彼らとの記憶




《ジーク、次は何処に行くんだ?》



 ――気付けば俺は青い世界の中で、カリアの背に乗り、地上を見下ろしながら次の行き先を話していた。



 ……少しぼんやりし過ぎたようだ。

 カリアに声をかけられ我に帰った俺は異空間から地図を取り出し、次に行く場所を考える。



「そうだな……まだ行ってない所はあったか?」


《ゴルダント火山に行こうぜ! まだ行ったことないだろ?》



 俺が地図を広げてまだ行ったことのない場所を探していると、火の精霊のヴォルが目をキラキラと輝かせながら提案してくれた。

 それにいち早く反応したのは水の精霊のセラだった。



《嫌よ、あそこ絶対熱いじゃない……却下よ却下》


《良いじゃねえか! 熱いからもっと燃えるっつーもんなんだよ!!》


《あなたただでさえ燃えてるのにこれ以上燃えたらもっと暑苦しくなるだけじゃない!》


《暑苦しいから何だ! 俺はもっと燃えるんだ!!》


《水ぶっかけてさしあげるわよ!?》


《蒸発してやんぞ!!》



 ゴルダント火山は常に噴火している、と聞いた事がある。

 そのため溶岩が流れ続けていて、あの辺りは常に真夏並みの暑さだそうだ。

 セラは熱いのが苦手だからな……。



《う~ん……風が吹いた方向?》


《……どこでも》



 ヴォルとセラが喧嘩するのはいつもの事なので、皆それを横目に話を続ける。

 風の精霊のフィンはいつも通りのんびりとした口調で、地の精霊のガイはどこでもいい、と静かに言った。


 風の吹く方向だとすると東の方角か。

 現在地から東に地図を辿って見て行くが、大抵の所は行ったことがある場所ばかりだ。

 今まで行ったことのない場所となると……。



《東、ですか……遠くなりますがソイン国はどうでしょう? 今の季節、レイラという木の花が咲いていると聞いた事があります》


《そこでいいだろう》



 光の精霊のアリルが思い出すような仕草をしつつ話し、それを見て闇の精霊のダルクが頷いた。

 地図を見ると東の果てに小さな島国が書いてあり、ソインと記されている。

 ここからだと随分遠い場所だ。



「カリア、距離があるが行けるか?」



 この距離だとカリアの翼でも丸2日はかかりそうだが、構わないだろうか?

 少し心配になり問いかけるとカリアがこちらに顔を向け、呆れたように答えてくれた。



《ジーク……私は銀龍だぞ? 10日間飛んでいようが平気だ》


「銀龍であろうと何であろうと、大切な君を心配しない訳無いだろう?

 後、流石にそこまで距離は無いよ……カリアはそれでいいか?」



 カリアに確認しようと聞くがカリアは黙って前を向き、東へと方向転換して一気に空を駆けた。

 急な事だったので精霊の皆を置いて行ってしまったのだろう。遠く、精霊達の戸惑う声が聞こえて来た。

 俺も僅かに体勢を崩してしまい、落ちないよう慌ててカリアにしがみつく。



カリアがこういった行動をするときは大抵機嫌が悪いか照れ隠しの時だが……俺、何かしたか?



 体勢を整えて後ろを見ると、精霊達との距離が随分空いている。

 精霊達もこちらに向かっているのだが、カリアの本気に近い飛行速度には追い付けず、さらに距離が空いてきている。


 とにかくカリアに一度止まってもらうよう合図を出すと、少ししてから止まってくれた。

 精霊達が来るまでにカリアの機嫌を治しておかないと、と思ったら、カリアがこちらを見ずに小さく俺にしか聞こえない声で呟く。



《私はどこでも構わない……お前と共にいれるなら、何処までも飛ぶ》


「カリア……」



 カリアの虹色の瞳と眼があったが、直ぐに反らされてしまう。そんなカリアの行動が愛しくて、カリアの首に力を込めて抱きついた。



「俺も……」






 ――――君となら、どこまでも――――






 気付けば見知らぬ天井が目に映った。

 なぜかベッドの上に横になっていたらしく、ゆっくりと体を起こし、まだ覚醒しきっていない頭で覚えている最後の記憶を引っ張り出す。


 カリアと精霊達と一緒に旅をしていて……そこまで思い出した所で自分の黒い髪が視界に入り、自覚する。



 あぁ、これは先ほど見ていた夢だ。ジークだった頃の記憶の一つ。

 俺が求め続けている、過去の記憶だ。



 確か……日向達の召喚に飛び込み世界を渡り、俺の知る魔法を使って神父を助けて盗賊達を倒したんだったか。

 それから身体から力が抜けて、意識が薄れていったのは覚えている。


 俺は今、どこにいるのだろうか?

