
マツウラさんの元気な挨拶に、百合中さんは笑顔で答える。
「ゆ、百合中さんはどうしてここに?」
あたしは時間を稼ぐためにとりあえず先手を打った。
「おばあちゃん家が近くだから、家族で帰省してるんだ。ゴールデンウィークの恒例行事みたいなもんかな。寺坂さんたちはどうして?」
切り返しが早い! けどそりゃあ訊くよね。謎だもんね。
うーん。どうにかして、あたしとマツウラさんがここにいる理由を考えなければ。事実を伝えてしまうと、どうしても同棲のことがバレてしまう。それだけは避けなければならない。
でも、クラスメイト同士で学校から遥か遠く離れたイ〇ンを歩いている理由って、一体なんだ? あたしは頭をフル回転させるが、どうしても上手い説明が出てこない。
「私がどうしても岡山県に来てみたくて、寺坂さんが岡山に帰省するっていうから、家に泊めてもらってるのよ」
突如マツウラさんが口を開く。
「ああ、そうなんだ。良いところよね、岡山県。あたしもけっこう好き」
「やっぱりそうよね!」
ん? なんか会話が進んでる。これでうまく納得してくれた……のか?
◇ ◇ ◇
いやー、あれはほんと、マツウラさんの助け舟がなかったらどうなっていたことか。
で、そっからお父さんと朝樹が良い感じのタイミングで合流してくれたので、百合中さんに別れを告げ、なんとか事なきを得たのだった。
「もうほんと、これでバレたと思ったよ」
「あ、そっか。同級生の人には一緒に住んでること隠してるんだもんね」
「そうそう」
一応、そこら辺の事情は朝樹にもやんわりと伝えてあるのだった。
「それにしても、よくあんな上手いごまかし思いついたよね」
あたしはマツウラさんに言う。
「だってごまかしじゃないもの。つむぎが生まれ育った場所に興味があったから、付いてきたの。本当のことしか言ってないわ」
あたしの言葉に、マツウラさんは事もなげにそう応える。
「松浦さん、お姉ちゃんのことめっちゃ好きじゃないですか」
朝樹が茶化すようにそう言うと、マツウラさんはニッコリ笑顔で、
「もちろん、大好きよ?」
あ、ヤバい。
朝樹グッジョブだけど、たぶん今、あたしの顔面の色がヤバい。
うわー。どうしよ。いや、もちろんそういう意味の大好きじゃないのは分かってるけれど、でも実際にマツウラさんから発話された大好きはもう破壊力が凄い。
もうこれは山とか見てるフリするしかない。
「お姉ちゃん、照れてるでしょ」
90度の角度でふたりから顔を背けていると、妹に図星を突かれた。
「うるさい!」
108ある長女必殺技のひとつ、『一蹴』を発動させる。
明らかに照れてるあたしを見て、マツウラさんはどう思うのだろうか。ただ大好きという言葉の響きに反応してるだけだと思うだろうか。それとも、あたしが彼女に感じている感情を、うっすらと読み取るのだろうか。
前者であった方が良いのかもしれないけれど、あたしは確かに後者であってほしいと思っていて。
でも、あたしの意思とは関係なく全てが白昼の元に曝されてほしいと願うのは、きっと臆病者の破壊衝動に過ぎないのだろう。
「そもそも、松浦さんってどうしてお姉ちゃんの家に住もうって思ったんですか?」
朝樹はなかなかに遠慮なくデリケートなところに突っ込んでいく。しかしそれは当然の疑問だった。
一応、我が家ではマツウラさんが自立する練習として親元を離れてみたくなったため、というのを公式の説明としているが、もう少し込み入った事情があることは、両親も朝樹も感づいているのだろう。
とはいえ、お父さんは人が家を出たがるのは当たり前だと思っている節があるため取り立てて詳しい話を聞こうとはしないし、お母さんは気になってはいるんだろうけど、まだ様子を見ているみたいだ。
そしてかく言うあたしも、彼女の心の葛藤については全くと言っていいほど知らなくて。どれだけ踏み込んでいいのか、そもそも踏み込むべきなのか。何も分からないのだった。
たぶんそういうとこ、あたしはお母さんと似ている。
だからこそ、お母さんがあたしとマツウラさんの同居についてどう思ってるかってのは、すごく怖い。
そういう人間が『踏み込む』という決断をしたとき。それは現状の崩壊を覚悟の上でのことだからだ。
「どうして、か……。そうね……。たとえば朝樹ちゃんは、人間に値段って付けられると思う?」
マツウラさんは唇の下に指を充てながら問いかける。
「付けられるわけないです! 命はプライスレスだよー」
朝樹の回答に、マツウラさんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうよね。でも、私のお母さんは人間に値段が付けられると思う人なの。だから、ずっとおうちにいると、なんだか自分がモノになっていくような気がして、我慢できなかったのよね」
「そっか。大変だね」
朝樹は神妙な顔でそう呟く。かと思うと、急に顔を上げて、
「松浦さん、お姉ちゃんをいっぱい頼ってね。お姉ちゃんもあたしも、いつでも松浦さんの味方だから」
うわ、なんて良いことをいいやがるんだ我が妹! それあたしが最初に言いたかったあ!
