遠き星のように

 何事も無く夜を越え、護衛二日目。

 今日は俺とクランクのペアは問題が起きなければ二台目で待機する事になっている。

 寝ずの番をしていたのもあって俺は勿論、クランクも揺れる荷台に背を預けて休息を取っていた。

 そうして空が赤くなり始めた頃に着いたのは、ジシスよりかは小さいがそれでも立派な街だった。



 宿を取った後は再び自由時間を言い渡された。

 まだ日暮れまで時間があるからか、ハンス達はこの街で一仕事してくるそうだ。

 御者達を連れて颯爽とどこかへと行ってしまった。商人というのはいつでもどこでも逞しい物だな。

 まだ日は暮れていないので街に行ってみようと出口へ足を向けた時、隣でハンス達を見送っていたアリオが俺の肩を軽く叩いた。



「キョーヤ、今から少し良いか?」



 見ればアリオだけでなくエリンも隣に居て、その後ろではジグとロコルもこちらを見ている。

 後ろの二人は興味が無さそうだが、エリンは興味津々と言った様子で目を輝かせていて、その様子から何となく予想がついた。



「構わないが……俺に何か用か?」


「エリンからお前が見た事も無い魔法を使ったって聞いてさ。

 なんも無いとこから袋を取り出したって言ってたけど、本当なのか?」



 やはり異空間魔法の事か。

 隠すつもりも無かったので頷けば、エリンは一気に顔を輝かせて俺の手を取る。



「やっぱり見間違いじゃなかったのね! あれはどんな魔法なの? 詳しく聞かせてくれないかしら!」



 大人しそうな女性だと思っていたが、案外活発なようだ。

 それとも魔法に関する事になるとそうなってしまうのか。

 とりあえず、ジグの視線が痛いので手を離してくれないだろうか。




 場所を変え、四人の部屋へ行って異空間魔法について簡単な説明と共に実際に見せたりとしてみれば、エリンだけでなくアリオも目を輝かせる。

 アリオも魔法を扱うと聞いていたからそうだろうなとは思っていたが、予想以上に食いつきが良く、結局二人に教える事となった。



「銀色のドラゴンねぇ……聞いた事も無いわ」


「王都なら龍人とかいるかもしんねぇけど、銀色かどうかまではわかんねぇな」


「そうか……ありがとう」



 溜息を吐きたくなるのを抑え、二人に礼を言う。

 異空間魔法について説明を終え、実際に二人が異空間を作っている間にジグとロコルに尋ねてみたが、これといった手掛かりは得られなかった。

 龍人がいるかもしれないという事はわかったが、それだけだ。


 聞けば彼等はユニエルを中心に依頼をこなしているらしい。

 そんな彼等が聞いた事も無いとなると、ユニエル周辺には姿を見せていないのだろうか。



「その、カリアってドラゴン? あんたとどんな関係なの?」



 不思議そうに首を傾げて投げかけられた問いに、少し宙へと視線を向ける。

 相棒であり、世界の守護者とその契約者であり、最愛の番。

 それを、彼女の存在すら知らない彼らになんと答えれば良いのか。



「そう、だな……分かりやすく言えば、妻だろうか」


「妻ぁ!?」



 正確にはまだ完全な契りは交わせないままだったのだが、わかりやすさと不自然に思われないようそう答えれば、ロコルは素っ頓狂な声を上げた。

 龍人もいるこの世界で、ドラゴンと人が結ばれるのはそんなに驚くことだろうか。

 今度は俺が首を傾げていると、ロコルは俺に詰め寄る勢いで近寄って来た。



「あんた今何歳なの!?」


「今は17だが……」


「17で妻帯者とか……嘘でしょ今時の子ってそんなのなの?」



 俺の答えに愕然とするロコル。

 その横ではジグが目を見開いていて、視界の端ではアリオとエリンも俺を見てそれぞれ驚いた様子を見せていた。

 これは、相手がドラゴンという理由では無く、俺の年齢で驚いていたのか。



 あまりの勢いに考えず今の年齢を言ってしまったが、これはジークとしての年齢の方が良かったのだろうか。

 だが、ギルドに登録しているのは今の年齢だし、後で不都合が生じても面倒なだけか。

 ロコルには申し訳無いが、誤解したままでいてもらおう。



