真白の剣

 あれから一晩ぐっすりと休んだ俺は、思っていたよりも傷が浅かったのか、翌朝にはすっかり動けるほどに回復していた。

 すぐにでも風の精地へと向かいたかったが、完全に回復したとは言えない上に魔法陣の準備が整っていない。

 そのため今日もこの城に留まり、休養に専念することを余儀なくされた。



 ジーアスが俺について知っていたのもあり、ガヴェインと再会した時からジークであることを隠さず行動し、ランディリア全域の浄化を行っている。

 俺が何者なのか、危険ではないか、誰か探りに来るだろうと思っていたが、そういった事は全く無く、昼も過ぎた今までの間、この部屋に訪れたのはガヴェインとジーアス、そしてカルグ医師だけだ。

 王族の警護としてやって来た近衛騎士も数名いたが、皆何も問う事無く部屋の外で待機するだけだった。


 聞けばガヴェインとジーアスが色々と手配してくれたらしい。

 英雄の生まれ変わりで強い浄化の力を持っている事を知られれば、再び英雄として戦う事を求められてしまう。

 世界中が邪龍を殺すために動いている今、英雄として表舞台に戻ればカリアを救うのに支障が出るのはわかりきっている。

 それを防ぐため、ガヴェインとジーアスは城の者達に俺をジーアスの友人だと伝え、俺について探る事も、あの日見た出来事を誰かに話す事も禁じてくれたそうだ。



 とはいえ、俺とガヴェインのやり取りを目の当りにした近衛騎士や、ゲルベーテを始めとする魔導士達は何かしら勘付いているだろう。

 それにランディリアが浄化された日と俺がこの城にやって来た日が被っているため、勘の良い者には俺が浄化に関与しているのに気付かれているはず。

 だが、王の命令ともあって、誰も探ろうとはせず、俺が城で療養する事を甘んじて受け入れてくれている。


 英雄として戻りたいわけではなく、ただカリアを救いたいだけなので、ガヴェインとジーアスの配慮はとてもありがたい。

 しかし休む以外する事が無く、時間が有り余っている今、同じく病み上がりのため時間が有り余っているあいつの格好の玩具になるのは少々勘弁して欲しかった。




 蒼の強い紫を基調に銀糸で飾られた上着に袖を通し、右胸から腰まである留め具を順に留めていく。

 裾が膝上まであるが、動きやすさを考慮して横に切れ込みが入っており、軽く足を上げて見ても動きが阻害される感覚は全く無い。

 次いでドラゴンの皮と魔力が宿った鉱石──魔鉱石で作られたというグローブを手に取り、それぞれ両手にしっかりと嵌めていく。



「では最後にこちらをどうぞ」


「……なぁ、これ以上はもう良いんだが」


「良いから着ろって」



 傍で控えていた武具職人の男性が差し出す物に、思わずガヴェインへと視線を向ける。

 だがあいつはそれだけ言って、再び優雅に紅茶を楽しむのに戻ってしまう。


 お前は俺より重体だったはずだろうに、俺の装備選びに付き合っていて良いのか。

 ガヴェインこそ大人しく休んでいなければならないと思うのだが、誰も突っ込んだりしないらしい。

 職人に早くしろとばかりにずいっと差し出され、溜息一つ吐いて受け取ったそれは、上着と同じ色で染色されたフード付きのローブだった。



 脚まで覆うほどあるそのローブを羽織れば、裏地に使われている肌触りの良い黒の生地が、存在を主張するようにひらめく。

 首元にある銀の留め具をパチリと留めると、ローブは俺を主として承認したようだ。

 留め具部分に嵌められていた魔石が俺の魔力を少し取り込んだかと思えば、ふわりと淡い光を幾つか生み出し、ローブに浸透するように溶けていく。

 するとまるで羽でも生えたかのように身体が軽くなり、動きに支障が出ないよう僅かな歪みも自動で修正されていった。



 ローブの裾を持って適当にはためかせるが、位置補正の魔法でも付加されているのか、首元の留め具だけで固定しているというのに、ずれる事もなく俺の身体を守るように包んでいる。

