9 なんやかんや言いつつイ〇ンモールってテンション上がりませんか?

「うーん! 何もしなくてもお料理が出てくるのは最高ね!」


「それはそうなんだけど、人の家で言うセリフではないよね」


 座敷で寝そべるマツウラさんは、完全に自分の家のようにリラックスしている。


 昨日の今日でこれなのだから、彼女の環境適応能力には驚かされる。

 そういえばあたしの下宿に住み始めたときも、最初からずっとそこにいたみたいに馴染んでたもんな。


「お昼ご飯は一体なにかしら! ワクワクするわね!」


「あたしがモッツァレラチーズとトマトのカプレーゼって言ったから、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼだよ」


「モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼなのね!」


 まあ、あんなにおいしいものはそうそうない。


 と、机を囲んでダラダラするあたしたちをふすまの奥から覗く瞳がふたつ。


朝樹あさぎ、こっち来なよ」


「あら朝樹ちゃん! 今日もかわいいわね!」


「シャー!」


 朝樹はマツウラさんの言葉に威嚇で応えて、どっかに行く。


 マツウラさんは朝樹のことをなんだか気に入ってしまっているのだが、その溝は埋まりそうにない。

 うう。マツウラさんにかわいいって言ってもらえるなんて。お姉ちゃん、あんたに嫉妬してしまいそうだよ。


 それはそうと、この関係は昨日、あたしたちがこの家の玄関を通ろうとしたときから続いている。


◇ ◇ ◇


「松浦あまね! あなたをこの家に入れるわけにはいかないわ!」


 長時間長距離の移動に疲れてすぐにでも家に入って座りたいのに、ラスボスよろしくあたしたちの前に立ちはだかるのはあたしの妹だった。


「あー、はいはい。気にしないでねマツウラさん。これ、妹の朝樹っていうんだけど、常にこういう奴だから」


「妹の紹介が雑!」


「あんたが意味わかんないことしてるからでしょうが」


 あたしの言葉に朝樹は「うう……」とたじろいだ後、しかし姿勢を正して改めてマツウラさんに対峙する。


「どこの馬の骨とも分からない女があたしの愛するお姉ちゃんをたぶらかすなんて笑止千万! この家に入りたければ、まずはあたしを倒してからにしなさい!」


「おっ、戦線布告か」


「お父さんは黙ってて!」


「うふふ。かわいい妹さんね」


「まあね」


 確かに、行く手を塞ぐ朝樹は普通に邪魔だしマジでどいてほしいけど、別に苛立ったりはしないし、普通にかわいいと思う。

 基本的に、めちゃめちゃ仲の良い姉妹なのだ。ただまあ、今はマツウラさんに迷惑を掛けるわけにはいかないからなあ。


「朝樹、いい加減に――」


「いいわ。受けて立ちましょう!」


 マツウラさんは一歩前に踏み出し、朝樹と向かい合う。


「えっ、あ、そうなんですか? えーと、じゃあ……」


「対戦方式とか詰めてないのかよ」


 どういう展開を予想していたのかは分からないが、朝樹は既に万策尽きてるっぽかった。


「う、w〇i Uにしましょう!」


 朝樹は我ながら名案という趣で言う。


「その時点で自宅に上げてるのでは?」


「はっ! いや、これは、ざんてーてきそちよお姉ちゃん!」


「まあなんでもいいけどさあ」


 というわけで我々は無事に屋内に入ることができ、夕飯までの間をw〇i Uに費やしたのだった。

 ちなみに朝樹はゲームがめちゃめちゃに弱いのでマツウラさんにボコボコにされ、暫定的措置もすぐに終わりを告げることになる。


◇ ◇ ◇


「うーん、朝樹ちゃん、もっと仲良くしてくれればいいのに」


 マツウラさんは両手両足を天井に突き出して、ぐらぐらと揺れながら呟く。


「ま、そのうち懐くよ。人見知りだからああなっちゃってるだけだからね。悪いけど、まだ小5だし許してあげてほしい」


 あたしたち姉妹は、昔からあたしが内気で朝樹が社交的だと思われがちなのだが、実はあたしも朝樹も全くと言っていいほど社交性がなく、むしろあたしの方が人見知りしないだけマシ、という有様だった。


「はーい、出来たよ。モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼと、冷製パスタジェノベーゼ風。取りに来て―」


「はーい」


 台所からお父さんの声が聞こえたので、マツウラさんと共に向かう。


 配膳を手伝って、あたし、マツウラさん、お父さん、朝樹の4人でダイニングの机を囲んだ。お母さんは夜勤明けなので、今日は寝てるっぽい。


「「「「いただきまーす」」」」


 4人で一斉に手を合わせる。


 なんか、人がいっぱいいる食卓ってのはやっぱ良いなと改めて思う。マツウラさんが来てくれたおかげて、あたしはふだん孤独を感じずに生活できているわけだけれど、それとこれとは別で、やっぱり大勢で食卓を囲むというのは、特有の高揚感がある。


「うーん。とってもおいしいです。ね、朝樹ちゃん?」


「……うん」


 マツウラさん、なかなかにテクニシャンだ。実際においしい料理に対してネガティブな反応ってのはできないもんな。マツウラさんに敵対(?)している朝樹でも、相槌を打たざるを得ない。


「そういえば今日、イ〇ンに行こうと思ってるんだけど、みんな行く?」


「行く!」


 お父さんの問いかけに、朝樹は即答する。そして何かに気付いてしまったらしく、しまった、という風に固まる。


「あたしたちはどうする、マツウラさん」


 まあ答えは分かっているのだが、いちおう訊いておく。


「もちろん、ご一緒させていただくわ」


 そう言って、彼女は朝樹にウインクを投げかけるのだった。

 朝樹、ズルい!




