寄り道の縁

 先行くセラを追うように、異空間からフードを取り出して行列の方へと小走りで向かう。

 誰かに見られる前にフードで目元まで隠し、街道ほとんどを占めるように並んでいる行列の最後へと近寄れば、最後尾に立っていた青年が探るような視線を向けて来た。



「……俺が何か?」


「あぁ、いや……お前さん、魔族か?」


「普通の人間だが」


「あぁ、そうかよ……悪かったな。魔族だったら門が閉まってる理由を知ってるかと思っただけさ」


「あんたは門が閉まってる理由を知らないのか」


「最後尾だからな。今は魔族以外入れねぇとしか知らねぇ。

 ……ったく、魔族ってのはこれだからどうも好かねぇぜ」



 気になって声をかけてみれば、その青年は酷く疲れた様子でそう答える。

 どうやら随分と溜まっているようで、周りに聞こえようと気にしないとばかりに苛立ちを露わにした。



 俺の友人は人間よりも魔族の方が多かった。

 そのため青年の発言は少々思うところはあるが、誰かの好んでいる物を誰かが嫌っているのは良くある事だ。人の価値観にどうこう言うつもりは無い。

 だが見たところ商人のようなのに、魔族の国の王都の門前でそのような事を言って良い物かどうか。


 内心呆れながら周りの様子を窺ったが、青年の発言を特に気にしていないようだ。

 それどころか何人かは小さく頷いて溜息を吐いている。

 ……詳しい理由も教えてもらえずここに留まらされていればそうなっても仕方ないか。



 これ以上の情報は無さそうなので、青年に向けて軽く会釈をして当初の目的通り門の方へと歩き出す。

 街道のほとんどを行列が占めているが、人が行き交う事のできる程度の幅は確保してくれているようだ。

 情報交換か世間話か、様々な人が様々な人と会話しているのを流し聞きながら人の間を縫って進む。


 細切れに聞き取れる程度で詳しい事はさっぱりだが、どう聞いても疑問の声が多すぎる。

 最後尾にいた青年のように、ここにいる人々のほとんどが門が閉まっている理由を教えられていないようだ。

 詳細はセラが教えてくれるだろうからそれを待つとして、とにかく門番に話を聞いてみなければ。



 一刻も早くダルクを助けなければならない今、いざとなれば侵入する事も考えなければならないだろう。

 それをすると下手をすれば賊扱いになるかもしれないので避けたいのだが、これだけの人が並んでいるのにも関わらず門が開かないままであれば致し方ない。

 目に魔力を付与して強化し、それとなく結界の薄いところは無いか見つつ、門番らしき存在がはっきりと見えるまで門に近付けた時、誰かの怒鳴り声が響いた。



「ふざけんな! 開けやがれ!!」


「それはできません。緊急事態なんです。どうか引き返してください」


「こちとら魔物に襲われながらここまで来たんだ! 怪我人だっているんだぞ! それを何だってんだ!? あぁ!?」



 門番に掴みかかり、怒声を上げているのは傭兵のようだ。

 その傍には商人と思われる人物が居て、傭兵の言葉に頷いている。

 恐らく待つのに耐え切れなくなり、門番に詰め寄っているのだろう。

 もしくはその怪我人の治療を急がなければならないのかもしれない。


 ただ門番は掴みかかられているのにどこか慣れた様子で受け答えしている。これが初めてではなさそうだ。

 だが、この騒ぎに乗じてか触発されてか周囲まで騒めき出したのを見て、門番達は焦った様子で顔を見合わせていた。



「そうだよ、あんた達そればっかりじゃないか! いい加減理由の一つでも教えてくれないと、こっちも帰るに帰れないよ!」


「このままじゃ品物が駄目になっちまう。頼むからこれだけでも卸させてくれ……!」


「戻るにも装備を整えなきゃ戻れねぇ! せめて鍛冶屋に行かせてくれや!」



 周りにいた人々が門番の方へと押し寄せ、口々に門番へと要望を告げる。

 それに流されたのか怖気づいてしまったのか、最初に門番へと詰め寄っていた商人が端へと追いやられていた。

 傭兵がそれに気付き、すぐさま門番を離して商人の元へと向かっていたのでそちらは大丈夫だろうが、これはどうしたものか。


