古き友への伝言
ギルドの奥へと入って行くディルの後を追い、着いたのは一つの部屋だった。
ここに来るまでにあった他の部屋とは違ってその部屋の扉は少し装飾が施され、扉の上には表の看板と同じギルドのマークが飾られている。
迷うことなくその部屋の前に立ったディルは、俺の方へ一度視線を送ってから扉をノックした。
「ディエール・ガルヴィアータだ。彼を連れて来た」
「入ってくれ」
中から聞こえた低い男性の声に従ってディルが扉を開ける。
さっさと中へと入って行くディルを追って俺も中に入れば、部屋の奥には一人の男性が山ほど書類の乗っている机に向かっていた。
執務のためだけに使われている部屋なのだろう。
大量の書類が積まれた机に本や何かの魔法道具が置かれた棚など、必要最低限の家具のみが置かれた部屋は一見殺風景に思える。
だが、あちこちに乱雑に積まれた書類がそれを消し飛ばす。
部屋は人を表すと聞いた事があるが、この部屋の主がどのような人物か、何となくわかる気がする。
「ちょーっと待ってくれよ……ん、これでよし、と」
部屋の主らしき男性はそう言いながら手に持っていた書類に羽ペンを滑らせ何かを書き込む。
書き上がったそれを机に置き、男性は羽ペンをスタンドに立てて席を立った。
後ろで短くまとめられた金色の髪。
俺の前へと移動して来た彼に視線を合わせるために頭一つ分上にある顔を見上げれば、黒い眼帯に隠され一つしか無い紫の瞳がこちらを見下ろしている。
目が合うと彼は快活な笑みを浮かべ、骨ばった傷痕だらけの手を差し出した。
「呼びたてておいてすまんな。俺がジシス支部の支部長、ホルスだ」
「響夜だ」
差し出された手に応じて、硬い手の平と握手を交わす。
そうして簡単に挨拶を済ませれば、ホルスはすぐに本題へと移った。
「お前が居なければあの人がどうなっていたことか……考えただけでもゾッとするよ。本当にありがとな」
手を握ったまま俺の肩をバンバンと叩くホルス。
少し痛いがその笑みの奥に僅かな陰りが見え、俺は何も言わずただそれを受け入れた。
自分を大切にしない人間にはこうして周囲に自分を大切にしてくれる人が必要だ。
遠くにいようと離れていようと、彼の繋がりが確かな物だと実感できて安心した。
「ディルから色々話は聞いてるぜ。忙しいだろうからさっさと済ましちまおう」
ホルスはそう言って書類を手に取る。
それは先ほど書いていた物で、確認のためか一度目を通したかと思えば、それを俺へと差し出した。
無言で受け取るように示されたので戸惑いながらも受け取れば、ホルスは不敵な笑みを浮かべる。
「盗賊団捕縛の功績に加え、ディエール・ガルヴィアータの推薦を考慮し、ギルドジシス支部長としてここにキョーヤ・ミカゲの【星3】ランク昇格を認める。
受付にその書類を提出すれば正式に承認されっから、忘れねぇようにな」
「……ん?」
唐突に流れるように言われた言葉に一瞬理解が追い付かず、一拍置いてから思考が働く。
今、【星3】ランク昇格と言ったか?
