旅人の集う場所
「ここがギルドだよ!」
手を引いたまま俺を見上げ、にっこりと笑みを見せるトリス。
それに緩く笑みを返し、俺は周囲を見渡した。
入ってすぐにあるエントランス部分は広く、受付と思わしき場所や食事処もあるようで、ガヤガヤと人の賑わいに満ちている。
上を見上げれば三階まで吹き抜けていて、二階の手すりに凭れて羊皮紙を片手に話し合っている人達の姿が見えた。
上の階はそこまで人は多くないところを見ると、一階がギルドの中心のようだ。
「あそこにはギルドがやってる食堂があっておっきいお肉料理とかあるんだ。
それでねそれと、あっちには掲示板があって、あ、あそこが受付で依頼を受けたりできて、それから登録ができるよ!」
「トリス、走るとぶつかるぞ」
色々な方向を指差してあれやこれやと教えてくれるトリスは「まずは登録だよね」と張り切った様子で奥へと向かう。
迷いが欠片も無い様子からして、きっとトリスは気付いていないのだろう。
俺は繋いだ手に少しだけ力を強めて速度を落とさせた。
ギルドに入る前から感じていた幾つもの視線。
単純に見知らぬ人間を探っているだけだろうから無視しても良いのだが、極僅かに害意を含む者がいるのは無視できない。
俺が目的か、それともトリスが目的かはわからないが、どちらにせよ良い物では無い。
大勢の人間がいるので滅多なことは無いとは思うが、厄介事は無い方が良いだろう。
トリスの手を引いて自然を装ってぶつかりに来た男を避け、そのままトリスと共に受付へと向かった。
何事も無く受付がある区画へと近付くと、トリスは受付で作業をしている職員たちを一通り見てから一番奥の受付へと向かう。
登録は一か所でしかできないのだろうか。
黙ってトリスについて行けば、トリスは受付にいた女性へと親しげに声をかけた。
「ルルさん、こんにちは!」
「あらトリス君、こんにちはー。そちらの方は自警団の新しい人ですかー?」
「いや、俺は自警団じゃなくて」
「キョーヤさんだよ! ラタリス村のお客様でね、ギルドに登録するんだって」
「ギルド登録ですねー。ご利用は初めてですかー?」
「あ、あぁ」
「はーい、それじゃあまずはギルドの説明をしますねー。少々お待ちをー」
登録できる場所を探したわけではなく、単純に知り合いを探していたのか。
口を挟む隙も無く、二人はのんびりとした雰囲気を醸し出して話を進めていく。
ルルと呼ばれた職員は受付の引き出しから見本と書かれた資料などを取り出し、カウンターにそれらを並べてから俺に向けてにっこりと笑みを作った。
「ギルドでは商人や村人など、様々な方と登録者である傭兵の皆さまの間を取り持ち、お使いから護衛、果ては魔物退治といった荒事など、様々な仕事をご紹介していますー。
ギルドでは信用第一。失敗すれば登録者である貴方だけでなく、ギルドの信頼も損なわれてしまう事態になりますー。
そのため実力不足での失敗など様々な問題を防ぐ制度としてランク制を設けていますー」
説明しながら示された資料に目を通せば、【ランク表】と記された表があった。
職員はその一番下にある場所を指差して説明を続ける。
「ランクは下から【星無し】【星1】【星2】と上がって行き、最大は【星7】となりますー。
このように、どのランクなのかは登録後にお渡しするギルドカードを見ればわかるようになっていますよー」
一緒に出された手の平サイズのカードを手に取る。
ギルドカードと書かれたそれには中央に見本と書かれており、名前の欄には見本としてか、意味を持たない記号が幾つか刻まれていた。
カードの右上には星が四つ描かれており、これが所有者のランクを表しているようだ。
他にも簡易的だが年齢や性別といった様々な情報が書かれていて、これなら身分証明になるのも頷けた。
「【星5】以上の方はそれぞれの功績などを参考に二つ名が付けられますー。
簡単に言ってしまえば、星が多ければ多いほど凄腕の傭兵ってことですねー」