 服にグローブ、それにブーツもだったが、これには一体どれだけの技術が用いられていることやら。

 考えただけでも気が遠くなりそうだが、視線の先にいるガヴェインはただ面白おかしく見ているだけだった。



 これから先、どんな旅路になるかは分からない。

 それなのにろくに装備を整えていなかった俺のために、ガヴェインが所有する物の中から誂えてくれる事になったのはわかっている。

 昔から収集癖があったあいつの事だ。とんでもない物を持って来てもおかしくないとは思っていた。


 だが、これはいくら何でもやり過ぎだろう。

 そう思ってしまうほどの装備をいくつも用意され、俺は今日何度目かの溜息を吐いた。




 装備としてだけでなく、普段着としても用意された服のほとんどはモードユガという魔虫の繭から作られる特殊な糸で織られた生地でできており、下手な防具よりも頑丈な作りになっている。

 しかも今着ている上着には銀糸で魔法を付与していて、着用者の魔法を高める効果があるという。


 ブーツには魔鉱石で作られた膝当てが付いており、そこに嵌め込まれた魔石には魔法陣まで刻み込まれている。

 そのため、例え急な勾配であろうと、そびえ立つ壁であろうと、魔力を込めれば魔法が発動し、自由に歩けるようになるそうだ。


 そして一見、手の甲や前腕部分に気休め程度に鉄が仕込まれているだけにも見えるグローブは、剣や魔法を弾くほど硬いドラゴンの皮からできている。

 鱗の方が頑丈で用いられる事が多いが、ドラゴンの皮もそこらの鉄よりも硬く頑丈な素材だ。

 しかも鉱石には防御系の魔法と攻撃系の魔法が施されているようで、実際に試していないためどこまで可能かは判断できないが、身体強化を使わずとも剣を受け止め岩を砕く程度の事はできそうだ。


 最後に羽織ったフード付きローブは、服と同じくモードユガ由来の生地で作られており、各属性の精霊の加護、更に裏地には銀糸で魔法陣が刻み込まれている。

 ガヴェインが言うには、精霊の加護によって耐熱、耐寒、耐火、耐水、耐塵など、様々な耐性が付与されており、フードを被れば周囲の魔力を使って認識阻害の魔法が発動し、顔が見えにくくなるらしい。



 魔鉱石の加工も、魔石に魔法陣を刻み込むのも、糸で魔法陣を施すのも、物に精霊の加護を宿すのも、何もかもそれぞれ道を究めた者のみが達する事のできる技術だと聞いている。