「【星3】だって! すごいやキョーヤさん、一気に昇格だよ!」
俺の一歩後ろに下がっていたトリスが思わずと言った様子で喜びを露わにする。
反射的に手にある書類の内容に目を通せば、【星3】ランクへの昇格についてギルド支部長が承認したとの内容が書かれている。
聞き間違いや勘違いではないようだ。
「良いのか? 俺はまだ一つも依頼をこなしていないんだが」
昇格できるなら試験を受けずに済むので非常に助かるが、今登録したばかりだというのに本当にいいのだろうか。
俺はただ、偶然助けただけだ。
だというのに、こんなにも与えてもらって本当に良いのだろうか。
そう思って確認してみるがホルスは俺の肩を叩いて笑うだけだった。
「遠慮すんなって。それにこのご時世だ、実力があるやつはさっさと上に行ってそれ相応の依頼を受けてもらわねぇとこっちも回らねぇ」
まぁ、俺からの礼だと思ってくれや。支部長なんて仕事やっててできんのはこれぐらいなんでな」
書類を返す事は許さないとばかりに片足に体重をかけて腕を組むホルス。
確かに、邪気が広まり魔物も出現するこの世界で、実力がある者をずっと下で遊ばせている余裕は無いのだろう。
俺を推薦してくれたというディルへと視線を送れば、ディルもホルスと同じように腕を組んで頷き返してくる。
その隣でトリスが俺達のやり取りを不思議そうに見上げていた。
「……わかった。ありがたく受け取らせてもらうよ」
「おう、こっちこそこれから沢山働いてもらっから、よろしくな」
最後にホルスと握手を再び交わし、俺達は部屋を後にする。
この後する事があるのもあるが、何よりホルスは見るからに仕事に追われていた。
あの量だ。長居して仕事の邪魔になるのは申し訳ない。
さて、まずは受付でこの書類を提出しに行こう。
その後は買い物をしたいが、先に依頼を見ておくか。
早く行っておかないと条件の良い物が無くなってしまうかもしれない。
そういえばディル達はこの後どうするのだろう。
前を歩くディルへと問おうとした時、ディルが顔だけをこちらに向けた。
「もう一度受付に行くんだろ?」
「あぁ、そのつもりだ」
「だったらついでに受付で依頼を探してもらうと良い。護衛依頼となると掲示板から探すより受付の方が早いし正確だ。
そっちの手続きが終わったらトリスと一緒に待機所で待っててくれ」
「待機所?」
「場所はトリスがわかる。
お前に渡す報酬がそろそろ用意できるだろうから受け取ってくるよ。お前が受け取るのが一番だが、書類上、受け取り人は俺らしくてな。
その後は一緒に市場に行かないか? 俺もナタリアから買って来るよう頼まれてる物があるんだ」
そういえばまだ受け取っていなかったなと思いつつ、ディルの申し出に少し思考を巡らせる。
ギルドに来るまでに気になる店に目星は付けていたが、もう日が傾き始めている時間だ。
一店一店回る間に閉まる店も出て来るだろう。何より、この辺りに詳しいディル達と一緒に回る方が早く済む。
それに俺が気を遣わないようにまで言ってくれているんだ。
ここはもう、素直に頼らせてもらおう。
「……何から何まですまないな」
「気にするな。これは礼も兼ねてるんだ」
ディルの申し出を受ける頃には俺達はギルドのエントランスへと着いていた。
謝る俺に、周囲の騒がしさに消されないようにか、ディルは俺の肩に腕を回してそう笑う。
そして最後に耳元で「子守りのな」とトリスには聞こえないように告げ、受付の方へと歩いて行った。
「キョーヤさん、どうかした?」
「あぁ、いや……トリス達の団長は良い人だなと思っただけだよ」
「もちろん! 団長はすっごく良い人なんだよ! 僕らの団長だもの!」
誇らしげに笑うトリスに、俺は何も言わずに笑みを返し、再びトリスと共に受付の方へと向かった。
先ほどと同じ職員のところが空いていたのでそこへ書類を提出すれば、職員は驚いた様子を見せたもののすぐに気を取り直し手続きを進めてくれた。
言われるままギルドカードを預け、数分で返って来たカードの右上には今までなかった星が三つ描かれていた。これが【星3】の証という事だろう。
その後は【星3】ランクで受けられる支援を改めて確認し、配布資料ももらった俺はそのままの流れでここから王都まで行く護衛依頼を見積もってくれるよう頼む。
俺の要望を聞き、職員が勧めてくれた依頼は幾つもあり、俺はその中から王都到着予定が一番早い商人の護衛依頼を受ける事にした。
何でも予定していたパーティーが別任務中に魔物に襲われ負傷したため、急遽募集をかけていたそうだ。
護衛依頼となると顔合わせなどする事もあるそうだが、今回の場合急な話だったのでそれも無く受ける事ができた。
