中華料理専門の大衆食堂というのは、どこもよく似ている。

 油があって、火があって、匂いがあるのだ。

 客もまた然り。たいていが男一人で来る。黙って店に入ってくると、黙って席に着き、さっさと注文して、後は黙ってスマホをいじるか、漫画や雑誌を読む。料理が目の前に置かれたところで、やっぱり黙って箸を割る。

 だから、その中年男もずっと黙っていた。注文のときでさえも。

 男が店に現れたとき、カウンターの中にいた若い店員が振り返った。そして手動のドアを閉める男に一瞥を向けられると、それまでは小気味良い威勢の良さを振りまきながら立ち振る舞っていた店員はすっと静かな面持ちになり、男に軽く頷いた。

 これがどうやら男の注文の儀式だったようだ。男は常連客なのだろう。店員は奥の厨房に向かって短い言葉を告げると、カウンター脇の給水装置で水をくみ、男の座ったテーブルまで持っていった。

 そして、やはり店員も黙ったままでテーブルにグラスを置くと、彼はそのまま男の向かいに腰を下ろした。

 煙草に火を点けながら、俯いた客の男は話し始めた。

「──やっぱりおまえは来んほうがええ」

「一人で行くつもり?」

「ああ。その方が──」

「それはナシって言うたでしょう。もともとは僕の問題や」

「覚悟できてるんか?」

 男は若い店員を睨みつけるように見た。

「もう、なんべんも答えたはずです」

 店員は言って伺うような視線を厨房に向け、またすぐに目の前の男を見た。

「気持ちは変わらへんよ。ここまで来たら」

「──分かった。ほな、今夜九時に」

「九時に」

 そのとき、また新しい客が入ってきて、店員はその客を「いらっしゃい」と元の威勢の良い声で迎え、席を立っていった。

 席に残された中年男は、その様子をどこかしら寂しげに見つめていた。


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