古の王子は彼へ誓う

 道中何度か休憩を挟み、アリシアの弁当も残さずしっかりと食べ終わり、逃げようとする盗賊達に睨みを利かせて馬車に揺られる事数時間。

 太陽も沈みつつある空は茜色に染まり、日没が近くなっている頃、俺はトリスを膝に乗せていた。



「こ、こう?」



 膝に乗るトリスの手を包むように下から重ねて、トリスの手の平の上で水が形を成していくのを眺める。

 鳥の形を取るそれは歪ではあるが、初めてにしては上出来だ。今は補助無しでは難しいようだが、練習を繰り返せば補助も必要無くなるだろう。



「あぁ、上手いぞ」



 不安気に見上げてくるトリスに笑みを浮かべて頷いてやれば、トリスは嬉しそうに破顔させる。

 だがその際、意識を逸らしたために手の平にいた水の鳥が散ってしまった。

 トリスは落胆した様子を見せたものの、練習を続けるのかすぐさま新しい水を作り出そうと魔力を練り始めた。



 トリスに教えたのは魔力操作の練習だ。

 とは言っても俺がやるような全属性での操作はできないそうなので、得意な属性である水を使って初歩的なところから始めている。

 魔力消費の大半を俺が肩代わりし、補助も行っている状態ではあるが、トリスは中々魔力の扱いに長けているようだ。たった半日程度でここまでこれる者はあまりいない。




 トリスはとても人懐っこい性格なのか、初めて会うはずの俺に明るく話しかけ、魔法を教えて欲しいと頼んで来た。

 恐らくディル辺りが話したのだろう。俺が凄腕の魔法使いだと思っている様子だった。


 トリスには悪いが、カリアからすれば「まだまだ成長できる」と評価される程度の腕だ。

 カリアや精霊達以外にも俺より魔力の扱いに長けている存在を知っているため、余計反応に困る。



 それでも正直、こうして魔法を教えるだけで馬車の時間を過ごせるのは助かった。

 努力はするがどうも子供は苦手だ。

 特にトリスの年頃の少年は、あの子との記憶が重なってしまう。


 何より、前世でも今世でも、あまり同年齢の子供達と関わってこなかったんだ。

 そのためどうしても子供というのが良く分からないままだった。




 子供の相手とはこれで良いのだろうか。

 少々不安があるのだが、ディル達からは何も言われない。むしろ色々教えてやってくれと頼まれている。

 本人も望んでいるし、楽しそうだから良いのだろうか。



 そう悩みながらもトリスの補助をしていると、前の方からジェシカの呼ぶ声が聞こえて来た。

 それに返事をしてからトリスを膝から降ろし、共に馬車の中を移動して前の方へと向かう。

 盗賊が怯えるような声がしたが気にせず御者台の方へ顔を出せば、ジェシカは馬を操ったまま前を指差した。



「そろそろ着くわよ。ほら、もう見えてる」



 指差した方向を見やれば、そこには砦で囲われた大きな街があった。

 沈んでいく夕日を受けて紅く染まるその砦は遠目で見た限り石材かレンガを積んで作られているようだ。



「あれがユニエルの南都市、ジシス……か」



 ──ユニエルは遥か昔、多種多様な種族が共に手を取り合い建国した国で、国土が広い。

 ここジシスはそんなユニエルの南部の中心となる都市になっている。



 ここを治めるのは、何百年も前に王位争いを終わらせるために分家となって王位継承権を永久に捨て去り、ユニエルを守ると英霊達に誓いを立てた王子の末裔だ。

 その王子の兄は王子に最大の敬意を払い、ローリアという地位を与えた。

 ローリアは王位継承権を持たぬものの、この辺り一帯を統治する権利を持つそうだ。


 ローリアとしての地位を得た王子は、この地に街を築き上げ、魔物と呼ばれる存在から街を守るために砦で囲ったのだという。

 古い砦だと聞いていたが、手入れが行き届いているようで、古さはあるが崩壊する心配はなさそうだ。




 魔物が何なのかは誰もわかっていない。

 だがおそらく俺の知る魔物と似た存在だろう。

 瘴気が集まって生まれた生きても死んでもいない存在。

 世界を破壊するという行動しかとれない、悲劇の存在。


 この世界の場合、邪気が集まって生まれたんだろう。

 砦には修理しかけの部分があり、その損害からこの世界も魔物によって悲劇が生み出されているのだと肌で感じた。




 砦を見ている間にも馬車は道を進み、開かれた門へと向かって行く。

 行商人だろうか。大きな荷物を背負った人物が門番に何かを見せ、門番がそれを確認した後軽く頭を下げて街の中へと入って行くのが見えた。

