中間時間軸の番外編
外編:初夜明けて
自然と目が覚めた。
こういう目覚めは、アケディアには珍しい。名前に違わず怠惰な彼は、大概は昼まで起きてこないで睡眠を繰り返している男だった。
目の前で、閨を共にした男が眠っている。
鼾もたてずにすうすうと控えめな寝息を立てて、スペルビアの体は小さく上下していた。伏せられた蜂蜜色の睫毛が長さを際立たせている。睫毛と同色の癖のある髪は横になっていることで乱れているが、みっともなさよりは気だるげな色気を湛えて、彼の眠り姿さえもを一種、芸術品のように彩っていた。半開きになった口さえ、形の良い唇とそこから覗く舌がセクシーで、美形は得だなとアケディアはぼんやりと考えた。
――昨晩まで、抱かれていたのだ。この男に。
彼の獅子は美しく獰猛に微笑んで、自身の体を白いシーツに押し倒して。
はだけた服の隙間から、力の入っていない胸筋を柔く揉んで。時折乳首をつまみながら。
常人よりも遥かに多くついた筋肉の隆起を、一つ一つ、指と舌で嬲って。
服を奪って、なんの意味もなさない胸の飾りであったはずのものを、舌で転がしながら悦を受け取る部分であることを教えこんで。そうしながら、細く長く、美しい指で排泄口を拓き、性器へと変えていって。
――長い長い、夜だったように思う。
自分より20センチも小さくて、手足などは自身の腕の何分の一かという――それはスペルビアが華奢で小さいのではなくアケディアがあらゆる意味で大きすぎるのであるが――そんな男に、組み伏せられて、雌に変えられる。
彼の雄は体格不相応に大きく膨張し、最奥まで抉られたあの暴力じみた快楽は――そこまでで、アケディアは半ば強制的に思考を閉じた。あんまりに詳細に思い出してしまえば、既に十分顔に集まった熱が引かなくなってしまう。
とにかく起きようと、目の前の美しい寝顔から逃れるようにアケディアは顔を背けて布団を捲りあげた。そこでまた、彼は硬直する。
一糸まとわぬ筋骨隆々の肉体に、閨に入る前には無かったものが存在している。それも一つや二つではない。
体中、最早それが無い場所など無いのではないかという程に夥しく散りばめられた――赤い充血痕と、噛み跡。腕の側面や胸や腹、それだけではなく、腋下や内腿の付け根、こんなところにまでと赤面してしまうような、口には出せない場所にさえ幾つも付けられている。スペルビアはこんなにも――足癖ならぬ――口癖が悪い男だっただろうか。
――同時に、今まで抱いた女にも、こんなふうに痕をつけていたのだろうと考えて思考が沈む。
スペルビアがアケディアを長い時間をかけて滅茶苦茶に抱いたように、女にも、その情熱的な快楽を与えていたのだろうか。
アケディアはスペルビアに隠れてスペルビアが抱いた女を――把握出来るぶんだけは――殺して回っていた。あの時どうせなら服を剥いで、痕があるか確認すればよかったかもしれない、と――
――余計なことを考えるのはやめよう。過去の話だ。
そう、首を振って、アケディアは兎も角シャワーを浴びようと身をよじってベッドの端へと移動する。体は汗や他の液体のせいでべたついて、腹の中にはまだ、たぷりと液体が揺れる感覚がした。
足を伸ばして、立ち上がろうとした、その時。
「――ッ!?」
床に足をつけ、普通に立ち上がるはずだった身体は、一切の力を込めてくれないまま床に崩れ落ちた。
「……っ、……?」
足腰が震えている。こんなにも筋肉を備えて屈強な体であるのに、全く力が入らない。それでも立ち上がろうと腕に力を込め、腰を浮かせた瞬間、こぽりと液が泡立つ音がした。
「――っ」
穴から零れ、足を伝う液の感覚に、ぞくんと背が震えて力が奪われる。腕さえももう立ってくれずに、べしゃりと床に崩れ落ちた。
「……アケディア?」
眠たげなテノールが後ろからかけられる。スペルビアが目を覚まし、身を起こしたようだった。毛布を捲る、布擦れの音がする。
「……アケディア、朝から扇情的なポーズだな。誘っているのか」
「違う……!!」