「なんで奥さん居なくなったんだ? 家出かなんか?」


「いや、ある事情で離ればなれになってしまって。それ以来ずっと探しているんだ」



 ジグに問われ、前世の事を話すわけにもいかないので曖昧に返す。

 するとジグの表情が固まった。どうやらまた何か勘違いをさせたようだ。



「……お前、大変だったんだなぁ……」



 大変だったのには間違いは無いのだが、ジグが考えている物とは確実に違うと思う。

 とはいえ、言及すれば困るのは俺だろう。

 俺は日本で覚えた愛想笑いを披露しておき、話を打ち切るためにアリオ達の方へと視線を移した。




 二人が異空間を作り終え、最終確認のために無くなっても構わない物を入れてもらったりとしていると、すっかり夕食の時間になったようだ。

 そのままの流れでアリオ達と共に食事へと向かうが、何やら気を遣わせてしまったらしい。

 この中で一番年下なのも要因の一つなのか、気付けば夕食を奢ってもらう運びになっていた。



 あれやこれやと世話を焼こうとしてくれるアリオ達を何とか交わし、早めに休みたいからといってその場を離れる。

 その際、商売から帰ってきたというハンス達とも偶然会え、カリアの事を尋ねてみたが彼らも何も知らないと言われた。

 礼を言って一人部屋へと戻り、そのままベッドへと倒れ込んだ。


 今日は一人部屋だ。

 誰に気を遣う必要も無く、一人でいられる。

 太陽の香りがするベッドに顔を埋め、俺は深く息を吐き出した。




 何故、誰も知らない。

 一度見たら忘れることなどできないあの銀の輝きを、何故誰も見た事が無い。

 世界の守護者たる彼女を誰も聞いた事が無いなんて、在り得るのか。


 あの美しい銀の輝きと、その気高き姿から【銀龍】として世界中に知られているはずなのに。

 俺が産まれたあの村のように小さな村の者ならいざ知らず、傭兵や商売人として旅をしている彼らすら知らないなんて。



 やはりこの世界は違うのかだろうか。

 この空に彼女は居ないのか。



 顔を動かし、窓から見える星空を見上げ、何度も過ぎる考えに思わず手を握り締める。

 諦めはしないと誓っているけれど、こうも成果が得られないのは精神的にきつい物がある。


 御影響夜として新たな生を得てから、一番彼女の元へと近付いているのはわかっている。

 着実に、ほんの僅かだけれど近付いているのだとわかっている。

 けれど人は欲深い生き物だ。一つ手に入れれば、また新しい何かが欲しくなる。



 彼女に繋がる何かが欲しい。

 たった一つでいいから、確かな手掛かりが。



「……龍人、か」



 ドラゴンの中でも人型になれるほどの力を持つ者、龍人。

 それはこの世界でも同じらしく、この世界では龍人が多いのか、東の方には龍人を中心とした国があるという。

 その国の王として君臨する龍人は赤いドラゴンだと聞いている。



 決まった姿は無く、その存在を知らしめるためにドラゴンの姿を取っていたカリア。

 その在り方からカリアも龍人と思われることはあったが、彼女は世界の守護者であり神の力そのものだ。

 人の姿を取ったのも、俺と共に世界を旅するためだった。


 彼女は決して龍人ではないけれど、そう呼ばれる事が多かったからか龍に属する者達とは深い関係にあった。

 龍人の王であれば何か知っているだろうか。



 そこまで考えて、俺は緩く頭を振る。

 今の俺はただの旅の傭兵だ。一国の王にそう簡単に会えるはずがない。

 それなら精地へと一刻も早く着けるように努力した方が確実だろう。



 ベッドに腕を突き、身体を起こして腰の剣を外す。

 そうやって一つずつ装備を外して行き、俺は再び重い身体をベッドに埋めた。






 俺の心情とは真逆に晴れ渡った空の下、馬車は道なりに進んでいた。

 今日は午後の後方警戒に当てられていて、それまでの時間は同じく待機中のアリオとロコルに色んな話を聞かせてもらった。

 二人共、昨日の件があってかすっかり心を開いてくれたらしく、カリアについての情報は得られなかったものの、王都の噂など、マーク神父からは聞けなかった話を色々と聞く事ができた。


