王都への道

 門の前にある広場には馬車が三台並んでいた。

 まだ朝早い時間帯だが、仕事を始める街の人々の声が微かに聞こえてくる中、馬車に繋がる馬が鼻を鳴らす。

 その馬車を背にして一人の商人がにこやかに挨拶を始めた。



「急遽受けてくださった方もいますので、改めて。

 私が依頼主のハンスです。今回はよろしくお願いします」



 下げられた頭に、俺も同じように返す。隣に居た四人組の男女もそれぞれ頷き、少し離れた場所に立つフードの男は腕を組んで黙っている。

 そんなバラバラな俺達の反応を見た依頼主は、笑顔を絶やすことなく俺達を馬車へと促した。






 ガタゴトと音を立てて揺れる馬車は、まだ止まる事無く順調に街道を進む。

 ジシスを出て二時間ほど経っただろうか。

 出発した時より高い場所にある太陽を見上げ、俺は軽く首を回した。




 王都へ向けて出発した後、俺は護衛として三台目の馬車に乗り、後方警戒に勤めていた。

 どうやら今回の商売は最低限の人数で行っているようで、商人の人数はハンスを入れて四人と少ない。

 見る限りハンスが取引を、他の三人は荷物を運ぶ馬車の御者を担当しているらしい事が窺える。



 そんな彼等に対し、今回雇われた傭兵の人数は六人。

 道中、護衛は一台目と三台目に一人ずつ配置され、それぞれ前方と後方、更に周囲の警戒を。

 残りの四人は二台目の馬車で待機兼休憩という形を取っている。


 ずっと周囲を警戒し続けるのは体力を使う上に神経もすり減ってしまう。

 そのため昼休憩を区切りに護衛は交代する事になっている。



 これらは全てハンスの指示だが、人数と馬車の数を考えれば妥当な配置だろう。

 他の傭兵達も文句を言わず、それぞれの配置に着いていた。



「……話を聞けたら良かったんだがな……」



 何度目かの欠伸を噛み殺し、支えにしていた剣を持つ手を組み替える。

 中々上手く行かない物だなとしみじみ思いながら、俺は魔力を込めた指を弾き、邪気の気配が強い方向へと浄化の力を込めた風を放った。




 ディル達が街で情報収集を行っていたように村というのは大抵閉鎖的な世界だ。

 入ってくる情報は限られていて、流出する情報も限られている事が多い。


 けれど商人や傭兵といった各地を行き来する彼等ならば、村では知り得ないような事も知っている可能性が高い。

 もしかしたら彼女に関する情報が聞けるかもしれない。

 そう思っていたのだが、残念な事にまだ話を聞く事ができないままだった。



 傭兵達とは配置に着く前に軽く挨拶をして、名前と容姿、それから使う武器や魔法は使えるかなど護衛に関係する事は確認したが、それだけだ。

 商人達とも依頼主がすぐに出発したいとの事だったので、出発前は会話する時間はあまり無かった。



 出発した後で御者に聞いたところ、どうやら最近この辺りでは魔物に襲われる事件が発生しているらしく、なるべく早く抜けてしまいたいそうだ。

 現に色んな場所から薄っすらと邪気の気配がしている。それもジシスを離れるにつれて増しているようだ。

 目の前でいきなり魔物が発生するほどでは無いと思うが、これではいつどこから魔物が現れてもおかしくはないだろう。



 そんな状態だ。警戒を緩めるわけにもいかない。

 そのため俺はただ、誰にも気付かれないように邪気の強い場所へ浄化の力を放つしかなかった。




 誰にも気付かれないように、風に浄化の力を隠して遠くへ運び、馬車から離れた所で解放する。

 魔力操作の練習にもなるので良いのだが、正直面倒な方法だ。


 いっその事、この辺り一帯を浄化してしまおうかとも考えたが、俺が浄化の力を持っている事を彼等に知られるのは困る。

 相手は商人と傭兵だ。いつどこで話が広まるかわからない。

 マーク神父の忠告を無為にはしたくないが、かといって浄化しないわけにもいかない。

 そうして考えたのがこの方法だった。




