物々交換しりとり
ガヤガヤとしていたフロアが徐々にトーンダウンする。参加者が前方に向かって集まり始め、前方に並ぶ、レヴィーのお父さんージョンさん、そして、その一団を半円状に囲んだ。僕とロベルトさんも、半円の後ろから顔を出す。
「さて、皆さん。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。では、主役が登場したので挨拶をしてもらおうと思います。さ、アルトくん」
「こんにちは。アルト、アルト、アルバートです」
英語と英語で一言、挨拶をしてから、日本語で自己紹介を始めた。
「みなさん、こんにちは。アルト・アルバートです」
そう自己紹介をする彼は茶色の革靴に、長い白ソックス。短パン。カーディガンの首元からは赤いネクタイがちらりとみえている。まさしくおぼっちゃまの小学生といった風貌だ。前髪を少し整えた短い金髪、聡明な青い瞳、きりっとした表情が印象的だ。
「今日から、神間に住むことになりました。神間の街のみなさんは、とてもやさしい、とききました。まだ、日本語は上手じゃない、ですが、はやく、みなさんとなかよくなりたい、とおもっています。それではみなさん、よろしくおねがいします」
声のトーンから、緊張していることが伝わってきた。しかし、その言葉は真に迫っている。加えて、彼の落ち着いて、一言一言話す日本語はたどたどしさや、不自由さではなく、心からの願いを感じた。というのも、彼が、一句、一句、言葉をきりながら、僕ら聴衆それぞれに視線を向けながら話していたからだ。単なる演説家ではなく、心から伝えたいのだ。そういう重みが彼から伝わってくる。
彼の自己紹介が終わると、会場は大きな拍手で包まれた。
「これからは彼も街の一員だ。ぜひ、みんなで一緒にいい関係にしていきましょう」
と、ジョンさんが挨拶をしめた。
挨拶が終わると、順番順番にそれぞれがアルト君との談笑に勤しみ始めた。人だかりが引くまで後ろの方でゆっくりしていると、輪の中を抜け出してきたレヴィーがこちらにやってきた。
「アルトは一躍人気者ね。人の輪から出てくるだけで一苦労だったわ」
レヴィーは僕とロベルトさんを順番に一瞥しながら言った。
「いらっしゃい、拓郎。きてくれて嬉しいわ」
「こちらこそ。招待してくれてありがとう」
今日のレヴィーは、華やかなドレスコード。参加者の服装はおのおのの個性が出ているものの、やはり招く側ということもあって、しっかりとした身なりをまとっていた。
「素敵な装いだね」
「ありがとう。そう言われると嬉しいわ」
「それにしてもたくさんお客さんが来たんだね。びっくりしちゃったよ」
「そうね。これなら、アルトもすぐに街に馴染めるわ」
レヴィーは嬉しそうに言った。
その後、しばらくするとアルト君のブームは過ぎ去ったようで、また各所にコロニーができ始めた。僕はというと、他の参加者の方と話している中で、地元の高校に通う、地域活動グループに所属する少年、大杉君と談笑していた。彼も、以前、異人街での清掃活動などを通じてレヴィーやここに集う人々と知り合い、今回参加する運びになったのだという。
「大杉君のオススメのお店は?」
話は、僕の実家の郷土料理から、この街のオススメの食事処の話題へと流れていた。
「自分ですか。自分はそうですね。駅前のナポリタン屋、わかります、北口の。あとはですね…」
そう言って彼はすじばった腕を組む。話によると、ボランティアと言ってもゆるい感じのものから、路肩清掃やものの撤去といった力仕事まであるらしく、そんなことにも取り組んでいるうちに腕や足腰が鍛えられるのだという。
よほど熱心に取り組んでいるのだと感心しているとレヴィーがアルト君を連れてやってきた。
「改めて紹介するわね。こちらは、アルト。あたしの大切な友人よ。そして、こっちが拓郎。あたしの家庭教師」
「はじめまして、霜月拓郎です」
「はじめまして、アルト・アルバートです」
軽く握手を交わす。
「そしてこっちが大杉君。地域のボランティアクラブで一緒になったことがあるの」
「こんにちは、アルト君。大杉直也です」
「アルトです」
大杉君も挨拶を交わした。
実際に近くで彼を見ると、やはり彼に魅了された。異国の、それもまだ子供なのに、落ち着いて立ち振る舞う様子は、彼から大人っぽくさを醸し出している。洗練された美しさと、か細い手足。そして、輝く青の瞳に、幼さの残る表情。上質な水色の折紙で丁寧に折られた鶴、そんな雰囲気だろうか。喋ってみても、小学生とは思えないほど、しっかりとしており、おてんば娘のレヴィーとは対局、と言っても過言ではない。そして話題は、アルト君へと移ろい、彼の最近の趣味の話になった。
「実は最近はまっていることがあるんです」
彼は切り出す。
「何にはまっているの?」
「しりとりなんですよ」
「しりとり? あの、しりとり?」
「はい」
「意外だね、言葉遊びだなんて」
大杉君は言う。まさか、スポーツや旅行、何かものに関する楽しみではなく、日本の遊びが好きだなんて。僕も同じように驚く。ますます彼のキャラクターに興味が湧いてきた。