 それに続くように馬車は門番へと速度を落としながら近付いて行き、一つ目の馬車に乗っていたディルが荷台から降りる。

 ディルは門番の方へと小走りで向かい、先ほどの人物と同じように何かを提示していた。



「おぉ団長さんか。いらっしゃい」


「お疲れさん、確認を頼む」


「あいよ」



 ディルが提示しているのがおそらくギルドカードだろう。

 門番はそれを確認して何か用紙へと書き込んだ後、馬車の荷を検問することも無く通行の許可を出した。

 カラムの操る馬車が動き出したのに従ってジェシカはゆっくりと馬を進ませ、門を潜っていく。



 門の先に広がっていたのは、想像していたよりも活気に溢れた人々の営みだった。



「まってよー!」


「やっぱり高いわねぇ……」


「知ってる? 教国の方はここより邪気が少ないらしいわ」


「おい、聞いたかあの話」


「よぅ兄ちゃん! 無事に帰ってきたか!」


「はいはーい、ただいま行きまーす!」



 人々は行き交い、子供達は無邪気に走って行く。

 両側にある様々な店はそれぞれ行き交う人々へ声をかけていて、街の住人らしき女性は立ち話をしている。


 石畳の大通りを馬車に揺られながら見渡す。

 一見、活気ある街並みに思えるが、聞こえてくる話や暗い顔をした人もいる。

 邪気の影響を少なからず受けているのだろう。



 それでも、そこまで深い絶望は見当たらない。

 この街はまだ大丈夫だ。

 この街には生きる音が響いているのだから。




 馬車が街を進んでいくと、徐々に先ほどまでとは違う街並みが広がり始めた。

 呼び込みの声は減り、旅の装いをした人が増えていく。

 中には剣や斧といった武器を携えている人もいて、何やら店の商品を手に取って見比べている。


 どうやらこの辺りが俺の必要な場所のようだ。

 道すがら後で行く店を適当にチェックしていたが、周囲より一回り大きな建物の近くで馬車が止まった。

 ジェシカに降りるよう指示を受け、先に降りてトリスを降ろし、改めて建物を見上げる。




 武装した人達の出入りが多く、三階建てと思われる木造建築の入口には剣と女性をかたどった看板が掛けられている。

 そこには【傭兵組合~ギルド~】と書かれていた。

 間違いない。ここが話に聞くギルドのようだ。



 辺りの様子を窺っているとジェシカとカラムが馬車から降り、ディルが俺達を集めた。

 周囲の声にかき消されないようディルの元へと向かえば、ディルは声が聞こえるか確認してから話し始めた。



「俺は支部長に盗賊の件について詳細を説明しなければならない。

 カラム、ジェシカ。ギルドに連絡を入れてある。職員が来たら奴らを引き渡し、その後はいつも通り納品と仕入れをしておいてくれ。

 品物はさっき渡した紙の通りだ」


「りょーかいです」


「わかりました」



 ディルから指示を受けている二人を見て隣にいるトリスが瞳を輝かせた。

 流れからすれば次は自分だろうからな。

 どんな指示が来るか楽しみなんだろう。


 そんなトリスの期待を感じ取ったのかどうなのか、ディルは薄く笑みを浮かべてトリスへと視線を向けた。



「トリス、お前はキョーヤのギルド登録に付き合ってやれ。

 俺も報告が終わればそっちに合流するが、時間が余るようだったらギルドの中を案内しておくように」


「え? キョーヤさん登録してなかったの?」



 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてこちらを見上げてくるトリス。

 視界の端ではカラムも似たような顔をしていた。

 マーク神父が言っていたようにやはり旅をしていると言っている以上、ギルドに登録していないのは珍しいのか。



「今まで機会が無くてな。お願いしても良いか?」


「もちろん! さっ、こっちだよ!」


「トリス―、キョーヤさんに迷惑かけんなよー?」



 トリスに手を引かれ、ギルドの入口へと早足で向かう。

 背後から届けられるカラムの声にチラリと後ろを振り返れば、ディルが口の動きだけで「トリスを頼む」と告げていた。


 案内で子守り、ということか。

 俺は構わないがトリスはそれでいいのだろうか。



 前を意気揚々と歩くトリスを見て、俺はそっと息を吐き、手を離さないよう後を追った。

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