 門の前には人だかりができていて、まさしく混乱状態だと言っても過言ではないだろう。

 人々は門番に詰め寄り、揉み合いになっているのかあちこちから痛みを告げる声が聞こえてくる。

 更に人だかりの近くには教会の人間と思われる男性が「今こそ祈るのです。そして心に安寧を」と騒ぎに消えないよう高々と話していて、俺は静かにフードを被りなおした。



 どこにでもいるとは聞いていたが、ここにも教会の人間がいるとは。

 これでは門番に近付こうにも、揉み合った拍子にフードが脱げてしまったら目を付けられかねない。


 門の内側からは応援と思わしき門番と同じ格好をした者達が出てきて、それぞれ疲れた様子で騒ぎを治めるために人々の対応へと当たっている。

 対応している門番達と詰め寄っている人々の様子からして解決はしなさそうだが、それでも落ち着きはするだろう。

 少し離れたところで騒動が落ち着くのを待とうと道の端に寄ると、誰かが俺の肩に手を置く感覚がした。



「どうだった?」


《あんまりだったわ》



 肩を見ても誰もおらず、ただそこに微かに魔力の気配だけがする。

 騒ぎから離れているとはいえ周りに人がいるため前を向き直し、小さな声でそう聞けば、俺の耳元で囁くようにセラの声が響いた。



《ここに並んでいるのは人間だけ。他の種族の何人かは、いくつか確認事項を終えたら通してもらったみたい》


「魔族だけじゃないのか?」


《聞いた話だと龍人が四、五人、あと本当なのか怪しいけど二人組のエルフが通ったのも見たらしいわ》


「エルフが……?」



 森に住み、他種族との繋がりをほとんど持たない種族、エルフ。

 エルフ達の暮らす里は、ラノールの北にある森の奥深く、魔法で隠されていて招待されない限り入る事ができない場所にある。

 前に一度里に入らせてもらった事はあるが、あの頃のエルフ達はカリアや精霊達と共に居ようとも、里を魔物から守ったとしても、人間である俺を警戒し続けていた。


 俺を友と呼んでくれた変わり者なエルフもいるが、大抵のエルフは他種族に異常なまでの拒絶を抱いている。

 そんな彼らがわざわざ里を出て、人間の前に姿を見せ、他種族である魔族の国に入るなんて珍しいにも程がある。



 俺が居なくなってから時代が変わったように、彼らの在り方も少し変化があったのだろうか。

 それとも、そうしなければならない理由があったのか。

 少し気になるが、セラはそれ以上わからないようだしこれ以上は考えても無意味だな。



「他には何かわかったか?」


《後はあそこから聞こえる事とほとんど同じよ。

 ここで待ってる人は誰も門が開かない理由をわからないまま。門番は何があっても門を開けようとしない。

 ただ、門番は誰かを探してるみたいなのよね……》


「誰かを?」


《定期的に門番が列の人達の顔を見て回ってるらしいの。

 中には「これで全員か」って確認までされたんだって。これ、絶対誰かを探してるでしょ?》



 今も騒ぎの声が聞こえてくる中、セラが同意を求めてくるのに頷いて返す。

 それは確かに誰かを探しているとしか思えない行動だ。



 一体なぜそのような事をしているのか。そしてなぜ門を頑なに開けようとしないのか。

 こればかりは何か知っているだろう門番に話を聞かなければ何もわからないだろう。


 問題は門番が理由を話せないのではなく知らない場合だが、こればかりは仕方ない。

 セラに騒ぎが治まるまでの間結界が一番薄いところを探すよう頼み、俺は最初に門番へと詰め寄っていた商人と傭兵の方へと近寄った。






 場所は変わり、とある天幕の奥。

 包帯で覆われた胸元に触れていた手を離し、力の入っていない手を取って魔力の流れと脈を確認する。

 先ほどまで弱かった脈は少し回復し、魔力の流れも弱くではあるが滞ってはいない。

 それらを確認し終え、俺は自然と詰めていた息を吐き、塞いだ傷が開かないようにそっと手を元の位置に戻した。



「……後は安静にするだけで良い。明日には目を覚ますだろう」


「本当か!? っと、旦那!!」