 一度部屋を出てみようと思いベッドから降り、近くに置かれていた俺の靴を履いて部屋の扉を開けると、扉が何かにぶつかり派手な音を立てた。



「っつ~~!」


「す、すまない! 大丈夫か!?」



 呻き声が聞こえたので扉の向こう側を覗くと、見覚えのある金髪の少女が俯いて両手で額を押さえていた。

 ……すっかり油断していた。いつもなら扉の前の気配などすぐに分かるのだが……。


 慌てて声をかけると、アリシアと呼ばれていた少女は何かに気付いたように急に顔を上げてこちらを見上げてきた。そして──



「目を、覚まされたんですね……!」



 安堵の笑みを浮かべ、心からほっとしたようにそう言った。




 神父を呼んでくるから部屋にいてほしい、と言って少女はどこかへと走って行ってしまう。

 俺は大人しく部屋に戻り、神父達が来るまでの間、今持っている物で使えそうな物は無いか確認しておくことにした。



「……何も無いか」



 基本荷物は鞄に入れていたのだが、鞄は向こうで放り投げて来てしまったため、今の手持ちは上着のポケットに入っていた飴一つだった。

 念のために異空間魔法を発動し、中も見てみたが特に物は入っていない。



 異空間魔法は物を自由に入れておける上に空間魔法以外の衝撃や攻撃を受け付けないので便利だが、術者が死ぬ時に中の物ごと空間が消えてしまうとされていた。

 実際、昔使わない魔剣や魔道具を入れていたが何も無くなっている。

 あれらがあれば何かと便利だったのだが……無い物を惜しんでも仕方あるまい。


 とりあえず実験も兼ねてポケットの飴を異空間に入れておき、異空間を閉じる。

 明日にでも飴があるか試して、異空間が正常に発動しているか確認しよう。



 それにしても……手持ちの物は何も無く、武器も無い。

 魔法である程度補えるとしても加減が上手くできない今、満足に使えるのはこの身一つだけ、か。

 それもあの頃とは違い、酷く鈍ってしまっている。


 身体は鍛えていたし訓練もできる限りしていたが、あの世界では限度があった。

 更に平和なあの世界で実戦などほとんど無い。

 あの頃と全く同じ動きでは戦えないだろう。



 盗賊との戦いである程度は戦えるのがわかっていても以前と比べれば随分衰えている。

 ……こればかりは地道に実戦を積んでいくしかないか。




 ふと窓の外を見れば薄っすらと明るい。太陽の傾き具合と外の様子から見て大体朝の六時ぐらいだろうか。

 盗賊と戦ったのは確か夕暮れ時だったはず。随分寝ていたようだな。


 固まった身体を軽く伸ばしながらベッドに腰かけ、少女が戻って来るのを待つ。

 ベッドで寝ていたという事は、あの神父か少女が運んでくれたのだろうか?

 どちらにせよ礼を言わなければ。






 その後、程なくして少女は神父を連れて戻って来た。

 神父は少女と同じように俺を見てすぐ安堵したように息を吐き、良かったと呟く。



「御加減はいかがですか? どこか体調がすぐれない所などありませんか?」


「俺は大丈夫だ、手間を掛けさせて申し訳ない。二人は大丈夫なのか?」



 俺に近付き顔色を見ながらそう問う神父に頷いて、何ともない事を伝える。

 近くで見る彼の顔色は血の気が無く、青白い。俺の事よりも彼の方が心配だ。



「えぇ、アリシアも私も何ともありません。貴方のおかげです。なんと礼を言えば良いのか……本当にありがとうございました」


「助けてくださりありがとうございます!」



 神父と少女は頭を下げてそれぞれ感謝の言葉を述べてきた。

 大した事はしていないが、それをしっかり受けて頭を上げてもらう。



「神父、あんたは大量に血を流していた。しばらくは安静にしていてくれ」


「……わかりました、なるべくそうします」



 苦笑いで答える神父に溜息が出た。どうやら彼は休む気が無いらしい。

 【聖なる祈り】は、傷は治す事ができるが失った血は戻せない。

 貧血でも起こして倒れなければいいが……。



「改めまして、私はマーク。この教会でラタリス村の神父をさせていただいております。

 この子はシスターのアリシア」


「アリシア・リンレークと言います。よろしくお願いしますね」


「御影響夜だ。こちらではキョーヤ・ミカゲといった方がいいかな」



 話を反らしたのが丸わかりだが、彼の事は少女――アリシアが心配そうな目でマーク神父を見ているので、下手なことはさせないだろう。

 この世界では一般的に名前が先にくるようなのでそれに習い自己紹介をし、俺は二人に事の顛末を聞いた。




 どうやら俺は盗賊を始末した後、そのまま倒れてしまったらしい。

 マーク神父の見立てでは、何らかの原因で魔力を消費したのに体が耐えられず、気を失ったのではないかという。


 確かに転生してから魔法はおろか、魔力を使うのは初めてだったし【聖なる祈り】は魔力消費が多い。

 生まれてから一度も魔法を使った事の無いこの体が耐えられなかったのも無理は無いか。

 感覚も鈍っているんだ。しばらくは消費の少ない簡単な魔法を使って感覚を取り戻しながら体に魔力を慣らした方が良いだろう。



 俺が倒れた後、すぐに村の自警団がやって来たので事情を説明し、自警団員に俺を部屋へ運んでもらいベッドで寝かせ、その間に他の自警団員が盗賊達を拘束して自警団の屯所へ連行したそうだ。