「ほら、しりとりって自分の持っている知識が多ければ多いほど、繋がるじゃないですか。それも、長い一本の鎖のように。日本語を勉強する中で、そんな遊びがあることを知りました。つまり、たくさんしりとりが続くほど、たくさん日本語を覚えられたってことになりますよね。だから、しりとりが好きになりました」
確かに。僕ら日本人はいつからしりとりを始めたか覚えてないけれど、しりとりをするようになる頃には、たくさん単語や知識を知っていた。彼の言う通り、新しい言語の習得度合いに、単語をどれだけつなげられるか、という指標を用いるのはありかもしれない。
「確かにそうね! アルトは得意なの?」
レヴィーが嬉しそうに尋ねる。
「得意、ではないけど、たくさん日本語を勉強したから、少しはできると思う…そうだ」
アルト君は何やら案が思いついたように話を切り出す。
「ひとつ提案なんですけど、みんなで一緒にゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
僕らは首をかしげる。
「ここにちょうどお土産があるんです」
そう言って、彼はポケットから何か取り出す。手のひらの上で開くと出てきたのが、円形のコルクコースターだった。表面には、錨のマークと、それを取り囲むように円形模様の焼印がされていた。
「知っての通り、僕も貿易業の家の息子です。ですので、物の取引の勉強をしています。昔は、お金との交換、ではなく、ものとものの交換をしていたのは、皆さんも知っていると思います。そこでなんですが、これを使ってゲームをしませんか。題して、物々交換しりとり、です」
「物々交換しりとり?」
大杉君がつぶやく。
「ええ」
そう言いながら、アルト君は、僕、レヴィー、そして大杉君の手に一枚ずつコースターを配っていく。
「物々交換の条件に、しりとりをいれる、ってものです」
「面白そうね!」
レヴィーは言う。
「ほら、日本の昔話にもあるじゃないですか。わらしべ長者、っていう物々交換の話が。この街なら、いろんなものと交換していけそうなので、面白いかなと思ったんです」
「よく知っているね、わらしべ長者、なんて」
「お父さんが話してくれました。それで、僕もいつかやってみたいなって。でも、一人でやるのは面白くないでしょう。だから、友達ができたらやろうと思っていたんです。ほら、僕らはもう、友達でしょう?」
僕らはお互いを見回す。もちろん、僕らは微笑みながら頷いた。
「もちろん。友達だ」
大杉君が言った。
「どんなルールにするの?」
僕は尋ねる。
「そうですね。交換していいのは、この街の中の、この街に住む人とだけにしましょう」
「最初の文字は?」
レヴィーが尋ねる。
「初めの文字は、コースターのおしり。『た』、か、『あ』でどうかな?」
「わかったわ」
「拓郎さんや大杉さんは僕らなんかよりたくさん続くと思うので、交換の数だと僕やレヴィーはきっと勝てませんし、面白くないと思います。なので、一番面白いものを持ってきた人が勝ち、ってことにしましょう。期限は、一週間。これでどうですか?」
「大丈夫」
「オッケー。自分も探してみます」
「あたしも大丈夫」
「では、一週間後。おもしろいものが見つかるのを楽しみにしてます」
『明日の午後って空いてたりしませんか。たまたま部活が休みなので』
パーティーを終え、帰宅する頃、梨沙ちゃんから携帯にメッセージが入っていた。梨沙ちゃんと連絡先を交換してからは、交換時に簡単なよろしく、というメッセージだけを交わしたにとどまっていた。向こうから早々に連絡が来るとは思っていなかったため、僕は少し驚く。
『大丈夫。何かあった?』
『一緒に手がかりを探しに行きませんか?』
手がかり、というのは知っての通り、古文書に書かれた暗号のことだ。彼女とは、彼女の実家である花屋で、実際の古文書を見せてもらいながら、暗号を解こう、と話をしていた。手がかり、という言葉から、彼女もまだ暗号の解読には至っていないと言うことがわかる。
『思い当たる場所はあるの?』
とはいっても、暗号を解けているわけではないため、闇雲に探すと言うのも効率的とは言えない。思い当たる場所があるのだろうか、僕は尋ねてみた。
『文化センター、行ってみませんか。古い本もありますし、何かヒントになる文献もあるかもしれません』
なるほど。文化センターといえば、湾岸エリアにある、神間の街の歴史などが展示された場所だ。図書館も併設され、市民の憩いの場になっている。加えて、文化センターには災害の記録展示などもなされており、この街について知るにはうってつけの場所かもしれない。
『なるほど、そこなら何か手がかりが見つかるかもしれないね。情報交換もしたいし、いこうか』
僕は返事を返す。
『やった。では、一時に未来像の広場でどうですか?』
未来像とは、『未来を見据える二人の像』の略語だ。湾岸エリアの待ち合わせ場所として有名な銅像を指す。友人と出かける時も、よくそこで現地集合することがあるので、僕にとっても馴染みの深い場所だ。
『大丈夫だよ。じゃあ、土曜に』
こうして僕らは湾岸エリアに繰り出すことになった。
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