外編:とある山羊の憂鬱な一日

 やっほーおはようこんにちはこんばんは。『同胞』中じゃ第五位、『色欲』ルクスリアとは俺の事だぜぇ。

 今日俺は非番なわけよ。まー俺達の『仕事』は常にあるわけじゃなくお父様に突然呼び出されて向かわされるのが殆どだから、非番ってのは『今は俺に宛てがわれた仕事が無い』ってだけなんだけど。いつ休みが潰れるか分かんねーから、時間のある時にやりたいことはやるべきなのさ。

 あ、アケディアは例外な。あいつはなんかお父様に融通効くっつーか効かせるっつーか、仕事のコントロールが効くらしい。おっかねーなぁ。

 アーリマン? アレはむしろ尻尾振って仕事受けまくるから。いやぁ、お父様にあそこまで懐けるのすげーと思うぜ。本人の前で言ったら殺されるけど。

 まあそんなわけで、貴重な休みを俺は趣味の媚薬酒造りに費やしてるわけよぉ。なんたって、いつ潰れるかわかんねぇんだから……


 ――バキゴシャアァア!!!


 ……噂をすれば影がさすんなら噂しなけりゃ良かったナー。

 明らかに今のは破壊音。背中に吹き込む冷たい風。うーん。振り返りたくねぇ。

 でもまあ振り返らないと後が怖い。俺は渋々振り向くぜ。

「……珍しいなぁ、お前が俺ん所来るなんてさぁ」

 振り向いた先にいたのは真っ黒な巨体――アケディアだった。予想通り俺の部屋の扉をぶち壊してどでーんと立ってやがる。あーぁ、どうせこれ本人直していかねーんだろなぁ。アジトは共有の場所だってことわかってんのかね。

 アケディアは妙に不機嫌な顔で、ぶち壊した扉の破片を踏んで中に入ってきた。

 怒れる熊には触れないのが吉。とは分かってるんだが、まあからかいたくなるのは性質的なあれであってだ。

「なんだよぉアケディア、俺に抱かれたくなっ……ぁガっ」

 アケディアの闇の魔力が俺の舌を貫いた。超痛ぇ。スペルビアといいこいつといい舌を狙うのやめてくんねーかな。いくら俺の舌が人より長いからってさぁ。

「……ひょーらんひょーらん、ぬひてくれよぉ」

「チッ」

 ひっくい舌打ち一つ落とされて、俺の舌は解放された。珍しい。こいつなら俺を達磨にするくらいやるかと思ったが、此処に来た用件はそんなに大事な事だったのかねぇ。

 しかしアケディアは顔を顰めたまま黙っている。言いづらい、というよりは、言いたくない気持ちで葛藤してる感じだ。からかいてぇ。けどこれ以上からかったら今度こそ達磨にされそうだからやめとこう。

「……、……スペルビアが」

「おぉ?」

 アケディアが漸く口にしたのは、こいつの愛しの君であり俺の悪友、『傲慢』の名前だった。まあアケディアが気を揉むことなんてスペルビア関連に決まってらぁな。

「……スペルビアが、最近、何か隠し事をしてる。夜な夜な何かしてて、俺とも一緒に寝てくんないし……」

 ……。

 ……こりゃ驚いた。まさかの『怠惰』様から恋愛相談だ。

 思わず顔が緩んじまうぜ。だってそんなの、絶対面白い。にまにましてたらアケディアが睨んでくるが、そんなの気になんないくらいに面白い。

「へー、ふーん? スペルビアに抱いてもらえないくらい放置されててさみしーわけ?」

「……」

「いでででであっ腕ちぎれるタンマタンマタンマ!!」

 アケディアが伸ばした闇の魔力が俺の腕に絡み付いて引きちぎる勢いで締めてきやがった。やっぱこいつおっかねぇ。

「お前には実になる返答しか求めてない。俺以外でスペルビアと一番話してるのがお前だからわざわざ足を運んでやってるんださっさと心当たりを言え無いなら死ね」

「あれお前俺に相談しに来たんだよな!?」

 高圧的すぎてビックリするぜ。言いたくない事を言い切ったあとだからか珍しくアケディアが饒舌だ。相変わらず腕は千切れるくらいに締められててちょっと血が止まりそうだしSMは嫌いじゃねーけど安全性は確保してほしい。

「そろそろ感覚もなくなってきたぜ……つーかよぉ、スペルビアのことは俺よりお前が詳しいだろぉ……」

「当たり前だろ。俺がスペルビアの一番の理解者なんだから……は? 俺がわからないことをお前がわかるならお前は俺の知らないスペルビアを知ってるってことか? 殺す」

「一人で結論付けて殺気立つのやめてくんねぇかなぁ!!」

 アーリマンもびっくりの情緒不安定っぷりだ。恋は盲目ってやつなのか? やだねぇ、こわやこわや……あと腕がそろそろ変色してきてんだよなぁ……離してくんねぇかなぁ……。

