ドアストリートと風見鶏

 僕らは神間中央にある、ドアストリートへと繰り出した。ドアストリートは、大きなエリアではないものの、セレクトショップや古着店や雑貨屋、モダンなファッションストアが立ち並んでおり、店構えも外国情緒漂うことから、歩くだけで自分がおしゃれになったように錯覚する、という冗談が神大生の間でも飛び交う。

 ショーウィンドウに映る自分の姿を目にすることがなんだか新鮮だ。おしゃれな通りを歩くことなんて滅多にないし、ましてや、小さな女の子とチョコレートを買いに来ることになるなんて、昨日の自分に言っても信じてもらえないだろう。少し期待と恥ずかしさを感じる道すがら、レヴィーは楽しそうに歩みを進めた。

「ここよ」

淡いピンクのモダンな外装。白枠の長方形の窓からは、店内の柔らかい明かりが漏れている。見るからに高そうなお菓子屋の前でレヴィーが足を止めた。

「大丈夫、高いんじゃない?」

「大丈夫。お金ならある。それに」

「それに」

「知り合いのお店なのよ」

 入口へと続く階段を登り、白塗りの扉を開けると、入店を示すベルがちりんちりんと優しい音を奏でた。一言で表すなら、幸せの香り。入店した途端、チョコレートの甘美な優しい香りが僕らを包み込んだ。

「いらっしゃいませ」

レヴィーはショーケースの前に立つ、一人のパティシエの元へ歩み寄った。

「こんにちわ。みむろのおじさん」

「やぁ、レヴィーちゃん。いらっしゃい」

パティシエの男性は笑顔でレヴィーに手を挙げた。僕も、彼女に次いで会釈する。

「こんにちわ」

「こんにちわ。今日はロベルト君とじゃないんだね」

「新しい家庭教師の先生よ」

「なるほどね」

「霜月拓郎です。まだ、家庭教師は始まってないんですが、今日は買い物の付き添いで」

「それはそれは、ようこそ。パティシエの御室(みむろ)です。レヴィーちゃんのところは、昔からうちの御用達なんです。では、ごゆっくり」

 店内は白色を基調として、アクセントに藍色で塗られた壁が、シンプルでかつ、シュッとしていて、洗練された印象を受ける。壁のあたりには、異国のチョコレートの資料らしきものが額に収められて飾られており、棚の上には、ガラス瓶に詰められた、さまざまな色の包装がされた小粒のチョコレートがかわいらしさを演出する。窓沿いには、弧を描くような長いテーブルが設置され、主にお土産用の、可愛らしくデフォルメされた動物や昆虫のパッケージが施されたチョコレートやレース柄の缶詰、キノコ型の瓶などが並べられていた。モチーフは童話のようだ。入り口奥のディスプレイには、様々なケーキやお菓子が宝石のように美しく展示されている。

「バレンタインデー用はこっちみたいね」

様々な菓子が並べられた一角に、バレンタインコーナーが設置されていた。手作り用のチョコレートやトッピングシュガー、デコレーションキットが並べられている。

「これなんてどうかしら?」

6個セットの、仕切りで区切られた大きめの四角や丸型のチョコレートが入ったボックスを指差す。

「あっ、でも小さすぎるかしらね」

楽しそうに選ぶ彼女の表情は頬が上がり、少し赤らんでいる。誰かを思って選ぶということが嬉しいのだろう、そんな素直な表情が、ロベルトさんの前でも出せるようになればきっと喜んでくれるだろう。

「甘みが強すぎないほうが、いいのかしらね」

ロベルトさんの好みはわからないものの、少し提案してみる。

「バーをやっているし、ウイスキーとかと一緒に食べるんだったら、こういうのが良さそうだけど」

少し暗めの茶色の箱に収められたビターチョコレートボックスを指差す。

「大人の男性にオススメ、ね。確かに良さそうね。だけど、みんなと同じものを買っても、なんだか選んだ感じがしないのよね」

神妙な表情を僕に向ける。ちゃんと選んで、マッチしているものをあげたい。そう思っているのだろう。僕はレヴィーに尋ねた。

「ロベルトさんは、お酒とコーヒー、どっちのほうが好き?」

「そうね。普段はコーヒーを飲んでいるほうが多いかな。ブラックで」

「おっけー。それなら、コーヒーに合うチョコレートがいいかもね。せっかくだし、御室さんに聞いてみよっか。僕が聞いてくるよ」

「ありがとう、拓郎!」

僕は再び御室さんの元へと向かった。

「御室さん」

「どうかされましたか?

「コーヒーに合うチョコレートってありますか?」

「そうだねぇ」

そう言いながら腕を組む。僕は御室さんの耳元で小声で目的を伝えた。

「ロベルトさんに渡すものを選んでるんです」

そう告げると、少し吹き出しそうになりながら、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「なるほどね、わかったよ」

御室さんはショーケースの向かい側から出てくると、レヴィーを手招きした。

「基本的に、コーヒーとチョコレートの相性はいいんだけど、酸味の強いコーヒーなら、オレンジピール入りチョコレート。苦味と酸味が並ならミルク系のチョコレートや生チョコ。コクや酸味の強いチョコレートなら、かなり甘めのチョコレート。キャラメルや焼き菓子系かな。コーヒー豆まではくわしくないから詳しい区分はできないんだけど、こんなところだね」