 ロコルの話では王都へは日が暮れる前には着くそうだ。

 騎士団の見回りもあるようでこの辺りでは盗賊の被害などもあまり無い。

 道中も、王都が近いからか邪気はほとんど感じられない。これなら魔物の心配も無いだろう。



 昼を済ませた後、三台目の馬車に乗り込み揺れ出した馬車で空を見上げる。

 仕事なので警戒は怠っていないが、見える範囲も、辿れる気配にも何もない。

 先ほど聞いた通りこの辺りは平和のようだ。


 しかし今回ほとんど護衛らしい仕事はなかったな。戦ったのもあの村に出た魔物だけだ。

 護衛らしいことは何もしていないのに王都まで連れて行ってもらった上に、報酬までもらって良いのかどうか。




 ただただ動く景色を見送り続けて数時間。

 空の色が変わり始めた頃、ふと前の方を見れば大きな門が近付いていた。



 ユニエルを治める王族が住まう城の下、堅牢な城壁に囲われ、この世界に生きる多種多様な種族が訪れる城下町。

 それがユニエル王都、ユリシオン。


 ユニエルという国の成り立ちには様々な種族が大きく関係しており、この立派な城壁も、物作りを生業とするドワーフ達が手を貸したと聞いている。

 そうやって作られたこの国では他の国とは違って、種族差による差別などは建国当初から法で禁止されている。

 そのため種族を越えた対話などもここで行われる事が多いらしい。



 ──勇者を召喚したのもこの国が中心だった。



 どんどん近付く門に、俺はすぐさま異空間からフードを取り出す。

 ジシスで買ったそれは丈夫な布で作られており、身に付ければ俺の頭をすっぽりと覆い隠してくれた。

 目元まで隠してはいるが、覗き込まれたりすると見えてしまうかも知れないな。


 なるべく顔を隠せるように引っ張りつつ、少し身体を動かしてフードが動く範囲を把握する。

 王都ではこの色を見られないように気を付けなければ。

 馬車の速度がゆっくりと落ちていくのがわかり、俺は再度フードを被りなおした。




 ここに来るまでの話が本当なら、勇者達はまだ王都で準備をしている頃だろう。

 広く、人も多い城下町だとしても、この髪と瞳の色を持つ者は少なく、どうしようもなく目立ってしまう。

 今はまだ、彼等に見つかるわけにはいかない。


 それに何より、王都や首都には教会の者が多いと聞いている。

 実際に会った事もないので何とも言えないが、なるべく荒事にはしたくない。




 黒を持つ者は邪悪な物だと考え、何の罪も無い子供でさえ黒を持っているなら処刑する【黒狩り】。

 その思想を持つ者は少ないものの、教会の中にも居て、邪気が広まると同時に急速に力を付けていったそうだ。

 今では派閥を持つほどに増えていて、それ専用の部隊があるという噂まである。



 少し色の違う日向や九条とは違い、風間と柳田は俺と同じく黒髪と黒い瞳をしていた。

 彼女達もこの世界にいるのかまではわからないが、召喚に割り込んだ俺とは違い、彼女達は日向の傍にいて召喚されていた。


 女神の加護を受けし勇者と共に召喚された力ある者達。

 それが彼女達の事ならば、正しく召喚されて日向と一緒にいる事だろう。

 教会も世界の命運がかかった勇者達に手は出せないはず。



 だが、勇者達と関係を断っている俺は別だ。

 彼等が俺を探していたとしても、知られる前に始末してしまえば良い、なんて過激な者が居ないとも言えない。

 どのみち浄化の力がある俺は、教会に目を付けられないようにするのが一番だ。




 準備が整い次第水の精地へと向かおう。

 そう考えている間にも、ハンスが代表して門番に許可を取り、馬車は門を潜っていく。

 一台目、二台目と入って行き、三台目に乗ったままの俺も王都の門を潜ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る