外編:独占欲の顕示欲
最近、このアジトに妙な空気が漂っている。そう、メンバーの一人であり『暴食』を冠する青年、グラは思っていた。
アジトとは言えど、全員がいつもここに集まっている訳では無い。アワリティアやイラはほぼ帰ることなくどこかを放浪しているようだし、インウィディアはアジトの近くだとはいえ外に居るか、部屋に籠って出て来ないかであるので、居ないようなものだ。女性陣がほとんど居着かないこのアジトは自然と、グラ、ルクスリア、スペルビア、アケディア、アーリマン……と、男だらけになる。スペルビアの顔が良いのでそれほどむさ苦しくないのは果たして幸運だろうか。
そして、そんなアジト内で何か騒ぎが起こるとすれば、それは愉快犯であるルクスリアのせいなのである。大概は。
――大概は、だ。つまり、例外はある。そして、今回は例外であった。
「だぁあああああああああうぜぇえええええ!!! 知らねぇよ!!!! 良かったなぁ!!!!」
アジトに響いた――『ルクスリアの』怒号を聞きながら、グラは談話室へと足を進めた。
談話室、とは言えど、自分達は仲良く集まって談話に励むようなほのぼのした関係ではない。アジトの必要以上の内装に『お父様』は全く関わっていないので、その部屋はただの空き部屋だった所にルクスリアが勝手に椅子だの机だの簡易的なキッチンと茶葉や茶菓子だのを持ち込んだのを、各々勝手に使っているだけである。
その部屋に、グラは足を踏み入れた。無機質でのっぺりした石の部屋の中に木製の机や椅子や誰が置いたか(まあ十中八九ルクスリアであろう)花瓶などが置いてあるのは実に奇妙な絵面だ。花瓶の中の花はとっくの昔に枯れていた。
椅子には見覚えのある翠髪が腰掛けている。
「……アーリマン」
「あ? ……ああ、何だ、グラか」
一瞬こちらを見た黒に囲まれた金の瞳は、直ぐに興味を無くしたようにそっぽを向く。
それにいちいち気分を害していてはこのアジトではやっていけない。アーリマンが他のメンバーを見下し、歯牙にもかけないでいるのは今に始まったことではない。15歳の少年のかたちをしたこのばけものは、圧倒的な力を持ってして、自分達を押し潰す存在だった。
とはいえ、アーリマンとていつも誰彼構わず攻撃する訳では無い。確かに彼は――スペルビアに癇癪持ちの幼児と称されるほど――情緒不安定に、どこでスイッチが入り暴れ回るか分からない少年だ。だが、主に彼が攻撃の対象とするのは特に嫌っているスペルビアと、彼に絡みに行くルクスリアであって、基本的にグラなどのような小物には興味さえ持たない。即ち、ルクスリアのようにわざわざ彼に絡まなければ、平穏に過ごすことが出来るのだった。
故に、グラはさっさと談話室に忘れてきた己の髪紐を回収し、引き返そうとした。
「……あのさぁ」
――引き返そうと、したのである。だがグラより遥かに強大な力を持ち、なおかつ自分の思い通りに事が進まなければ暴れ倒すアーリマン様によって声をかけられれば、グラには振り向く以外の選択肢は残されていないのであった。基本的にアーリマンはグラのような小物には興味さえ持たないが、基本には例外がつきものなのであって、グラは今日この時に談話室にやって来てしまったことを後悔した。
「……何?」
「オレの隣にずっとアケディアが居ないわけなんだけど。お前妙に思わないわけ」
後悔しつつも振り向いて言葉を返すと、むっすりと不機嫌そうに顔を顰めたアーリマンがそう言った。
アーリマンの隣にアケディアが居ない、と言うと語弊がある。まるでアケディアが自らアーリマンの隣に寄り添っているような言い方だが、実際には怠惰的なアケディアにアーリマンが絡みに行っている、というのが正しい。基本的に他者を見下すアーリマンではあるが、実に高い戦闘力を備えたアケディアのことは良く良く認めているらしく、アケディアとはアーリマンが好意的に接する、『お父様』以外で唯一の存在だった。とはいえ、アケディア本人はといえばスペルビア以外に興味を持たず、アーリマンに話しかけられても無視が基本なのであるが。
「……そういえばそうだね。何かあった?」