 カリアの事は時間がある時に聞いてみるしかなさそうだ。

 いつ何が起こるかわからない今、俺の事より護衛を優先しなければならない。



 王都までは三日かかる予定でいる。

 夜は道中にある村と街に泊まると聞いている。

 村では盗難を防ぐために馬車の番を頼まれているから、詳しく話を聞けるとすれば街に泊まる明日の夜だろうか。


 話を聞けそうな時があれば聞くつもりだが、それまでは仕事に専念するとしよう。

 俺は周囲を見回し、誰も居ない事を確認してから遠く離れた浄化の力を解放した。




 護衛を開始してからどれぐらい経っただろうか。

 馬車の速度が徐々に落ちていき、ゆっくりと止まる。

 空を見上げればもう太陽は真上で輝いて、前の方から「休憩にしましょう」というハンスの声が聞こえて来た。


 御者が馬車を降り、馬を馬車から外してどこかへと連れていくのが見え、俺も馬車から降りる。

 周囲は人の手が加えられたのか拓けていて、近くに川でもあるのか水の流れる音が聞こえてくる。

 水を飲ませるのだろう。見れば御者達が馬を音のする方へと連れて行っていた。



「おーい、キョーヤ」



 人の気配と共に覚えのある声が聞こえ、そちらを向く。

 そこには四人組の代表をしているという青年が居た。


 深紫色の髪を揺らし、袋を持って近付いてくる彼は確かアリオと言ったか。

 紺色の瞳と目が合ったかと思えば人の良い笑みを浮かべ、手招きをしている。

 早足でそちらへ行けば、アリオは持っていた袋を俺へと手渡した。



「お疲れさん。交代と、お前の分の昼メシな」


「あぁ、ありがとう」



 手渡される際に緩んだ袋からは、保存のためにか黒く焦がしてある大きな丸いパンが二つと、干し肉が数枚覗いていた。

 護衛に際し、道中の食事や宿はハンスが手配してくれるそうだ。

 保存食や食材は一通り異空間に入れてあるが、使わずに済むと出費が抑えられるので助かる。



「それと『この辺りも危ないらしいから、馬に水を飲ませたらすぐに出る』ってさ。

 護衛はお前とおっさん以外はもう食ったから、二人は気にせず休んでて良いぜ」



 内容からしてハンスの指示だろう。

 この辺りは邪気が少ないとはいえ長居するには危険だ。

 彼の判断通り、多少無理をしてでも進んだ方が良い。


 おっさんというのは、俺と同じ時間に見張りをしていたもう一人の傭兵であるクランクの事だろうか。

 フードを被っていてはっきりとした年齢はわからなかったが、微かに見えた容姿は30代程度だったと思う。



「そうか……わかった」



 了承を込めて頷き返せば、アリオは俺の肩を軽く叩き三台目の馬車へと歩いて行く。

 すぐに出発となると話を聞くのは邪魔になるかもしれないから止めておこう。

 食べるだけなら移動中でもできるし、先に他の用を済ませるか。

 一旦異空間へ袋をしまい、俺は人の気配がしない茂みへと入って行った。




 浄化などの用を済ませ、辺りを片付けてから戻れば丁度御者達が馬を連れて戻って来ていた。

 少し離れた所で指示を出していたハンスが俺に気付き、そろそろ出発する事を教えてくれたので、俺は二台目の馬車へと乗り込んだ。


 載せられた数多くの荷物に当たらないように気を付けつつ剣帯から剣を外し、空いているスペースへと腰を下ろす。

 あぐらを組んで座り、剣を抱えて体勢を整えているとクランクやもう二人の傭兵も馬車に乗り込んで来た。

 それぞれ俺と同じように各々空いているスペースへと腰を下ろしていく。



 そちらに意識を向けつつ、異空間から配給された昼食を取り出しているとどこからか強い視線を感じた。

 反射的に視線の主を探せば、青色の瞳を大きく開けてこちらを見ている水色の髪の女性と目が合う。


 そういえば異空間魔法は珍しいんだったか。

 軽く会釈をすれば、彼女は持っていた杖を抱え直しつつ会釈を返してくれた。



 おっとりとした印象を与える彼女は多分、エリンだったか?