御室さんはいくつか箱を手にとって見せてくれた。

「あっ、これがいいかも」

そのうちの一つの包装が気に入ったらしく、レヴィーは御室さんから箱を受け取った。チョコレートと同じこげ茶色の包みに、金のリボンがかけられている。

「これは、ダークチョコレートだよ。甘さは控えめで、コーヒーを飲みながらであっても、さっぱりとした甘さだから、コーヒーの味わいを邪魔しない」

「これにする!」

満面の笑みを浮かべ、手のひらの箱を掲げた。

「オーケー。他に買うものはあるかい?」

「そうね。気になってたんだけど」

カゴにあるものにレヴィーが駆け寄って行く。

「チョコのエッグ! これ好きなの」

そう言いながら、綺麗に包装された卵型のチョコレート菓子を僕に見せてくれる。

「この街のいくつかのお菓子屋さんで売っているものだけど。拓郎は知ってた?」

「チョコのエッグ自体は知っていたけど、こんなところで売られているのは知らなかったよ」

卵型のチョコレートの中にはおもちゃなどが入っており、最近では造形に凝ったものも売られていると知っている。

「これは、この街限定なの」

パッケージの説明には、このチョコのエッグは神間市に関係のあるものが入っているらしい。おみやげや神間にやってきた記念になりそうだが、中身の種類は三十以上あるらしい。コレクターなんかは、コンプリートが大変そうだ。

「へぇ、そういうのもあるんだね。なんで神間では、チョコのエッグが流行ってるの?」

「昔、この街が拓かれた時に、文化も一緒に広まったみたい。ほら、イースターってあるじゃない?」

イースター。あるいは、復活祭。たしか、イエス・キリストが復活したことを記念するキリスト教の祭りだ。その時に出される卵がイースター・エッグと呼ばれており、チョコレートのイースター・エッグなんかがあるらしい。多分、それがこの街の多種多様な人々の中に文化として溶け込んでいった結果が、このチョコのエッグなんだろう。そう考えると、卵一つとっても、面白い文化だと感じた。

「僕も買ってみようかな」

興味を持った僕は赤いエッグを一つ手に取った。

「じゃあ、わたしも。あとで一緒にあけましょ」

「そうだね」

「じゃあ、ロベルトさんにあげるものも決まったし、出ようか」


 お店を出ると、僕らはレヴィーの家に向かって歩き出した。

「この先の途中に公園があるから、寄って行きましょう」

そこは、よくある小さな公園で、滑り台と鉄棒、砂場。そして、それらを囲むように、いくつかのベンチが設置されていた。僕らはそのうちの一つに並んで座った。

「そういえば、チョコレートは手作りしないんだね。あんなに美味しいアップルパイを作れるんだから、チョコも手作りするのかと思っていたよ」

「ほら、いつも毒味させてるからね。こういう時ぐらい、美味しい物あげてもバチは当たらないでしょ」

少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。表現が尖っているが、いつも、作ったもののの味見をロベルトさんがしているということなんだろう。きっと、彼女が料理を始めてからずっと。だからこそ、自分の作ったものではなく、プレゼントとしてしっかりとしたものを渡したい、そう理解できた。

「感謝の気持ちを伝えるなら、本当に美味しいものをあげたいと」

「わたしのことはいいの! そんなことより、ほら。エッグ、開けてみましょ」

さっきよりさらに赤らめた表情をよそに、彼女は包みを取り出す。

 それぞれ、包装紙に包まれたエッグをゆっくりと剥いていく。中からは、照りのある焦げ茶色の卵が現れた。手の温度を伝えすぎないよう、指先で縦に入ったつなぎ目の線を押しつぶすように開いていく。卵の内側はホワイトチョコレートでコーティングされており、中のカプセルが見えてきた。レヴィーは割れたチョコレートを一口食べると甘さで震えながら、頬に手を添えていた。

「あまーい」

僕も、手が汚れないよう、包装紙でチョコレートを挟みながら口に入れる。子供が好きなとても優しい甘さが口いっぱいに広がった。ひとしきりチョコレートを堪能したのち、中のカプセルに手をかける。

「あ、わたしはポートタワーだ!」

そう言いながら、レヴィーは僕にポートタワーのミニワッペンを見せてくれる。僕のは、青銅色に塗られたキーホルダーが出てきた。

「そ、それ。風見鶏じゃない!初めて見た!」

僕の手からキーホルダーを奪い、空に掲げた。

「そんなにレアなの?」

「すごい! シークレットよ! まさか出会えるなんて!」

正直、そんなに驚くものなのかなと思っていたが、彼女は興奮冷めやらないようでその場で立ち上がってくるくると回り出した。

「最高の日ね! ツイてるわ!」

ひとしきり回り終えると、キーホルダーを僕に返し、

「大事にしてね。本当にラッキーなんだから」

「わかったよ」

僕はなんとなく自分のバッグに風見鶏を取り付けてみた。デザインも見た目も悪くないし、ワンポイントアクセサリーみたいでいい感じだ。

「どうかな?」

僕は風見鶏を取り付けたバッグをレヴィーにみせた。

「いいわ。似合ってる」

僕は立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。遅くなったら心配するだろうし」

そう言って、歩き出そうとすると、彼女に腕を掴まれた。

「せっかくだし、拓郎を連れて行きたいところがあるんだけど、いい?」

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