獅子は傲慢にほくそ笑む

  アケディアは恐ろしいと、スペルビアは常々思っている。

 『自分達』の中でもこの『傲慢』たる自身の上を行く、アーリマンを除いて唯一の存在である。『怠惰』に相応しくそうそう感情の起伏を見せることはないが、それもまた威圧感を助長しているようで、そもそも、長いずっしりとした黒髪や黒系統でまとめたフード付きのローブと全体的に暗く、本人も寡黙で表情が少ないためはっきり言って何を考えているのかわからない。その上タッパもありガタイもいいものだからそれはそれは怖い。いつ爆発するかわからない核爆弾のようなアーリマンとは別系統の恐ろしさである。

 己を上回るものが嫌いなスペルビアは、そんなアケディアを恐ろしく思うと同時に、大嫌いなのだが。


 さて、そんなアケディアに、スペルビアはついさっき「愛の告白」とやらを受けたところだった。



獅子は傲慢にほくそ笑む



「……は?」

 言葉の意味を理解出来なくて、スペルビアには珍しく間の抜けた声を上げてしまう。目の前のアケディアはその無駄にでかい体を心做しか縮こまらせて「だから、好きだ」とさっきと同じ言葉を繰り返した。どうも聞き間違いではなかったようだ。

「……それはそれは。大罪最強の怠惰様に気に入られるとは光栄だ」

「……言っとくけど仲間としてとかじゃないから」

「……」

 皮肉に隠して方向転換を試みたが決定打を打たれてしまった。

 どうしたものか、と、スペルビアは聡明だと自負する頭を回すがどうにも打開策は思い浮かばない。そもそも悔しいことに自分はアケディアより筋力も戦闘能力も劣る。彼が、考えたくもないが、力尽くで押し倒してくればまあ抵抗はままなるまい。下手な事を言って逆上を買うのは避けたいところだ。

 なんとかこの場から撤退を、などと考えあぐねていると、アケディアが――そういえば彼が口数が少ないのは元々ではあるが、先程かららしくなくどこか怯えているようにも見える――何か迷ったように口を何度か開閉して、やっと喉を震わせた。

「……そう怯えなくても、別にお前を強姦だとか、する気は無い……」

 むしろ俺はお前に、と言いかけて、ふいと顔を背ける。それきり彼は何も言おうとしない。

 ――ふむ、と思った。

 『あの』、強者であるアケディアがこんなにもしおらしいのは珍しい。この話の流れから考えるに、要は告白に緊張でもしているのだろうか。そして、想い人である相手に恐れられてショックを受けていると。

 ――ふむ。

 それに察しがつくと、己の中の悪戯心がむくむくと膨らんできた。なんだ案外この大男も可愛いところがあると。どうやら僕のことを真摯に好いているらしい、その恋心とやらを使えば、この最強の男を足蹴にすることも可能なのではないか、と。

 ――そもそも僕は『傲慢』、他人に上回られるのは嫌いだ。そう思って、内心でほくそ笑む。

「……それで? 僕にそれを伝えて何がしたい。僕を犯したいわけではないんだろう?」

 ――先程と一転して笑みさえ浮かべて問いかけるスペルビアにアケディアは訝しげに眉を寄せたが、別に、とまた顔を背ける。

「……お前が普通に女が好きなのは知ってるし、応えてほしいとは思わない」

「嘘だな」

 間髪入れずに笑ってやると、アケディアの赤い瞳がこちらを向く。身長の関係で見下ろされることになるのは好きではなかったが、今は不快さはない。なにせ、精神的にはマウントを取っているのは己なのだから。むしろ、その目の色だけは前から気に入っていた。深い赤色は素直に美しいと思う色だ。

「君は、無駄な事はしない。僕に何のリアクションも求めず、ただ伝えたかっただけだと、そんな無利益なことはしないはずだ。いつもなら」

 アケディアは何も答えず、口を真一文字にして黙って聞いていたが、やがてぼそりと「そうかもな」と呟いた。


「……じゃあ、いつもの俺じゃないんだろうよ。お前だって、いつもとは違ったじゃないか……」


 予想外の言葉に少し目を見開いた。いつもとは違った、と言われても、スペルビアには思い当たる節がない。何かあっただろうか、僕はいつも通りのはずだが――と、そこまで考えて、一つ、先日死んだ女のことを思い出した。

 あれは従順な女だった。見た目もそれなりだったから、今迄の女よりは長く恋人ごっこをしていた気がする。とはいえあまりに従順で退屈してきたし、やはり他の女と同様に上辺だけを見ているような輩で、そろそろ別れるかと考えている矢先に女が強姦魔に襲われて死んだ。哀れには思えど、それ以上の興味も持てはしなかった。調べれば、女が襲われたのは、何に使うつもりか予想に難くない非合法な薬を手に入れようと裏のエリアに立ち入ったからだと言うのだから、余計に。

 しかし、もしかすると此奴はその話をしているのだろうか。確かにいつもよりは長く付き合った。この男はあの女が死んだ細かい理由までは知らないだろう。

 そうだとすると、こいつはつまり、僕がいつもより長く一人の女と付き合っていたことに焦って、つい無駄なことをした、ということだろうか。

「……ふぅん」

 自分の口角が吊り上がるのがわかる。なんて言ったって、これは愉快だ。あの、僕より筋力も実力もあるこの男が、僕のこんなことで、そうも乱されるというのか、と――スペルビアは嗤った。

 愉快で、愉快で。

 

 ――もっとこの男を乱してやりたいと思った。 


「なぁアケディア、君も知っているんだろう? 僕は今フリーなんだ」

 アケディアには唐突に思ったのであろう言葉に、彼はその眉を顰めてスペルビアを見下ろす。それももう怖くはなくて、スペルビアは笑みを深めて言を続けた。

「だから、どうだ? 僕のことが好きだというのなら、付き合ってみないか。まあ掘られるのはごめんでね、君が女役をやることが条件ではあるが」

 この、自身より強くガタイのいい、僕を見下ろしてくるこの男を、心身の隅まで惚れこませ、深く深く蹂躙して、それから。

 ――それから、今迄の女達のように捨てて、僕の上に立つその場所から蹴落としてやろう。

 アケディアが僅かに目尻を赤く染めながら、ぎごちなく頷いたのを確認して、スペルビアは内心でせせら笑った。

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