 同じパーティーに姉のロコルが居て、双子かと思うほど似ている姉妹だったため少し混じって覚えてしまっている。

 ロコルは二刀流の使い手で、エリンは魔法に長けていると言っていたからそれで覚えていたが……合っているだろうか。少々不安だ。



「エリン、どうした?」


「ジグ」



 どうやらエリンで合っていたようだ。

 隣に座っていた茶髪の青年に呼ばれ、エリンはこちらを気にしながら彼へと視線を向ける。


 自身の身長程ある大剣を横に置いている彼はジグ。

 パーティーの中で前線を担当していると言っていた通り、彼の服の袖から見える腕には大小様々な傷痕が窺える。

 余程経験を積んで来たのか、それとも単に怪我が多かったのか……彼の若さから見るに、後者だろうか。



 二人は何やら身を寄せてこちらに聞こえないように話しているが、内容はきっと異空間魔法だろう。チラチラと視線を感じる。

 ディルの反応から分かっていた事だが、やはりこの魔法はあまり知られていないらしい。

 時間があるなら教えてもいいが、生憎今は言ってこない限り無視させてもらおう。




 何度目かの欠伸を噛み殺し、俺は手の汚れを魔法で出した水で洗い、袋から取り出したパンをかじる。

 焦げたそれは硬く、食べられない事も無いが少々味気ない。肉と一緒に食べてしまうか。


 ポーチの短剣を取り出して干し肉を一口サイズに切り、熱消毒も兼ねて指先に火の魔法を発動させて干し肉をなぞる。

 なぞった傍から肉が炙られたように少し焼き目がついたのを確認してから、俺はそれを口に入れた。



 商品が積まれている馬車の荷台で火を使うなんて依頼主が怒るかもしれないが、火と言っても指先だけなので、このままの状態で商品に触りさえしなければ燃え移りはしない。

 まぁ、そもそも大抵の人は今魔法を使った事すらわからないだろう。日本のことわざでは知らぬが仏、といったところだ。



 塩味の効いた干し肉が口の中に残ったままパンをかじる。

 パンだけを食べるよりまだマシだな。

 日本にすっかり馴染んでしまって少々物足りなさを感じるが、昔は昼食すら無いのが普通だったなと、前の幼い頃を思い出しながら、俺はさっさと昼食を済ませた。


 食べる前と同じように魔法で手と短剣を洗い、朝配給された水筒の水を二、三口飲んで喉を潤す。

 腹がある程度満たされたからか朝からあった眠気が強まったようだ。

 また出て来た欠伸を噛み殺し、短剣に着いた水を軽く払ってからポーチへと仕舞う。

 そんな俺の様子を見ていたのか、ずっと腕を組み、黙って座っていたクランクが俺へと視線を向けて来た。



「……眠いなら寝ておけ。夜もあるだろう」


「……そうさせてもらう」



 クランクの言葉に頷き、俺は揺れる馬車に背を預ける。

 弱めだったとはいえ浄化の力を使い過ぎたようだ。

 疲れと共に朝が少々早かったのも合わさって余計に眠い。


 クランクが言ったように、夜は村での見張りもある。

 エリンとジグに話しかけるきっかけができていたのかもしれないが、護衛を優先すると決めた以上、今は休息を取るべきだ。


 護衛の最中なので完全に眠る事はできないが、目を閉じるだけでも多少なりとも休める。

 俺が休む体勢に入ったのに気付いたらしく、二人からの視線が無くなるのを感じ、俺は剣だけは持ったまま目を閉じた。

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