新たな友の想い



「それで、これからだが……」


《まずは精地の力を取り戻してからカリアの元へ行った方が良いと思う。

 世界に広まる邪気はカリアの力だもの。カレウスの時みたいに、いくら浄化しても周囲の邪気を取り込まれたらキリが無いでしょ? まずは邪気を減らさないと……》



 それぞれの間で一区切りついたのを見計らい、先の話へ展開させれば、すぐにセラが答えた。

 カリアを救うと定めたならば、どうするのが良いか考える必要がある。

 その為の問いだったが、やはり精地の力を取り戻すのが先決か。



「だけど、その前に精霊達と合流したい。

 みんなの力があればもっと強い浄化の力を使えるし、その分浄化も早く終えられる。

 カリアの元へ向かうのも早められるはずだ」


「それはちょっと難しいな」



 横からすぐに否定され、どういう事かとガヴェインへ視線を向ければ、先ほどまでの暗さはどこへ捨てたのか、どこか前向きな表情で彼は顎に手を当て、考えを巡らせていた。



「わざわざ精地を巡らず合流したいだろうが、今ダルクとセラ以外の精霊がお前の元へ集まるのは無理だ。

 精霊は皆それぞれの精地へ戻り精地を守っている。それは英霊も変わらん。

 水と闇の精地はお前が浄化したおかげで元の姿に戻りつつあるから離れても問題ないが、他の精地はそうはいかない。

 英霊ほどの力を持った精霊が精地を離れれば、一気に邪気に侵されて崩壊してしまう。

 ここは勇者達がそうするように、順に精地を巡って邪気を浄化するしかないだろうよ」


「そうか……それなら仕方ない、か」



 水の精地も闇の精地も、俺が向かった時には限界寸前だったろう。

 事実どちらの精地も大精霊は眠りにつき、セラとダルクはそれぞれの方法で精地の維持に努めていた。

 他の精霊達も眠りにつくなり精地に溶け込むなりして精地の力になっていたようだし、そんな状態で離れるわけにはいかないか。



「他の精地はどんな状態なんだ? やはりどこも崩壊寸前か?」


「いえ、光の英霊アリル様のいらっしゃる光の精地は教国の中にあり、教会の者達が全力で守っています。

 そのため光の精地はほとんど侵されておらず、光の大精霊様は他の精地の浄化を手伝っていると聞いています」


《その通り。アリルは精地と人々の守りに徹してて、おかげでヴォルが守ってる火の精地と、ガイが守ってる地の精地はまだしばらく耐えられそうだったわ。

 でも、フィンが守ってる風の精地は危険な状態よ》


「危険な状態だと?」



 ジーアスとセラの説明にほっと一息吐きかけたが、最後に告げられた言葉に眉を顰める。

 間髪入れずに尋ねれば、セラは目を伏せ、フィンのいる風の精地について語った。



《単に光の精地から距離があるせいで大精霊の力がほとんど届いてないっていうのもあるけど……フィンは、邪気を精地の一か所に集め続けているの。

 そして自身を要に封印して精地を保ってる》


「そ、れは──」


《俺とガヴェインは、精地に集まる邪気を王都へと押し流して精地を保ったが、あいつは違う。

 小さな器に入るはずがない量の邪気を無理矢理押し込んで、溢れないよう自分が蓋になっているような物だ。

 正直、いつまで持つか……》



 何故俺の家族はみんな、無茶をするのだろうか。

 それぞれ沈痛な面持ちで語った内容に俺はただ息を呑んだ。



 器へと無理矢理押し込められた大量の邪気は外に出ようと暴れ続けているだろう。

 封印の要さえ壊せば、蓋さえ壊せば外に出られるなんて、すぐにわかることだろう。

 要として、蓋として、それを抑え続けるフィンは、一体どれだけの苦痛に苛まれているか。


 あの子が、自らそれを選んだというのか。

 まさに風のように自由気ままで、何も飾らずのんびりと明るいあの子が、それを?

 自分であろうと他者であろうと、無理強いする行為を誰よりも嫌っていたあの子が、それを?