 盗賊達は準備ができ次第ギルドのある街へ連れていき、然るべき処罰を与えるとのこと。


 村に自警団があるとは、中々大きな村なのだろうか。

 俺の生まれた村では自警団はおろか教会も無かった。

 きっとあの村に比べれば治安も良いだろうが、盗賊が出ていて、彼らはその被害に遭っている。

 戦争が起きて治安が悪くなるように、この世界で何かしらの事態が発生しているのかもしれない。



 わざわざ異界の存在を呼ぶほどだ。

 一体何が起きているのだろうか?




 最後にマーク神父に自警団から「会って礼をしたい」という伝言を聞き終えるのと同時に、部屋の外から鐘の音が聞こえてきた。

 音の大きさからしてこの教会のどこかで鳴っているようだ。



「キョーヤ様、朝食を用意していますのでどうぞこちらへ」


「良いのか?」


「もちろんです!

 しばらく滞在してくださっても構いませんよ。ね、神父様?」


「えぇ、助けていただいたお礼をさせてください」



 人の好さそうな笑みを浮かべる二人に、少し考えを巡らせる。


 できれば早くカリアに会いに行きたいのだが、それには準備が必要だ。

 まず今のこの世界の状態を把握し、それから準備を整えたい。

 この身一つでも何とかなるかもしれないが、可能であれば刃物の一つは欲しい。

 何も持っていない今、しばらく教会で世話になる方が得策か……。



「すまない、少しの間世話になる」


「どうぞどうぞ、少しと言わずいつまでもどうぞ!」


「さ、こちらです」



 マーク神父とアリシアに促され、部屋を出て二人の後ろをついていく。

 朝の静けさに包まれる教会の廊下を、窓から射し込む朝日に照らされながら三人で歩いて行った。






「そういえば、キョーヤさんはどうしてこの教会に?」



 談笑を交えながら朝食を取り終えた時、思い出したように問うアリシアに、俺のコップを持つ手が止まった。

 必ず聞かれるだろうとは思っていたが……どう答えるべきか。

 正直に異世界から召喚され、気付けばこの教会にいた、と言っても信じてくれるのだろうか?



 明らかに様子のおかしい俺に対し、アリシアが少し慌てているのに申し訳なさを感じながらも頭の中ではあの魔法陣を思い出す。


 同じ世界のドラゴンや魔族、精霊などを召喚する召喚魔法は数多くあったが……さほど魔力に耐性が無い人間を、それも異世界から俺を含めて五人も召喚する魔法、か。

 それほど強力な召喚魔法は聞いた事も無いが……あるとしたら大量の魔力が必要になるだろう。それも莫大な量の魔力が。


 鮮明には覚えていないが、あの魔法陣の規模と魔法陣に連ねられた言葉の複雑さからして、多くの魔法使いが力を合わせ、発動させたと見ていい。

 だとすれば国単位で行われたと考えるのが妥当だろう。

 内密に行われたか公に行われたかはわからないが、聞いてみる価値はある。



 二人に異世界から召喚された事を話し、何か知らないか尋ねてみよう。

 俺はコップを置き、少し姿勢を正してから二人に問う。



「……俺もなぜここにいるのかはわからないんだ。

 俺はこの世界とは違う世界から召喚魔法でやってきた。知り合いもこちらに来ているはずなんだが、何か知っているか?」


「え、と……い、異世界ってことですか!?」


「あぁ」



 驚くアリシアに頷き返すと、アリシアは戸惑うようにマーク神父に視線を送る。

 マーク神父は何か思い当るのか、机の上で手を組みながら難しい顔をして口を開いた。



「10日ほど前、この国――ユニエルで邪龍を倒すため召喚の儀を行い、異世界から女神の加護を受けし勇者と力ある者達の召喚に成功した、ということがありました。

 確か……勇者はユート・ヒュウガ、という青年です」



 「聞き覚えはある名ですか?」と聞かれ、俺は耳にした他の言葉に固まりながらも頷く。


 同じ場所に召喚されなかった事から多少のずれは覚悟していたが、日付が10日近くずれている。

 そして何より俺の知る限りユニエルなんて国は存在しなかったし、邪龍とは何だ?

 女神が勇者に加護を与えた? 女神はあの時、世界を捨てたのではなかったか?




 ――――本当にここはカリアのいる、あの世界なのか――――?

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