でもまあ、こういう機会でもないと、いつそんなことを言えたかも分からないわけで、あたしは朝樹に感謝しなければいけないくらいかもしれない。
「マツウラさん、その通りだから。あの、あ、あたしはいつでもマツウラさんの味方だから」
「ありがとう、つむぎ、朝樹ちゃん」
そう言ってマツウラさんは、少しだけ潤んだ瞳を可憐に瞬かせるのだった。
「すごい! なんて綺麗な眺めなのかしら!」
「でしょ? よくこの辺で鬼ごっことかして遊んだなあ」
そこは小さな祠の脇にある道を登った先、石垣だけが残る城跡だ。
ここくらいしか高い場所がない我が町は、当然ながらここからぜんぶ一望できる。
川、電波塔、家々、山。それはあたしが子供のときから変わらない風景だった。
「お姉ちゃん、松浦さん! 一緒に写真撮りませんか?」
そう言って朝樹はスマホを取り出す。そういえば買ってもらってたっけ。あたしが小学生の時はいくらねだっても持たせてもらえなかったのに、ズルい。
「いいね」
まあ大人げないことを考えるのはやめて、素直に同意する。
「じゃあこっちを背にして並んで並んで~」
朝樹はインカメを起動して腕を伸ばし、画面に3人全員が入るように調整していく。
「お姉ちゃん、もっと松浦さんにくっついて!」
「うん……」
いつも夕飯のときとかほぼゼロ距離でくっついてるのに、なんか改めて言われると照れる。あー、良い匂いする。
「はい、チーズ!」
パシャ、と音が鳴って、朝樹はスマホの画面をあたしとマツウラさんの前に差し出す。覗き込むと、あたしはちゃんとカメラ目線になっていた。無意識にマツウラさんをガン見とかしてなくて良かった……。
「うん、良い感じだね」
「ありがとう! 素敵な写真ね!」
「ありがと。あとであたしに送っといてくれる?」
貴重なマツウラさんの写真をゲットするチャンス、逃さない手はないぜ。
「あいあいさー! Wi-Fi環境で送るね!」
おお。ちゃんと通信制限のこと考えてるの、現代っ子だ……。あたしなんていつも月末に速度制限されるよ……(最近は下宿にWi-Fiがないのでなおさら)。
「じゃ、そろそろ帰りますか」
「はーい!」
朝樹は元気に手を上げると、走って先に行ってしまう。元気かよ。
「つむぎ、さっきの話だけれど」
マツウラさんはふたりきりになるのを待っていたかのように囁く。さっきの話と言えば、マツウラさんが家出した理由のことだろうか。
あたしは背筋を伸ばして、彼女の言葉を待つ。
「ぬいぐるみのことは、私とつむぎだけの秘密ね」
「おっけー。分かった」
それはおそらく、ぬいぐるみを捨てられて家出してきたことが恥ずかしいからではなく、その凄惨な事件について打ち明けられるのは、あたしくらいしかいないからだと、そう都合よく解釈しておく。
それはたぶん、自らにとっても、マツウラさんに向けても、誠実な意識のありようだった。
「なにしてるのー! 行こうよー!」
「ごめんごめん!」
そしてあたしたちは、丘を降りる。
次にこの景色を見るのは、いつになるだろうか。
家に帰って、またダラダラとゲームやおしゃべりをして、気が付いたら夕飯の時間だった。
娘とその友人をもてなしてくれるためか、メニューはすき焼き。たらふく平らげて動けないくらいになるけれど、帰省したときくらい親孝行(皿洗い)でもしようと台所へ向かうと、ちょっと、と小声でお母さんに呼び止められる。
お母さんはジェスチャーであたしを勝手口のところまで誘導すると、腕を組んであたしと対面した。
居間にいるマツウラさんたちまで、絶対に声が聞こえない場所。
そしてお母さんは口を開く。
「松浦さんのことで、ちょっと話があるんだけど」
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