改めてランクについての資料を見れば各ランクの説明と、受けられるギルドの支援はどのような物か記されている。
上のランクに行けば行くほど手厚い支援が受けられるようで、【星4】になればギルド内にある宿に半額で泊まれるらしい。
他にもギルドと提携している食堂で割引が利くなど、支援は多岐に渡るようだ。これは嬉しい支援だな。
「あちらにある掲示板はご覧になりましたかー?」
職員に示され、資料から視線を移す。
そこには先ほどトリスも口にしていた掲示板があった。
「あそこには依頼内容を大まかに書いた羊皮紙が貼られていますー。
基本的にはあそこで自分が受けたい依頼を選び、羊皮紙を持って受付まで来てくださいー。
その後、受付で依頼の詳細を確認し、依頼を受ける手続きを行いますー。
掲示板に行かずとも、受付でどんな依頼を受けたいかおっしゃってくだされば、こちらからお勧めの依頼を紹介しますので、そちらもご活用くださいねー」
職員の説明を耳にしながら掲示板周辺の様子を見ると、確かに様々な人が掲示板に貼られた羊皮紙を見て何やら考え込んでいた。
パーティーを組んでいる登録者もいるようで、仲間内で話し合っている姿も窺える。
どのみち旅をするには資金が必要だからな。
登録や旅の準備が終わったら俺も見に行くか。
慣れない内は受付で紹介してもらうのも良いだろう。
「ランクによって受けられる依頼に制限があり、ランクが低いと難易度が低く、報酬も低い依頼しか受けられませんー。
どれを受けられるかは羊皮紙に【星2以上】といった風に明記してありますので、そちらを見てから選んでくださいねー。
他にも依頼によっては条件が課されている場合がありますー。
ランクと条件を満たさない依頼を受付に持って来ても受けられませんー。確認はお忘れなくー」
職員の言葉に資料へと視線を戻す。
良く見れば最初のランクである【星無し】だと、街でのお使いといった程度の依頼しか受けられないようだ。
例として挙げられている依頼内容や報酬に目を通すが、大抵は子供の小遣い程度の稼ぎしかない。
受けようと考えていた護衛依頼も【星2】以上でなければ受けられないとのことだった。
となると、まずはランクを最低でも【星2】まで上げる必要があるな。
「ランクを上げるにはどうすれば良い?」
「えっとですねー、ランクを上げるには地道に依頼をこなしてギルドの昇格承認を得るのを待つか、昇格試験を受けて上げるかのどちらかですー。
受けるランクによってそれぞれ費用がかかりますが、いつでも受けられて、【星4】までならどのランクからでも受けられますよー。
【星5】以上の試験はそれぞれ一つ下のランクでしか受けられませんー。【星5】の試験を受けるには一旦【星4】になる必要がある、というわけですねー」
提示された別の資料に目を通せば、上のランクになればなるほど費用が上がっているのがわかった。
先に最低限の装備を整えてから財布と相談して受けるランクを決めようか。
【星2】に掛かる費用を脳内にメモし、職員へ資料を返した。
「それから依頼を三回連続で失敗するとランクが一つ下がりますー。
依頼を五回連続で失敗したり、違反行為などを行いましたらペナルティーが科されますのでご注意をー。
内容によりますが、ペナルティーにはギルド除籍処分などもありますー」
返された資料を受け取り、職員はそう締めくくった。
質問は無いか聞かれたが今のところは無いので首を振る。
すると職員は一枚の羊皮紙を取り出し、カウンターに備え付けられていた羽ペンを手に取った。
「それじゃあまずは簡単に登録情報を記入するので、私の質問に答えてくださいねー」
どうやら職員が記録してくれるようだ。
文字が書けるかはまだ確かめていなかったので、自分で記入することにならなくて助かったと思いつつ、俺は職員の質問に答えていった。
質問というのも簡単な物で、名前、年齢、性別、魔法は使えるかといった程度の物だ。
