調査、湾岸の先で。

 駅前から少しずつ離れるにつれて、トラックや大型車が行き交うようになる。空を覆う構造物は、ビル群から立体交通網に変わり、往来する車両のエンジン音を反響させた。

 この日の空は、故郷を思い出す灰白い空模様だった。にも関わらず、肌寒さは、ややさっぱりとしている。

 湾岸エリアには、多くの住人や観光客が足を運んでいた。ペットリードを外し、ダックスフンドと散歩を楽しむ老人。カップルや老齢の観光客。ベンチに座り、鳩に目を向けながら休息する人々。ロードバイクの集団。『このエリアではスケボーは禁止されています。向こうの湾岸プレイスポットをご利用ください』と書かれた立て看板。ここで暮らす人々、訪れる人々たちが集まる場であることは確かなようだ。

 もう少し、歩を進める。向こうには赤いシンボルタワー、そして、豪華客船を思わせる巨大なホテルが見えてくる。目玉焼きの白身のような、薄やわらかく広がる雲の隙間からは陽光が差し、海面をきらきらと照らす。埠頭の先には対岸の稜線が映り、国際空港に架かるブリッジを目にすることができた。

 古文書を調べるため、今日は梨沙ちゃんと文化センターに訪れる。思ったよりも早く集合場所に到着したため、僕はメモリアルパークに立ち寄る。パーク、と言っても、その場所はテニスコートほどの大きさの区画。しかしながら、小さいながらも、震災の爪痕が当時のまま保存されており、僕のように当時の被害を知らない人々にとって、その悲惨さを実感することのできる貴重な場所である。

 湾岸のひと区画が白い柵で囲われたその場所は、そこだけ別の週末世界を切り取ってきたようだった。枠の中でアスファルトが大きく裂壊し、半分は海水に浸かっていた。かつて埠頭だったアスファルトの半分には、藻が青々と繁殖し、亀裂の入った斜地の上で役割を失った細長い街灯がかろうじて体勢を保っていた。加えて、茶色く錆びた係船柱が、本来の岸壁が十メートルほど向こう側であることを示し、震災の酷さ、恐ろしさを現在にも伝えている。

 区画から振り返ると、被災から復興までの歴史が壁に刻まれて遺されている。ここ、神間の街で起こってしまった甚大な破壊現象。いつ、どこで、何が起こり、どのように復旧の道を歩んだのか。写真とともに羅列されたそれらは、ひとつひとつの時間、出来事が実際に起こった出来事だと伝え、心にリアルな恐怖を染み込ませていく。

 大震災の発生時刻が早朝だったことを知ったのは、この街にやってきてからだった。当時の被害状況を伝えるテレビの特集では、昼間の映像を写してばかりいたため、人々は崩壊していく街の姿を目に宿しながら被災したものだと思いこんでいた。でも、それは違った。薄明かりの中、もしくは、目を閉じた暗闇の中だったのかもしれない。巨大な揺れと轟音の中、恐怖の時間が始まったのだ。

 もしー。と僕は考える。朝方や真夜中。もしもこの土地、もしかしたらこの場所で、かもしれない。身動きが取れないような巨大な歪み、巨大な黒い波と対峙するならば、僕は、まともな思考を取ることができるのだろうか。心は痛み、揺さぶられる。


 集合時間の十分前。僕は未来像の前に到着した。見渡すが、まだ梨沙ちゃんの姿はない。待たせていなくて少し安堵した。

 僕は未来像を見上げる。そういえば、この像をちゃんと見たことがなかったな。僕は思う。像は青銅製。外国人の男性と日本人らしき女性が手を取り合い、湾を見据えている。その表情は希望に満ちており、海に向かい、新しく、美しい時代の幕開けを僕に伝えているように感じられた。像の土台に印字された完成年は、外国文化が花開いた頃。二人はきっと、その頃に尽力した二人なのだろう。彼らを讃え、この像が作られたのだろう、ということが容易に想像できる。