「スペルビアについては知らねぇよ……つーかそんな変な感じ気付かなかったしよぉ。性のにおいはしねぇし浮気ではないと思うぜぇ」

「……じゃあ何だよ」

「知らねぇってば」

「……使えないな」

 舌打ちを落とされた。うーん辛辣。アケディアは大体誰にでも辛辣だが俺に関しては特に容赦がない。俺がスペルビアと悪友だからかねぇ。

 ……俺の普段の行い? 知らねーなぁ。


 それは兎も角、アケディアについてはどうにかしねーと俺の命が危険だ。どうしたもんかと紫の腕を横目に考えたその時だった。

「アケディア? 居ないと思ったらこんな所に居たのか。探したぞ」

「――スペルビア」

 廊下の向こうからやって来たのは、腕に布袋を抱えた噂の『傲慢』。おーおー、アケディアのオーラが一気に輝きやがった。素直な奴だぜ。無表情だけど。

 あっさり俺を解放したアケディアはスペルビアに駆け寄って擦り寄る。あそこだけ空気がピンクだ。血が通いだした腕を摩りながら溜息をついて、俺はスペルビアに向き直った。

「スペルビアぁ、アケディアがお前が最近変だって不安がってるぜぇ。甘やかしてやれよぉ」

「変?」

 アケディアが俺を睨むが素知らぬ振りで目を逸らした。カップルは遠目で見てるくらいが面白いんであって、あんまり深く関わり合いにはなりたくないんだよ。

 スペルビアはといえば俺とアケディアを見比べて、ふむ、と顎に指を添えた。

「まあ、ここ数日で作っていたものが形になったからな。放置していて悪かった。これからは相手をしてやれる」

「……作っていたもの……?」

 首を傾げるアケディアに、スペルビアは抱えていた布袋から何かを取り出した。

 その何かとは――


「「……メイド服?」」


 アケディアと俺の声が揃った。

 それは、どう見ても、メイド服だ。いや本来のそれと比べるとやたらとスカートが短いし、胸の谷間が来るあたりに変な穴が空いている。そして何より、でかい。どう考えても女が着れるようなものではない。

 それを見て、俺はあることを思い出した。スペルビアに先日如何わしい本を押し付けたこと、その本の内容は女の使用人がゴシュジンサマに如何わしいご奉仕をするようなものだったことを――


「裁縫をするのは初めてだったが、まあ僕だからな。この程度造作もない。なかなかよく出来ているだろう? 君のために作ったんだ、アケディア」

「……な、な、な……!?」


 どこかドヤ顔のスペルビアに、アケディアは顔を真っ赤にして狼狽える。

 それを見ながら、俺はもうひとつ思い出した。スペルビアは完璧主義だ。裁縫は初めて、と言ったが、まさかその完璧な作りのメイド服が初めての作品ではないだろぉ。

 俺は結構他の奴らのことを見ていて、察しがいい自信がある。だから察せているわけだが、スペルビアは自分が出来ないことを許さないしそれを人に知られるのを許さない。俺はその理由までは知らないが、スペルビアはだからこそ、物事に挑戦する時はまずそれを完璧にできるようになってから見せる。アワリティアなんかは単純だからそれに騙されて、スペルビアは簡単になんでも出来るようになる腹の立つ奴、だと認識してる。

 しかし実際には死に物狂いで完璧に仕立て上げるんだろう。その現場を見たことは無いが、俺はスペルビアが、アーリマンやアケディアのような規格外ではないことはなんとなく分かる。

 ――つまり、アケディアとも一緒に寝ないで何かをしていた、というのは、寝る間も惜しんで裁縫技術を身につけていた、ということだったわけだ。


 俺が分かることを、アケディアがわからないわけが無い。アケディアならスペルビアの完璧主義の理由も知ってたっておかしくないくらいだ。そんなアケディアが、反応に困るのは当然だわな。

 真っ赤になって狼狽えるアケディアは、そんなもん着るかと怒ればいいのか自分のために時間を費やしてくれたことを喜べばいいのか、ってぐちゃぐちゃになってんだろうなぁ。何も言えなくなってやがる。

 それだけ見たら面白いんだけどなぁ。

「というわけだアケディア、着てくれるだろう?」

「――ッ!?!?」

 あーあーアケディアの奴、あれは逃げらんねぇな。今夜はお楽しみデスネ。

 つーかそもそも、アケディアがスペルビアに逆らえるわけねぇか。なんだかんだ言って悦んでるっぽいしな、スペルビアに支配されんの。だって嫌ならあいつは実力でねじ伏せられるわけだし。


 はいはいゴチソウサマデス。

 さっさと俺の部屋の前から出てってくんねぇかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る