第3話

 事務室にはジェニーの他、誰もいなかった。パソコンが3台、机の上にずらっと並んでいる。机とパソコン、椅子、それだけが並ぶがらんとした部屋だった。することもないので、困ってしまった。やがて10分ほどでミラー先生が戻ってきた。

「クラスの皆がそろったから、教室に行こう。」

いよいよだ、とジェニーは感じた。ミラー先生の後ろに、隠れたくなった。まるで幼稚園児のようだと、ジェニーは一人で赤面した。

 11年生の教室のドアを、ミラー先生は静かに開けた。生徒達の声がさっと静まり、ジェニーに注目した。ジェニーは必死に笑顔をつくりながら、先生の後に続いた。

「みんな、ようこそ11年生へ。担任のマイケル・ミラーだ。よろしく。」

ヒューストン先生はにこりと笑うと、

「皆はジェニーの方に興味があるのかな。じゃあ、ジェニー、自己紹介を頼んだよ。」

ジェニーは顔がトマトのように赤くなっていることを自覚しつつ、口を開いた。

「ジェニーです」

そういって、声が枯れていることに気が付いた。咳払いをすると、変な音がしてしまった。誰かがふきだした。ジェニーは焦るまいと深呼吸をした。

「ジェニー・ヒューストンです。シアトルから引っ越してきました。えっと、趣味は絵を描くことと、ネットサーフィンです。よろしく。」

自己紹介をなんとか終えると、ジェニーは冷や汗をかいていた。ミラー先生が拍手をすると、周りも拍手した。

「ジェニーは転入生だから、この学校についても知らないことがたくさんだ。助けが必要そうだったら、進んで教えてあげてほしい。お返しにジェニー、君もシアトルのことを皆に教えてあげてな。」

「はい。」

慌てて答えると、声が裏返ってしまった。また誰かがふきだした。

「よし、それでと、ジェニーの席はここだったかな。」

ミラー先生は手に持っていたプリントを確認しながら、後ろから2番目の、壁側の席を指さした。ジェニーは顔から熱がひいていくのを感じながら、そっと座った。

 1日目ということもあって、授業はもちろんなかった。ミラー先生から、今年1年の予定の説明があった。その後、教室内でレクリエーションがあった。

「新しいクラスに全員が打ち解けるためにも、レクリエーションは大切な活動だと思うんだ。」

ミラー先生は言った。

「だから、今日は隣に座っている人と何でもいいから話をしてほしい。もしかすると、隣の人は君のことをよく知らないかもしれない。でも、だからこそ打ち解けてほしいんだ。いいかな?」

ジェニーの隣に座っていたのは、まっすぐな髪をバレリーナのようにひっつめにした女子だった。ジェニーは勇気をだして、

「あの、よろしくね。」

と話しかけた。だが、相手は一言も返してこなかった。それどころかジェニーと目を合わせようともしない。他の人達は、声のボリュームがどんどん上がり、話が盛りあがってきている。ついに静かなのはジェニー達だけになってしまった。それに気がついたミラー先生がやってきて、二人から話を聞き出そうとしたが、それでもひっつめ頭の子は口を開きもしなかった。しばらくしてチャイムが鳴り、帰宅時間になったので、ミラー先生は急いで帰るよう指示した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る