 しばらく待っていると、手を振る少女の姿が目に映った。梨沙ちゃんだった。大きめの、少しだらりと下がった黒のリュックサック。茶のダッフルコートを着込み、首元からはマフラーが覗いた。

「こんにちは、霜月さん。待ちました?」

「こんにちは。全然。待ってないよ」

「良かったです。今日、部活だったんですが。終わってから一度うちに帰ったので、間に合うか心配でした」

少し、安堵したように彼女は胸元に手を当てた。

「そっか。部活だったんだね。確か、剣道、だったよね」

「はい。強豪校ではないんですけど」

「勝手なイメージだけど、この時期は、床が冷たくて大変なんじゃない?」

「そうですね。夏場より蒸さないのはいいことなんですけど、朝はひえひえで慣れるまで大変です。拓郎さんは?」

そういって梨沙ちゃんは笑った。

「午前は家でゆっくりしてたよ。もちろん、準備はしてたけどね」

「そうなんですね。いきなりお誘いしたので、迷惑だったかと思って少し心配だったんです」

「大丈夫。大学生は意外と暇なんだよ。休み前はあれほど忙しかったのにね」

「そんなに忙しかったんですね。それなら休息は大事ですよ。心も、体も」

「そうかもしれないね。立ち話もなんだし、それじゃあ、行こっか」

「はい」

僕らは文化センターに向けて海沿いを歩き進む。

 文化センターは、講義のレポート課題の調べ物をするため、これまで何度か利用したことがあった。印象としては、大きな図書館。広く静か、それでいて繁華街から離れているため、街中心部の市立図書館などよりは混んでない。移動手段があるのならば、おそらくこちらで作業をした方が捗るような気がする。

 歩きながら、ふと普段から不思議に思っていたことを梨沙ちゃんに尋ねた。

「そういえば、最近気付いたんだけど、この街、球体オブジェみたいなもの、いっぱいあるよね。ほら、そこにも」

今日も何度か目にしたのだが、神間の各所には不思議な像らしきものが点在している。それは、立方体の切り出された石の台座の上に、球体が載せられており、オブジェなのか、石碑なのか、それとも地蔵なのか、未来像のように記載もないため、僕は不思議に感じていたのだ。

「あれですね。あれは、丸神様(まるがみさま)、です」

「まるがみさま?」

「はい。丸い、に神様で、丸神様です、ヨーロッパの文化が神間に入ってきてから、具体的にはイースターですね。その文化に影響されて広がった文化みたいです。まぁ、簡単にいえばお地蔵様、みたいなものですね。昔、おばあちゃんが教えてくれました」

「どんなご利益があるんだい?」

「私もうろ覚えではあるんですが、イースターがベースみたいです。また、この街にまた健やかに生まれ変われるように、という願掛けの意味もあったとか、なかったとか」

へぇ。そんな面白い文化があるのか。日本にキリスト教が普及した時に、日本の文化に混ざり、日本独自のルールやしきたりができた、なんていう話を聞いたことがあったが、この街にもそのような文化があるとは。僕は素直に驚く。

「面白い文化だね」

「はい。どこまでが本当なのかわからないんですけどね。なんだか、街を見守ってくれてるみたいで、私は好きです」

様々な人々や文化の交わる街だからだろう。互いの文化や価値観といったものが、生きる中で溶け込み、新しい文化を生んでいるようだ。それが、こうも局所的に、それもたくさん点在し、現存しているというのは珍しいだろう。

「拓郎さんは北天丸(きたてんま)神社はご存知ですよね」

北天丸といえば、この街でもっとも有名な神社のひとつ。異人街の上に建つ、立派な神社だ。

「知ってるよ」

「あそこが総本山、とも言われています」

「へぇ。それは知らなかった。神道なのに、イースターを取り込んだのか」

「不思議な話ですよね」

キリストの復活祭とされているイースターが、形を変えてお地蔵様のようになるとは。しかも、神道のひとつとして。また一つ、この街について賢くなった。


 十分も歩かないうちに、文化センター到着する。外観は図書館併設の歴史館、といった雰囲気。明治時代あたりから残っているのであろう、立派な石造りの建物だ。

「二階が郷土史や文化のコーナーだったね。とりあえずそこに向かおうか」

「はい」

僕らは彫像のように立体的に彫られた大理石色の中央階段を登る。階段は、中腹まで登ると左右に分岐し、そこからさらに登って左右の廊下に続くと言うものだった。どことなく見覚えがあり、どこだっただろうと考えていると、東京・上野にある、国立博物館の大階段であることに気付いた。