出身を聞かれて何と答えればいいか困った部分もあったが、最低限必要な情報は名前だけらしく、返答に困ったところは一度確認を入れてから飛ばされた。
ただ注意事項として、情報を登録していないと受けられない依頼もあると教えられた。
場合によっては依頼主と問題が生じる場合もあるため、その対策らしい。
未登録の情報はいつでも登録できるようなので、もしどうしても必要になれば「極東の島」とでも入れておこうか。
それなら知らないことが多くとも言い訳もしやすいだろう。
「はーい、ではギルドカードを作成しますのでこのまま少々お待ちくださいねー」
職員はそう言って書き終えた羊皮紙を手に受付の奥へと入って行った。
主の居なくなった受付でトリスとたわいのない話をしながら待つこと数分、真新しいギルドカードを持った職員が戻って来た。
手渡されたそれを見れば俺の名前や先ほど答えた情報が記入されている。
「最後に魔力を登録してもらいますー。魔法を使えるということは魔力の流し方はわかりますよねー?」
「あぁ。ギルドカードに魔力を流せばいいのか?」
「はいー、それとこの水晶にもお願いしますー」
職員はそう言って受付の下から両手で抱える程度の大きさの水晶を取り出す。
ゴトリと音を立てて置かれたそれに注目すると、中に魔法陣が描かれているのが見えた。
見たことの無い魔法陣だが、正確に刻み込まれたその陣からして良くできているのがわかる。
登録と言っていたから魔力を取り込んでそれを記録する物だろうが、登録された情報が全てここにあるわけではないはずだ。
大方ギルドの本部にでも情報が転送される仕組みだろう。
転送か。応用すれば異世界への道も開けるか?
つい癖となっている欲求が湧いたがそれを抑え、ギルドカードへと意識を戻した。
今は言われた通り魔力を登録しないとな。
職員とトリスに見守られ、まずは手元にあるギルドカードへと魔力を流す。
特別な材料でも使っているのか、魔力を流してすぐに俺の魔力に反応してギルドカードが淡く輝いた。
それが収まった頃合いを見て魔力を流すのを止め、職員に登録できているか確認すればにっこりと頷かれる。
続いて水晶に触れて魔力を流すと、水晶がギルドカードと同じように淡く輝きだす。
やはり水晶の魔法陣は転送の魔法陣のようだ。
水晶に流し込まれた魔力は中に刻まれた魔法陣へと注がれていき、魔法陣が俺の魔力で満たされると、水晶の中で魔力が渦巻いて魔法陣へと飲み込まれていった。
「はい、登録完了ですーお疲れ様でしたー。
もしもギルドカードを失くした場合、受付で再発行もできますが、手数料がかかりますのでご注意をー」
「わかった」
職員の言葉に異空間へと仕舞うかと思ったが、どこで必要になるかわからない。
すぐ取り出せるように服のポケットへと仕舞っていると後ろから俺とトリスの名前が呼ばれる。
振り向けば報告が済んだらしいディルがそこにいたので、俺は職員に礼を言ってからトリスと共にディルの方へと向かった。
「登録は済んだみたいだな。丁度良かった」
「俺に何か用か?」
「あぁ、実は報告を聞いた支部長がお前に会いたいと言い出してな。
彼は神父殿と昔からの友人で、直接礼を言いたいそうなんだ。顔を出してやってくれるか」
周囲に聞かれないようにだろうか。
周囲の雑音に消えるように、僅かに声を押さえて話すディルに俺は断る理由もないため頷く。
俺の案内をしようと意気込んでいたらしいトリスがこっそり肩を落としているのが視界に入り、後で案内してほしいと頼めばトリスは目に見えて顔を明るくさせた。
これは「頼られて嬉しい」という解釈で合っているだろうか。
内心、トリスの反応に戸惑いつつも俺に付き添ってくれるというトリスと共に、ディルの後をついて行った。
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