二人はどうも刑事には見えなかった。

 背の低い方が鍋島勝也なべしまかつや。今年のクリスマス・イヴで二十九歳になる。独身で、恋人はいない。身長165cm、体重59kg。彼は自分に恋人のできない理由がこの身長にあるのではないかと考えるほど自分に無責任な人間ではなかった。

 また彼は、自分が実際の年齢よりずいぶん若く見られることの理由もこの身長のせいだとは思っていなかった。

 それよりもその童顔のせいだ。

 きかん気の強そうな眉にちょっと反抗的な丸い二重の目。小さいが筋の通った鼻と固く閉じた唇が、いかにも頑固者に見える。

 それから服装。今日の彼も、年相応と言うにはちょっとばかり浮ついている。濃いブルーのスカジャンの下は生成りのワーク・シャツ、はき古したジーンズ、靴はお決まりのスニーカー。ごく一般的な短髪をムースかローションでまとめていた。だが、それだって日が沈む頃にはすっかり原形をとどめてはいない。頭上に鳥の糞でも落とされるか、誰かから歯が飛び出るほどの顔面パンチを食らわない限り、鏡の中の自分とは無縁に一日を終える男なのだ。

 とにかく、鍋島勝也は、そのジャンパーの下に三十八口径の公用拳銃の入ったホルスターを着けていることを除けば、どこから見ても学生かフリーター、あるいは戎橋えびすばしあたりで女の子を物色しているケチなチンピラと間違えられるような男なのだった。

 鍋島よりも頭一つ背の高いのが芹沢貴志せりざわたかしだ。

 年齢の方は鍋島と二歳違いで、二ヶ月前に二十七歳になった。

 179cmで63kg、空手のおかげで肩から胸に掛けてのラインががっしりしていた。精悍な眉、涼しい瞳、女性が羨むと同時に惹きつけられるに違いない形の良い唇。少し上向き加減の細い鼻が生意気そうに見えなくもないが、とにかくかなりの男前だ。

 それでも恋人のいない理由として──彼が普段気軽に口にする『公式見解』としてはだが──職業のせいにしていた。

 警官に惚れる女なんて滅多にいない。惚れた男がその後で警官になるのはまだ許せるとしても、警官が自分の恋人になるのはまっぴらだって了見だ。古今東西老若男女、皆さんお巡りが嫌いだとよ。けれども彼は、女性と楽しく時を過ごすことまでを諦めたつもりはなく、むしろ自他共に認める筋金入りの女好きだった。自分が恵まれた容姿を持ち合わせて生まれてきたことを充分に分かっていたし、それを利用しない手はないと考えていた。だからというわけでもないが、男だって多少は見た目が大事だとも思っている。派手に着飾るのは嫌いだが、鍋島みたいに構わなさ過ぎるのも感心しない。そう考えて彼はたいてい、鍋島とは対照的な格好をしていた。

 今日の彼は、深いダークグレーのスーツに、それよりちょっとだけ鮮やかなグリーンのネクタイを合わせ、真っ白のシャツを着ている。癖のない自然な髪を鍋島より少し長めに整え、その前髪をくしゃくしゃと掻き上げるのが彼の癖だった。少しだけ色白なところが神経質にも見え、しかし充分に透明感を与えている。鍋島とはまた別の意味で刑事とは思い難い。さしずめ、北浜きたはま淀屋橋よどやばしを駆け回る活きの良いビジネスマンといったところだ。


 二人は今、仕事場である西天満にしてんま署を出て、堂島どうじま川沿いを東に向かって歩いていた。夫を出刃包丁で刺してしまい、自分も死ぬと言って通報してきた妻のいる傷害事件の現場に向かっているというのに、ずいぶんのらりくらりとした歩き方だった。

「──ったく、さっきの野郎にはむかっ腹が立ったぜ」

 芹沢が言った。出身は福岡だが、大学時代を東京で過ごしたのでほぼ正確な標準語で話すのだった。

「もう一度言っとくが、今度はおまえの番だぜ。俺はもうあんな薄汚ねえ部屋で硬い椅子に座って、あいつのアホな話は聞きたくねえ」

「安心しろ。あいつの方かて二度とおまえは願い下げやて言うてる。鼻の骨折られるとこやったんやからな。おまえ、コンプライアンスってもんをどう考えてる」

「後は生安課に任せりゃどうだ。傷害の方は喋ってるんだから、こっちはもう用済みだろ」

「そしたらこっちにはおもろない報告書書きだけが待ってるってことか」

「仕事が面白おもしれえもんだと思ってるのか? めでたいな」

「思てないけど、とりわけ事務仕事はおもろないと言うてるんや」

「確かに、おまえには取り調べの方が向いてるかもな。俺にゃ大阪ここの奴らは訳が分からねえ。ほんま、つき合い切れへんわ」

 芹沢はわざと下手くそな大阪弁を使った。

 鍋島はふん、と鼻で返事をするとジャンパーのポケットからセブンスターを取り出した。一本を口に挟み、今度はライターを出してきて火を点けようとし、けれども結局は諦めて元に戻した。

「──で、俺があのガキ相手にケツ痛めてる間、そっちはやに下がって女と電話してたってか」芹沢が言った。

「何やそれ」

「さっき課長が言ってたぜ」

「こっちから掛けたんやない。掛かって来たんや」

「どっちだっていいじゃねえか。ムキになるなよ」

 芹沢は呆れたように笑って鍋島を見た。「京都のお嬢さんか?」

「ああ」鍋島は目線を落とした。「気楽なもんや」 

「お茶だかお華だか、そういうの教えてるって言ってたな」

「両方。道楽に近いんやろうけど──その道楽もんの昼メシに、もうちょっとでつき合わされるとこやった。こっちは課長に絡まれてる最中やったのに」

「そんなの、お嬢さんにはお構いなしってことじゃねえの。知り合ってもう長いんだろ」

「三年」

「だったらいい加減文句言わずに、つき合ってやりゃ良かったのに。そうすりゃくだらねえ夫婦喧嘩の後始末になんか行かなくて済んだかも知れないぜ」

「亭主、死んでるかも知れんぞ。浮気がバレたとか何とか言うてたらしいけど」

「嫉妬深い女にだけは捕まらねえこと。愉しく男やってくにゃ、それが必要最低条件よ」

「経験則か」

「まあな」

「それやのに、女のコからの電話でしょっちゅうぺこぺこ頭下げてるのはどういうわけや?」

「放っとけよ」

 芹沢はむっとして鼻息を吐いた。それから、改めて鍋島の格好を上から下まで眺めると首を振り、思わず立ち止まった。こんな奴にあれこれ言われたかねえ、とでも言いたげだった。

 そして彼は言った。

「なあ、その汚ねえ格好どうにかならねえのかよ?」

「もう長いつき合いなんだから、いい加減文句言うなよ」

 今度は鍋島が下手な標準語で答えるとにやりと笑った。


 晴れた日の十月。河向こうの中之島なかのしま中央公会堂が、ずいぶん近くに見えた。




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