 僕らは左側の階段を登り終え、廊下に入る。絨毯の敷かれた館内は、音がくぐもってはいるものの落ち着いた印象を受ける。古い市庁舎にありがちな廊下の天井の低さは、密着感を与えてくる。廊下の左右には、地元作家の水彩画や油絵作品がギャラリーのように展示されており、少し歩いていくと、目的の部屋が見つかった。

 扉をあけてすぐ、梨沙ちゃんの声が漏れる。

「…本が多すぎますね」

自分が以前、文化センターに来た時に利用した部屋は、一つのコンテンツのコーナーはせいぜい本棚三列分だった。いくつか部屋が分かれてはいるが、どこも同じ構造だろう、と思っていたが、完全に油断した。郷土史・文化のコーナーには、二十列ほどの本棚が壁のようにずらりと並んでいた。

「これは完全に予想外だったね」

さすが、文化の溶け込む街。記すことは山ほどあるようだ。身を以て学んだ。

「はい…。どうしましょう」

梨沙ちゃんはこちらを一瞥し、苦笑いを浮かべた。

「まずは、お互いの調べたことを一旦整理しようか。探すのはそれからでも遅くないし、闇雲に探し出す前に、まずは検討をつけよう」

僕は提案する。

「そ、そうですね。それがいいです」

彼女は本棚の先を指差す。

「窓側にテーブル並んでますね。向こうに座りましょっか」

 窓からは、湾岸エリアが見通すことができた。湾の明るい水面がきらきらと反射しており、少し薄暗さのある室内に陽光を注ぎ込んでいる。僕らは木製の灰テーブルに向き合い、お互いの資料を手元に並べ始める。

「じゃあ、まずは僕から」

昨晩まとめたテーブルの資料を指差しながら、僕は古文書について話を始めた。おおよその話した内容は、次の通りだ。おそらく筆者は二人であること。変換方式の説明、中でも可能性の高い置き換え方式に関する簡単な説明。古い書物であるなら、そこまで暗号技術が発達していないため、暗号方式が比較的簡単な可能性が高いと推測できること。

 適宜、質疑を受けながら、今度は記載されている暗号自体の特徴へ話を進める。ページに用いられている"ひらがな”と”アルファベット"の混ざった並びには、英文のような単語ごとの区切りの空白、すなわち境界がない。このことから、そのような境界がなくても読むことが可能な言語であること。さらに、暗号文の先頭文字は、英語のような、主語が先頭に来やすい言語にありがちである、先頭に同じ文字が頻出しやすい傾向がないこと、加えて、各ページを通じて文字の出現分布に偏りがなさそうであることから、変換先言語は日本語の可能性が高い、ということを彼女に伝えた。

「二文字から、一文字に置換している可能性も低いんですね」

「うん。二文字の連続の偏りもなかった。つまり、一文字と一文字が対応してるんじゃないかなと思う。もし、そうなら、ひらがなとアルファベットから、ひらがなに変換している暗号の可能性が高い」

「なんでひらがななんですか」

「仮に、アルファベットだとすると、母音と子音をひとつの文字として表現できる日本語よりも記述できる量が減ってしまうんだ。例えば、英語と日本語では、同じ内容を記載するのに、英語は日本語の二倍以上文字を記載しなければならない、とも言われている。古文書1ページあたりの平均文字数はおおよそ二百から三百文字程度。英語で内容が書かれているのだとすると、内容は文字数の半分以下しか記述できない、ということになってしまうからね。