ただ、わざわざそんな訂正をしてアーリマンの気分を害するような愚かな真似はするまい。とりあえず捕まってしまったものは仕方が無いと、グラは出来るだけアーリマンの逆鱗に触れないよう対応することにした。
そしてその対応は正しかったようで、聞く姿勢を見せたグラにアーリマンはふんと少々気分良さげに鼻を鳴らした。
「このオレを後悔させるなんてさ、アケディアくらいだと思うんだよね」
「はぁ」
「何があったか気になるだろ? 気になるよねぇ」
「……気になるなー、教えてほしいなー」
どうやらアーリマンは誰かに愚痴りたかったようだ。そう察しつつ、アーリマンの欲しがるだろう言葉を選んで口に出す。正解を出すグラにまたアーリマンは機嫌良く鼻を鳴らした。
「『ネックレスだとかチョーカーを他人に贈るのは独占欲の表れらしいよ』って、アケディアに教えてやったんだよ」
「……、へぇ」
「この前本で読んだんだけどね。まぁ、首にかけるものってことで首輪の連想なんじゃない? 知らないけど」
アーリマンの言葉を聞きながら、グラはスペルビアに以前惚気られたことを思い出した。
『アケディアが欲しいと言ったから、チョーカーを買ってやったんだ。あいつが自らおねだりなんて、珍しいこともあるものだな』
――思えば。
思えば、ルクスリアの悲鳴が聞こえるようになったのは、それからだ。
「……それから、なんだよね」
アーリマンが先程の上機嫌から一転、顔を顰めた。
「――スペルビアがアケディアにチョーカーなんて買ったから! それからアケディア、近くに行けばめちゃくちゃ自慢してきて鬱陶しいんだよ!!」
――グラの中で、全ての合点がいった。
最近アーリマンがアケディアに絡まないのも。
最近アケディアの首に一つの装飾が増えたのも。
普段スペルビアに以外は話しかけられようが無視を貫くアケディアが、自らルクスリアの元に歩み寄り、その装飾を見せびらかして「スペルビアが、俺に、くれたんだ」とどこかドヤ顔で絡むようになったのも。
それにルクスリアが鬱陶しい面倒臭いと悲鳴をあげるようになったのも。
――全て、そういう事だったのだ、と。
「オレはほとぼり冷めるまでアケディアに近寄らなければ済む話だけど、ルクスリアなんかは哀れだよね。なんたって、アケディアが自分から絡みに行くわけだし」
アケディアはルクスリアのこと嫌いだしね、と付け加え、愚痴って少しはスッキリしたらしいアーリマンは先程よりは晴れやかな顔で溜息をつく。
その通り、アケディアはルクスリアが嫌いだ。それは元々はスペルビアが『メンバー』に加わる際、教育係にアケディアは立候補していたのだが、彼等の初対面時におけるとある事件によって有耶無耶になり、結局はスペルビアに二番目に会ったルクスリアが教育係を引き受けたことに由来するのだろう――と、グラはあたりをつけていた。アケディアにとってルクスリアは、スペルビアの教育係という美味しい役どころを奪った仇敵なのだ。どう考えても逆恨みではあるが。
成程全て合点がいった。しかし、果たしてアケディアのそれらが『ほとぼりが冷める』などあるのだろうかと、グラは首を傾げる。スペルビアに関しては謎の執着を見せるアケディアの事だからいつまでもチョーカーを自慢する気がする。
「あー、それならまあ大丈夫でしょ、時間の問題だよ」
その疑問を口に出すと、アーリマンはそう笑った。
「アケディアだよ? あの、とんでもない力の破壊魔神。チョーカーなんて毎日付け外ししないといけないようなアクセサリーなんか、長持ちしないに決まってるさ」
その言葉は、果たして正しく。
数日後、アケディアの首からその装飾が無くなり、酷く落ち込んだ雰囲気を漂わせてとぼとぼとアジトを歩く姿が確認される形で、この騒動は幕を閉じたのだった。
「すぺるびあ……」
「ああ、壊してしまったのかアケディア。君は怪力だからなぁ」
「すぺるびぁ、ごめん……せっかく、くれたのに……」
「ああほら泣くんじゃない、おいで。……よしよし、また買ってあげような」
――なお、次が無いとは限らない。
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