「駄目だ……今すぐ行かないと、っつぁ……!」


「キョーヤ様!」


《キョーヤ!》



 ベッドから降りようとするが、動くはずのない体を無理矢理動かそうとした反動か、心臓を中心に全身を貫く激痛が走る。

 そのまま崩れそうになった俺の体はジーアスとダルクに支えられ、そのままベッドへと戻された。



「馬鹿かお前! 忘れたのか? カルグに2日は安静にしてろって言われただろう!」



 それでも俺は行かないと。早くフィンを助けないと。

 逸る気持ちに突き動かされ、再び動こうとする俺にガヴェインが一喝するが、俺の心は変わらない。

 家族が苦しんでいるとわかっているのに、ここで大人しくなんてしていられない。



「だけど、早く行かないと……フィンが……!」


「落ち着いてください、キョーヤ様」



 ガヴェインに制止され、体を支えているダルクにも抑えられる中、ジーアスの冷静な声が響く。

 俺の肩に手を当てていたジーアスは、再度落ち着くよう告げてから口を開いた。



「この城にはエルフの城へ通じる転移の魔法陣があります。

 風の精地はエルフの城からそう離れていません。転移すればすぐに風の精地まで行けます」


「転移の、魔法陣? そんな物を作ったのか?」


「何かあった時、お互いがすぐ助けに行けるように作ったんだよ。エルフだけじゃない、他の国とも繋がってる。

 色々と条件を満たさない限り誰であろうと使えないようにしているし、今まで使った事はほとんど無いが、今は緊急事態だ。使っても問題ない」



 聞き覚えの無い物に疑問を呈せば、すぐにガヴェインから答えが返される。

 どうやら俺が居なくなった後、万事に備えて作られた物のようだ。


 他国の城に直に通じる転移などあれば悪事に使われそうだが、そういった事は起きなかったのだろうか。

 脳裏に疑問が過ぎったが、条件とやらを満たすのが難しければ悪用する事も無かったのだろう。

 ガヴェインもジーアスもそれ以上の事は言わず、転移の魔法陣を使う方向で話を進めると決めたのか、黙って頷き合っていた。



「問題はエルフ側に転移について伝えなければならないことですが……」


《私が行くわ。誰かが伝達しに行くより私が飛んで行った方が早いでしょ。

 英霊が使者ならエルフ達もすぐに承諾してくれると思うし》


《セラ》


《ダルクはまだ本調子じゃないんだから、キョーヤと一緒に休んでて。

 そんな状態じゃ、カリアを助けるどころかキョーヤも守れないわよ》


《……あぁ、頼んだ》



 ダルクの短い呼びかけに、セラは寸分違わず意図を読み取り、冗談交じりに答える。

 彼女が浮かべた微笑みはとても頼りになる物で、ダルクは肩の力を抜いて頷いていた。



「連絡さえすぐにできるなら、後はこちらで準備を進めるだけですね。

 本来であれば準備が整うまで3日ほどかかりますが……どうにか2日で終わらせてみせます。

 だからキョーヤ様は準備が整うまで安静にしていてください。よろしいですか?」



 ほとんど決定事項だろうに、最終決定は俺に委ねてくれるようだ。

 といっても、その様子からして了承以外受け取るつもりは無さそうだが。



「……わかった。頼む」


「はい、お任せください」



 ガヴェインの息子なのもあって、中々の性格をしている。

 苦笑い交じりに頷いた俺に対し、ジーアスはにっこりと微笑みを返してくれた。

 それを見ていたセラがふわりと俺の傍から浮かび上がり、窓の方へと近付いて行った。



《じゃ、早速行ってくるわね》


「セ、セラ様! 念のため一筆認めますので少々お待ちいただけますか!?」


「あ、そうだ。良い事思いついた」



 急に賑やかになったように思うが、ガヴェインの傍はこれが普通だったな。そもそも人が集まれば賑やかにもなるか。

 ジーアスは慌てた様子で今すぐにでも飛び立ってしまいそうなセラを引き止め、慌ただしく異空間からペンやら紙やらを取り出し、手近な場所を陣取りエルフの長へ向けた手紙を書き始める。

 そしてまさに思いついたというのが正しいだろう。

 まだかまだかとセラに周りを飛び回られ、慌ただしくペンを動かすジーアスを横目に、ガヴェインは暢気に手をポンと打った。



「ダルク、お前ちょっと付き合ってくれ。キョーヤの防具やら一式を誂えてやろう」


「お、おいガヴェイン、そこまでしなくても……」


「お前なぁ……邪気が集まる場所に行くんだぞ。どんな魔物が出て来るかわからねぇのに防具一つ付けずに行かせられるかよ。

 それに精霊化するならそれ相応の物が必要なのを忘れたか?