「すごい! あたしの家より大きいわ!」


「それは安心したよ」


 車で1時間ほど飛ばしたところにあるイ〇ンモール。小さい頃からよく連れてきてもらっていた場所だ。


「そして人がいっぱいね!」


「ゴールデンウィークだからね。駐車場から建物に入るだけでも一仕事だ」


 お父さんの言う通り、遠くの駐車場しか空いていなかったため建物に入るまでそれなりに歩かなければならない。


 京都ではこのくらいの距離を歩いたところでなにも感じなかったけれど、この町では体が車社会に適応するからなのか、なんとなく面倒に感じてしまうのが不思議だ。


 建物に入ると、これまた人がいっぱいだった。とりあえず、エスカレーターで2階に上がる。


「お父さんは百均とか行きたいんだけど、みんなどうする?」


「あたしは本屋かな」


「わたしはビレバン!」


 朝樹が早く行きたくてたまらないという様子で言う。なんか最近、ビレバンに凝ってるみたいだ。


「じゃあ、あたし朝樹に付いてくよ」


「わたしもう子供じゃないもん! ひとりでも大丈夫だし!」


「そう?」


 なんか癖でつい言ってしまったけど、確かに11歳とかならビレバンくらいひとりで行けるわな。うう。お姉ちゃん寂しい。いつもお姉ちゃんお姉ちゃんって付いてきてたのに……。


「じゃああたしもそのビレバン? ってところに一緒に行っていいかしら?」


 あたしが妹の成長に心の中で涙していると、マツウラさんがぶっ込んでくる。


「え、まあ、はい。お好きに……」


 さすがの朝樹もそこで断るほどの度胸はなかったらしく、しぶしぶという感じで頷く。まあ、人見知りの治療にはちょうど良いだろう。


 それにしてもほんと、マツウラさんがこんなに朝樹に興味を示すとは思わなかった。ちょっと意外だ。


「じゃ、15時にこの辺集合で。もしあれだったら携帯で連絡取り合おう」


 お父さんの合図とともに、各々の目的地にばらける。ちらっと後ろを振り返ると、朝樹に話しかけるマツウラさんの姿が目に入って、あたしは自分の中にあるモヤモヤの正体を掴み損ねるのだった。




 ふーっ、どれにするか迷ったけど、良い本が買えて良かった。


 あたしは15時少し前に、エスカレーターの横のところに戻ってきていた。

 まだ誰もいないけど、朝樹とマツウラさんは大丈夫だっただろうか。


 と思った矢先、ゲーセンの方からマツウラさんと巨大な人形を持った朝樹がやってきた。何やら談笑しているっぽい。


「もー、松浦さんUFOキャッチャー上手すぎてマジびっくりしちゃった」


「そうなの? 初めてやったけど、掴むだけなんだから簡単じゃない?」


「いや、ホントはそれが難しいんだって!」


 あたしの隣に来たふたりは、なんかめっちゃ仲良くなっていた。


「朝樹、マツウラさんを敵視するのやめたの?」


「やだなーお姉ちゃん。あたしがいつ松浦さんを敵視してたっていうの?」


「玄関で喧嘩売ってたのはどこのどいつだよ……」


 ともあれ、ふたりが仲良くなれたのは良いことだ。別に最初から心配とかはしてなかったけれど、打ち解けるのは早い方がいい。


「お、みんな揃ってるな。たこ焼きでも食べようか」


 大量の荷物を抱えて戻ってきたお父さんが最高の提案をしてきて、その案は満場一致で可決されたのだった。




「実はね、わたし、松浦さんがお姉ちゃんのこと取っちゃったみたいで、すごく怖かった」


 フードコートの座席で、朝樹は珍しく神妙な面持ちであたしに話しかける。

 お父さんはたこ焼きを買いに行ってて、マツウラさんはトイレで、この席にはあたしと朝樹しかいない。


「同級生の女の人と一緒に住んでるって聞いたときもびっくりしたし、一緒に帰ってくるって聞いたときもびっくりした。今までお姉ちゃんと一緒に住んでたのはあたしだったのに、今お姉ちゃんは別の人と住んでるんだって思うと、すっごく寂しかった。お姉ちゃんがもっと遠くへ行っちゃうような気がした」


 こんなに自分の気持ちを整然と語れるなんて、朝樹は大人になったんだなと思う。きっと彼女は、あたしよりもしっかりしている。


「でも、帰ってきたお姉ちゃんはいつも通りだし、松浦さんも話してみるとすっごく良い人だし、全然気にすることなかったんだなって思うよ」


「そっか。良かった」


 でもあたしは、マツウラさんが朝樹を気に入ってるというだけで、ちょっとだけ妹に嫉妬している。そういう意味で、彼女が感じたあたしとの距離は、もしかすると本当のことなのかもしれなくて。


 そうかと思えば、妹と仲良く話すマツウラさんにも嫉妬している自分がいて。

 本当に、あたしは心が狭いのだ。それだけは、間違いない。




 たこ焼きを食べ終え、席を立つ。

 靴下が欲しいという朝樹がお父さんをチュ〇ュアンナに連れて行ってしまったので、マツウラさんと周りの店をブラブラすることにする。


「本当になんでも揃うのね! すごいわ!」


「それはそれでどうかって気もするけどねー」


 どの店に入ろうかと歩いていると、なんとなく、こちらを見る人の気配を感じた。動きを止め、こちらにじっと注がれる視線。


 そちらを向いたあたしは、自らの目を疑う。この場面で、もっとも出会ってはいけない人物のひとりが、そこにはいた。


「百合中、さん……?」

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