俺が依頼を受けた事はギルドから連絡してくれるそうで、明日の朝、ジシスの北門に集合すれば良いとの事。
手続きを行ってくれた職員の話では先着二名で俺がその二人目だったらしい。
他の依頼だと早くても出発は三日後だ。運が良かったな。
職員に説明を受け、手続きを終わらせた俺はトリスに連れられ待機所へと向かう。
ギルドの一階に設けられたそこには多く人が集まっており、一人でいる者もいれば数人で固まって話し合っている者もいる。
中心には依頼が張られていた掲示板とは違う物が設置されていて、トリスに聞けばそれは登録者達が主に互いへの伝言に使う物だそうだ。
『いつもの店で待っている』『連絡してくれ』など、誰かが誰かへ宛てた伝言が数多くある。
日本でいう電話のような物を誰もが持っている世界ではないからこその物だろう。
中には新しい仲間を募集するという旨の羊皮紙もあり、登録者の交流の場にもなっているようだ。
利用したければ受付で手数料を払えば登録者でなくとも使えるそうだ。
しかも【星2】以上なら無料で利用できるとの事だった。
伝言は一定期間が過ぎれば処分されるそうだが、みんなを探すのに使えるかもしれない。
とはいえ、明日にはこの街を出る身だ。例え何か知っている人がいても話を聞けないなら意味が無いか。
──だが、俺を知る誰かに、俺がこの世界に戻って来ている事を伝えられるなら。
「トリス、伝言を残したいんだが、良いか?」
「じゃああっちだね」
柄の悪い者もいるためトリスを一人で待たせるわけにはいかない。
そのため二人で待機所近くの受付へと向かった。
ギルドカードを提示して要件を伝えれば、受付はすぐに一枚の羊皮紙を俺へと差し出した。
伝言板専用の特殊な羊皮紙だそうで、隣に設けられている記入スペースで各自記入し、そのまま伝言板の好きなところに貼るよう告げられる。
言われた通り移動し、興味深そうに見つめてくるトリスの視線を感じながら俺は置いてる羽ペンを手に取る。
昔は毎日のように使っていたが、ここ17年近く使っていなかった羽ペンに苦労しながらも、何とかこの世界の言葉と、今も覚えているあの世界の言葉を書き連ねる。
書きあげたそれを再度確認し、俺は伝言板の空いている場所へと貼りつけた。
「ねぇキョーヤさん、後半に書いてるのってどこの国の言葉なの?」
「どこかの国の言葉ってわけでもないんだが……そうだな、俺の古い友人達に宛てた言葉だよ。多分、読めるのはそいつらだけなんだ」
「へぇー」
俺の貼った伝言を見つめて首を傾げるトリスの頭を撫でる。
確認はしていなかったが、トリスは読み書きができているんだろう。
前半の言葉はスラスラと読めているようだ。
だが、やはり後半の文字は読めなかったか。トリスの反応からして見た事もない言語のようだ。
俺が書いた言葉はあの世界での共通言語だ。
それを読めないとなると……トリスが知らないだけだと良いんだが。
「キョーヤ、トリス。待たせたな」
「ディル」
そうこうしているうちにディルが戻って来た。
その手には先ほどまで持っていなかった袋がある。
「受け取って来たぞ。思っていたより多く出たから充分だろう」
そう言って手渡された袋は重く、僅かに開いた口から中を見れば、以前マーク神父に見せてもらった物と同じ硬貨が入っていた。
この世界では銅貨、銀貨、銀貨という三種類の硬貨が流通している。
通貨単位は「ラド」で、銅貨一枚で1ラド、銀貨一枚で100ラド、金貨一枚で10000ラド、という風になっている。
金貨が5枚もあれば街で一年間は暮らせると聞いていたが……袋の中に数枚金貨があるのは果たして合っているのか?
あの盗賊団、そんなに懸賞金を掛けられていたのか。
それにしてはお粗末な物だったが、相手が一人と油断していたからかもしれないな。あいつらを基準にするのは止めておくべきか。
「さ、市場に行こうか。俺のおすすめの店を教えてやるよ。これでも一時期旅をしていたから必要な物は大体わかる」
「あ、僕もおすすめのお店があるよ! 薬草を売ってるお店でね、傷薬とかも売ってるんだ!」
どこへ案内するか考えているのか、指を折り、一人呟きながら考えているディル。
隣ではトリスが元気よく手を上げてそう笑う。
「……ありがとう二人共、お願いするよ」
二人のおかげで買い物はすぐに済みそうだ。
俺はディルに連れられるまま、どこの店が良いか考えて回りを見れていないトリスの手を取り、ギルドを後にした。
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