 傍で俺の処置を固唾を飲んで見守っていた二人にそう告げれば、気が抜けたのか商人がガクリと倒れかけた。

 すぐさま隣に居た傭兵が支えたので倒れはしなかったが、ずっと心配だったのだろう。

 商人は傭兵に凭れ、心の底から安堵した様子で息を吐いた。



「ラディは、彼は助かるんですね……!」


「あぁ。目を覚ました後、三日は消化に良い物だけを食べさせてやれ。

 痛むようだったら痛み止めを飲ませても良いが、他の薬は要らない。この状態だと逆に負担になりかねないからな。

 その後は本人の体調次第だが、好きに食べさせてやって構わない。一週間もすれば起きて歩けるようになる」


「あぁ……ありがとう、ありがとうございます! なんとお礼を言えばいいのか……!!」



 どこかで聞いた気がする言葉だと思いつつ、涙ぐんで何度も頭を下げて礼を言う商人に向けて緩く首を振る。

 そんな俺に驚いた様子を見せる二人に苦笑いを零し、席を立ち、忘れ物などが無いかを軽く確認しながら口を開いた。



「礼は良い。ただ、ここで見た事は何があっても黙っていてくれると助かる」


「それはもう! 絶対に誰にも言いません! 何があっても!」


「この人も、俺も、恩人に迷惑をかけるような真似はしねぇよ」


「それだけで十分だ」



 そのままその場を後にしようとすると、ふわりと俺の前を通り背後へと回り込むように魔力が流れる。

 両肩に手を置いているのだろう。重みは無いのに確かに感じる手の感触に戸惑う事無く足を止めずに進もうとしたが、慌てた様子で商人が前に回り、道を塞ぐように立ちはだかられた。



「お礼もせずにお返しするなんて、できません!」


《その性格は相変わらずなのね》


「……俺は、俺ができる事をしただけだ」



 ほぼ同時に聞こえた声に、苦笑い交じりにそう返す。

 それを受けた二人は戸惑った様子で瞬きを繰り返し、背後の彼女は小さく笑っていた。



《騒ぎが治まったから戻ってみれば、さっきの場所に居ないんだもの。探したわよ》


「……すまん、つい」



 非難する声に思わず謝ると、それが聞こえない二人は不思議そうに首を傾げる。

 誤魔化しついでに何でもないと緩く首を振り、そのまま隣を抜けようとしたが商人は道を開けようとはしてくれなかった。



《良いのよ。そんなあなただから私達はあなたの傍に居たいんだから》



 せめてお礼に夕食でもと粘る商人に困っている俺に対し、彼らに姿を見せずにいるセラは呆れを抱きながらも優しい声色で呟く。

 その声色につい視線を上へと向ければ、セラは気にするなとばかりにポンと俺の肩を軽く叩いた。



《それより、行くんでしょ? 今なら門番の周りは人が少ないわよ》



 セラの言う通り、ここへは騒ぎが治まるまでの時間潰しも兼ねて寄り道をしただけだ。

 騒ぎが治まったのならもう行かなくては。



「誘ってくれたのはありがたいんだが、俺はもう行かないと」


「旦那」


「……次に会えた時、その時は何があってもお礼をさせてもらいます」



 俺の様子に察したのか、傭兵が諭すように商人へと声をかける。

 商人は少し残念そうにしながらも、もう決めたとばかりに俺へと真っ直ぐに告げた。


 どうやら今回は逃してくれるが、次は無いらしい。

 多くの商人は縁を大事にしているからだろう。

 次に会った時は余程のことが無い限り諦めようと俺は苦笑い交じりに頷き返しておいた。



「私はシュヴェルッタ商会のコナーと申します。この方は専属護衛のジェイド殿です」


「ジェイド・フィナージだ。あんたの名前は?」


「キョーヤ・ミカゲ。また会えた時はよろしく」


「えぇ、何かあればお気軽に訪ねてください。必ずお力になりましょう」



 にっこりと笑みを浮かべる二人と軽く握手を交わし、今度こそコナーの隣を通って天幕を後にする。

 傍にいるセラがクスクスと笑っているのを聞きながら、疲れた様子で門に凭れている門番の元へと向かった。

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