少し崩れた正座のような体勢から腕が崩れ落ちたせいで、アケディアはまるで体を這わせて尻を突き出すような体勢になっていた。指摘に顔を赤らめたアケディアが、零れでる液体の感覚を堪えながら何とか腕を立たせ直す。本日最初の声は酷く掠れていた。喉が痛い。昨晩嫌になるほど鳴かされたせいだ。
「……お、まえの、せいで、腰が立たないんだ……」
アケディアが睨み上げても、スペルビアは平然として鼻を鳴らす。アケディアを恐れ、告白にさえ疑いの目を向けていた彼とは似ても似つかない余裕ぶりだった。
スペルビアは下はズボンを履いていたが、上半身は何も纏わず細身ながらに均整の取れた筋肉を備えた美しい体を晒している。段々それを直視出来なくなって、アケディアは目を逸らした。
「やっぱり誘っているんじゃないのか?」
「違、……っ!」
身をよじると更に液体が零れ落ちる。一体どれほど出されたのだと、顔の熱がさらに高まった。最早アケディアの肩まで真っ赤に染まっている。
そんなアケディアをにやにやといやらしく笑いながら見下ろしているスペルビアを見ると、スペルビアのことを愛しているアケディアではあるが流石に悪態もつきたくなる。
「……俺で、こんなに、体がぐちゃぐちゃなんだから、今までの女はもっと酷かっただろうな? 身体中の痕といい、文句言われなかったのか? 絶倫ド変態野郎って」
そう、口をついて出て、アケディアは慌てた。悪態をつこうとは思ったが、女を引き合いに出すつもりは無かった。スペルビアが女を抱いた話なんて、過去の話でも聞きたくはない。
俯いたアケディアの心情を知ってか知らずか、スペルビアは鼻で笑った。
「生憎とそんなことを言われたことはないね。今までの女は大体一度出せば冷めたからな」
布擦れの音がする。ベッドが体重移動に軋む。
「一回じゃ収まらなかったのも、体中に痕をつけたくなったのも、君だけだ」
いつの間にかベッドを降りて、アケディアの傍まで来ていたスペルビアが、綺麗な指でアケディアの顎を掬い上げる。
言葉の意味を理解して、アケディアの顔がまた熱くなった。真っ赤な顔で目を見開くアケディアを見下ろして、スペルビアは笑う。
「そういう顔が可愛いから収まらなかったんだが、分かっているか?」
「えっ、あっ、へっ……」
「ああそうだ、後始末は軽くはしたのだが、どうやらまだ残っているようだな。僕が責任をもって綺麗にしてやろう」
「っ!? い、いらない、自分でやる……っ!」
自分でやる、とは言うが、掻き出すつもりは無かった。せっかくスペルビアが自分に興奮して出してくれた、たいえきだ。排水溝に流してしまうなんて勿体無い。だから、しっかりと『処理』をして、大切に、永遠に保管するつもりで――
そんな意図は知る由もないだろうが、慌てて後ずさろうとしたアケディアを、スペルビアが逃すはずがない。あっという間に距離を詰め、スペルビアはアケディアの耳元で囁いた。
「……ほら、僕の肩を貸してやるから、一緒に風呂場に行こう」
甘く低く、蕩けたテノール。それにアケディアが一等弱いことは、昨晩までの行為でスペルビアは熟知していた。
数刻後、新たなシーツに取り替えられて綺麗になったベッドの上で、綺麗な毛布に丸まる塊が一つ。
――あ、洗われた……文字通り隅から隅まで、あんなところまで、スペルビアに洗われた……!!
そう、可哀想なくらい真っ赤に染まり上がったアケディアが毛布の中でブルブル震えている姿を、キッチンからコップを二つ携えてやってきたスペルビアが見て、首を傾げる。
「どうしたアケディア。朝食にしないか? それとも、そんなにベッドが恋しいならまた……」
「……っ!!」
勢いよく起き上がったアケディアが腰を庇いつつも着替えを掻き集めるのを見ながら、スペルビアは密かにほくそ笑んだ。
ちなみに、そんなアケディアも昼頃には腰を庇わなくなり、スペルビアが密かに「数日負担になるほど腰を砕く」と目標を立てたのはまた別の話。
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