 何から何まで最高級品だろう装備ばかりで、そう気軽に渡すのは止めて欲しいのだが、ガヴェインには関係無いようだ。

 今装備している物だけでなく、「予備に持って行け」だとか「これも使えるだろう」だとか言われ、既に何種類もの装備が異空間に押し込まれている。


 これでも厳選に厳選を重ねているらしいが、本当なのだろうか。

 怪訝な顔をしたところでガヴェインは笑みを浮かべて装備を付けて確かめるよう告げるだけだった。



「どうでしょう。何か違和感などはありますか?」


「そうだな……少しグローブがズレるか?」


「ふむ、失礼して……あぁ確かに僅かに大きいようです。

 この程度ならすぐに調整しますんで、腕を上げたままにしていてもらえますか」


「わかった」



 職人に言われるまま腕を宙に浮かせると、職人は器具を用いてグローブの調整を始める。

 ガヴェインが彼を腕利きの職人だと紹介したのは確かだったようだ。

 調整はあっという間に終わり、再び確認して欲しいと言われて両手を動かし動きを確かめる。

 手首も曲げて動きに変化をもたらすが、まるで最初から俺の為に作られたかのようにぴったりと嵌まっていて、違和感の欠片も無くなっていた。



「いかがですかな?」


「あぁ、丁度良い」


「それは良かった」



 相応の年齢を感じさせる皺を顔に刻んだ職人が嬉しそうに微笑む。

 ここ数時間、渡された数々の装備の調整を彼一人で行ってくれたのだ。

 改めて礼を言うと、それまで時折口を挟むだけだったガヴェインが席を立った。



「オージェル、ご苦労だった。お前はもう下がれ」


「かしこまりました。

 キョーヤ様、何か不備があればいつでも私共の所へ来てください。修復も調整も全て致します」


「わかった。その時は世話になるよ」


「では、私めはこれで。失礼いたします」



 オージェルと呼ばれた職人は、弟子と思われる青年と共に調整に使った器具や、俺には合わなかった装備が幾つも収められた箱を持って部屋を出て行く。

 オージェル達を見送れば、部屋には俺とガヴェイン、そしてガヴェインの専属騎士だという顔を隠した魔族のみとなった。


 休んでいたはずなのに少し疲れてしまったが、渡された物が全て良い物なのは事実だ。

 こんなに貰ってしまって良いのかと思ってしまうが、言ったところでガヴェインは俺に押し付けるだけだろう。

 ガヴェインにも改めて礼を言おうとした時、ガヴェインが俺の方へと歩み寄り、異空間から一本の剣を取り出した。



「予備の剣だ。受け取れ」



 差し出された剣は柄から先端まで白を基調に銀の魔鉱石で彩られているが、鞘以外からは魔力を感じられない。

 ガヴェインがただの剣を渡すわけがない。きっと魔剣の類のはず。

 鞘から魔力を感じるという事は、鞘で本来の力を隠しているのだろうか。


 チラリとガヴェインを見るが、受け取るまで戻さないつもりか、再び剣を目の前へと差し出してくる。

 貰える物は貰っておこう。そう切り替えた俺は一度息を吐き、ガヴェインからその剣を受け取る。

 握った際に流れて来た力は強く、ガヴェインに促されるまま柄を握り、鞘からゆっくりと引き抜いた。



「これは……」



 金属が擦れる音と共に露わになったのは、何色にも染まっていない真白の刀身だ。

 鞘から解き放たれ、光を受けて白く輝くその剣には、純粋な力が宿っている。



「お前が生きていた頃、当時の職人達が考えていた魔剣だ。

 結局完成したのはお前が死んだ後でな。渡せないままこの城で眠っていたんだ」



 ガヴェインの言葉を耳にしながらも、俺は何を言われるまでもなく魔剣へ魔力を流す。

 すると真白の刀身が俺の魔力に呼応して六色に染まりだした。



 火を表す紅、水を表す蒼、風を表す翠、地を表す琥珀、闇を表す紫、光を表す金。

 次々に刀身の色を変えていく六つの力は次第に混ざり、柄頭に嵌められた魔石へと流れてゆく。

 刀身は切先から真白へと戻り、全ての魔力が魔石へと宿った時、握る手を通して流れて来た魔力が俺へと魔剣の使い方を伝えて来た。



「……姿を変える魔剣、か」



 片手を塞ぐ鞘を近くの椅子へと置き、両手で柄をしっかりと握り直す。

 そして魔剣に求められるまま、各属性の魔力を順に流していった。



 火の魔力は紅焔となって、紅に染まった双剣が。

 水の魔力は激流となって、蒼に染まった槍が。

 風の魔力は疾風となって、翠に染まった弓が。

 地の魔力は岩石となって、琥珀に染まった斧が。

 闇の魔力は暗黒となって、紫に染まった大剣が。

 光の魔力は閃光となって、金に染まった剣が現れる。



 特殊な作りで、形を変えて全く別の武器になる物は見た事がある。

 だがそれは双剣が弓になるといった程度で、これほどの変化を行いながらも強い力を宿し続けている武器は見た事も聞いた事も無い。


 それぞれの属性に合わせ、姿を変える力をもった魔剣。

 きっと俺には想像もできない程の技術が用いられているのだろう。


 あらゆる方面に長けた者達が力を合わせ、目指した高み至った一つの剣。

 あの時代を共に生きた人々が、俺の為にと作り出した願いの形。

 全ての属性を持って生まれ、あらゆる武器を扱い戦っていた俺のために作られた、道を切り開くための武器──それがこの剣か。



「銘はアルヴシオン。お前が持つのが一番だろ?」



 満足そうに笑みを見せるガヴェイン。

 お前はこれをずっと守り続けてくれていたのか。

 人々に託され、還ってくるはずのなかった存在を待ちながら、ずっと。



「そう、だな……大切に、心から大切に使うよ」



 ガヴェインの言う通り、これは間違いなく俺が持つべき物なのだろう。

 真白の刀身へと戻った魔剣を鞘へと戻し、ガヴェインへと頷き返した。

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