 大量の魔力が流れ続けるんだ。魔力に対する耐久力が無いとすぐ壊れるぞ」


《俺もガヴェインの提案に賛成だ。

 もしもの時、防具一つ有ると無いとでは大きな違いがある。

 それとも何だ? キョーヤは死にたいのか? カリアを助けると言ったのは偽りか?》


「……わかった、任せる」



 昔から魔力の流れや精霊達のおかげで大抵の攻撃は受けることなく避けてきた。

 そういった物を揃える余裕があまり無かったのもあるが、防具の類は必要最低限に収めるのが常だったのだ。

 そんな短所といえる俺の癖が変わらず在るのに目ざとく気付かれてしまったか。

 ガヴェインからは呆れられ、ダルクからも詰め寄られ、俺は上がらない手の代わりに苦笑いで応える。


 俺を失う事を何よりも拒むダルクに、俺が失う可能性を考えさせるのは避けたい。

 ただガヴェインにこういった事を頼むと、必ずと言っていいほど俺には勿体ないぐらいに高価な物を軽く寄越してくるのだが……全て好意の上だ。受け取るしかないか。



「安心しろ。前と同じような軽さ重視の物を選んでやるさ。

 他に何か必要な物はあるか? 武器も、これからを考えればあの剣が一番あつらえ向きだろうが、必要なら用意するぞ」


「そう、だな……食料を少し分けてもらえるとありがたい。武器はあの剣だけで十分だ」


「わかった。ただし一つ予備の武器を用意しておく。異空間にでも入れとけ。無駄にはならんだろ」



 俺が倒れている間にでもあの剣を見たのだろう。

 滅多なことは無いようにしているつもりだが、もしもの時の備えはあって困らない。

 剣だろうと弓だろうと何だろうと大抵の武器は使えるし、ガヴェインが選んでくれるんだ。

 一体どんな物を渡されるか少々気になるが、大した問題では無いか。


 そうこうしている間にも、ジーアスがエルフへの手紙を書き終えたようだ。

 視界の端でセラが一通の手紙に魔法を施し懐に入れるのが見え、俺はガヴェインからそちらへと視線を向けた。



《じゃあ今度こそ行ってくるわね》


「気を付けてな」


《キョーヤも安静にね。ダルクも》


《あぁ》



 準備を整え、窓の傍で振り向いた彼女はそう微笑み、温かな魔力だけ残して姿を消す。

 あぁ、今にも雨が降りそうだ。

 セラが姿を消した窓から数秒空を見ていると、今度は隣で椅子が揺れた。



「俺達も行くか。第一と第二倉庫あたりのやつなら丁度良いだろ」


《……第六倉庫にも良さげな防具を入れていたと思うが》


「そうだったか? こうなったら人を集めて探すかね。楽しみにしてろよキョーヤ」


「……ほどほどに頼む」



 こいつは中身は変わらずあの頃のままなのか。

 悪戯っぽく笑って席を立つガヴェインに付き合い、ダルクは俺の頬を撫でてから部屋を出て行く。

 それを見送り、扉が閉じる音が響いたと同時、自然と深いため息が出た。



「疲れたでしょう。どうかお休みになってください。

 何かあれば、この呼び鈴を使ってください。すぐに誰かが駆けつけますので」



 話をしただけなのに、今の俺の身体には過ぎた負担だったらしい。

 促されるまま横になると、どっと疲労感を感じ、強い眠気が襲って来た。

 そんな俺に対しジーアスは異空間から小さな金のベルを取り出し、水差しが置かれたテーブルへと置いてくれた。

 やけに重い頭を動かしそちらを見れば、微かに魔力を感じ取れ、魔法陣も刻み込まれている。音ではなく魔力で伝える類の魔道具だろう。



「……すまないジーアス殿、手間を掛けさせる」


「……いいえ、いいえキョーヤ様。何も気になさらないでください」



 誘われるまま目を閉じようとした時告げられた言葉に、今にも落ちてしまいそうな瞼を上げる。

 ──どうしてそんなに寂しそうな表情をしているのだろう。

 変わらぬ微笑みを浮かべたまま俺を見つめる金の瞳を見て、俺は動かない首を傾げた。



「私達は貴方に多くの物を与えられた。その恩に少しでも報いたいだけなんです」



 意識が朦朧としているが、これだけははっきりとわかる。

 俺は何も与えた覚えは無いのに、彼の言葉には偽りなど無い。

 彼にあるのはただただ純粋な感謝と、憐憫の情だ。



「朝が来るように、夜は必ずやってきます。

 晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、ずっと続くことは無い。

 だから気になさらないでください。何も、永遠など無いのです」



 ──彼は、罪は無いとでもいうのだろうか。

 誰にも罪は無いと、思って良いのだろうか。



「全ての存在は時が経つにつれ変わるもの。

 変わっていく時間の長さがそれぞれ違うだけです」



 ──それは、彼女にもそう思ってくれているのだろうか。

 定められし役目を放棄した彼女にも。



「だからどうか、気に病まないで」



 ジーアスの指がそっと俺の額に触れる。

 その瞬間、緩やかな温もりに包まれ、俺は意識を手放した。

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