「なるほど、記述された文字数で記述できる内容を考えると、変換先の言語は日本である可能性が高いということですね。ただ、その暗号を解く鍵、つまり変換表が特定できないので、解けない、ということですか」

「残念ながら、その通り。今の時代、何らかの人工知能や解読システムですぐに解決できるかもしれないけれど、専用の解読機なんて身近にあるわけない。だからこそ、そのヒントがこの部屋の中で見つかればいいんだけど…」

僕はそこで言葉を止め、沈黙する。例えば、年代がわかれば、その時代に流行った変換なんかがわかるかもしれない。

「説明、ありがとうございました。次は、私ですね」

続いて梨沙ちゃんが話を始める。

「文字の解読に関しては拓郎さんが調べてると思ってたので、私は、私にできること。つまり、おばあちゃんがいるから調べられることを調べてみました」

そういって、彼女は黒のリュックサックからトートバックを取り出す。中からは分厚く古びた本が出てきた。

「持ってきたんだ、古文書」

「はい。おばあちゃんに許可をもらって持ってきました。私が注目したのは、時間、です。まず、この古文書がそもそもいつからお店にあったのか、おばあちゃんに尋ねてみました。お店にあったということは、過去におばあちゃんが、この古文書の売り買いのやり取りをしたり、忘れていたとしても、過去の購買履歴が残っていると思ったからです。

 結論から言うと、残念ながら、おばあちゃんにはやり取りした記憶はないようでした。加えて、帳簿にも購買履歴はありませんでした」

「となると、少なくともこの古文書は、おばあちゃんが店を継いだ以前から存在した、と考えるのが妥当そうだね」

「はい。そうなんじゃないかなと思います。なので、おばあちゃんの先代。ひいおじいちゃんが店主をしていた頃よりも以前にこの本が売買されていた可能性が高い、ということなりますね。

 おばあちゃんの今の年齢が七十歳で、お店を継いだのは高校卒業後とのことだったので、古文書は少なくとも1960年代初頭よりも以前からこのお店に存在したということになります。誰かがお店に置いていった、なんてことがない限りですが」

「ということは少なくとも五十年以上前だというのは確定か」

「はい。でも、それよりも前だと思います」

「他にも理由が見つかったんだ?」

「はい。もう一つは、おばあちゃんから教えてもらった内容になりますが、おばあちゃんは古文書の日付について着目したそうです。なぜ、日付に着目したかと言うと、この古文書が1960年よりももっと昔、例えば百年以上前に書かれたものだとすると、事情が変わってくる部分があるからなんです。それが日付です」

「どう変わってくるの?」

「ここに書かれた日付の暦(こよみ)です。この日付は、旧暦か、それとも新暦か、ということが変わってくるんです」

なるほど。旧暦である太陰暦が適用された日付であるかどうかがわかれば、少なくともその暦が適用されている時代に書かれていたことわかる。

「確かに、旧暦だとカウント方法が違うものね」

「はい。一通り日付を調べてみたんですが、これ、みてください」

梨沙ちゃんがノートの一部分を見せてくれた。

「この古文書に書かれている日付はおおよそ一年にまたがって書かれています。そしてこれが各月ごとの記載された日付です。みてください。年間を通して、これだけ日記が書かれているにも関わらず、一度も”31日"が書かれたページがありませんでした」

「ほんとだ。高頻度で書かれているのに、一日も”31日”が書かれてないのは不自然だ」

新暦では、”31日”のある月は七つもある。それが一日も記載されていないのであれば、旧暦である可能性が高い。

「加えてなんですが、月末に相当する日も”29日”と”30日”が交互に来ている、というのも、旧暦の特徴らしいです。これらのことから、この古文書は旧暦の日付で書かれている、と言うことになります」

「ということは」

「この古文書が書かれたのは、年が跨ったとしても1873年。つまり明治六年よりも以前に書かれていた、ということになります」

僕は驚きに、思わず息が漏れた。

「つまり、少なく見積もっても百五十年以上前に書かれた、と言うことか…歴史的資料じゃないか」

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