第3話 わがままを待っていた
残り二分を逃げ切った。わがチームに三つ目の勝ち星が輝く。少ないよ。負けすぎだよ。このチームが浮上することは、ないのかもしれない。
僕はチームメイトと練習出来ている、というかやらされている。ただ、ぼっちという感覚までは抜けきらないが……。
「違うからな。これはホシのドリブル練習ではない。俺達のディフェンス練習だ」
「どっちでもいいよ」
「よくない!」
というようなことで、青山、赤山ともよく練習する。
「俺もいくか」
と、ナゴムも加わる。
「おいおい、俺がぼっちか」
「林の相手は私がやるから、そういうこと言えるならぼっちじゃないよ」
「ユキのシュートじゃ練習にならん」
「ふざけんな、ぼっち」
林とユキが、つまらない冗談を飛ばしている。平和だ。僕は現実から逃げることが出来たのだろうか? まだまだ時間はある。
そして、練習の時は過ぎていく。
「ふっ、負けることもディフェンスの練習さ」
「現実を見ろ! そんな話は聞いたことがない」
「明日は連携練習だ。覚悟しておけ」
「ドリブルの方がいい」
青山、赤山兄弟とのこんなやりとりも、自然になりつつある。
そんな時、僕は考えるんだ。連携値がプラスになる日は来るのか? 来たとして、僕はそれをどう捉えればいい? あの時のシュートのインパクトが、まだ残っている。連携でも強力なシュートは打てるのだ。だからと言って、磨きあげたドリブルを捨てることなど出来ない。僕の過去を否定することになるから。いつか、思い出になるから。
僕は仲良くなることがとても嬉しくて、反面怖くもある。こんなに簡単に人間はしゃべれたんだっけ。一つ連携とドリブル両方を効果的に使う選手もいる。トップクラスにも多い。しかし、両方に手を出したため、消えていった選手も多いのが現実だ。僕の理想は何処にある?
そして、さらに時は過ぎる。僕のチームは、あれから六勝十二敗。勝率は上がっているぞ。僕の半端な動きで、負けることもあったがな。その時、ユキがニコニコしながらみんなに声をかける。
「近々もっと大きな試合に出たいね。トーナメントとか。勝ちやすいトーナメント探すの、わたし得意だよ。今のチームはネーミング悪いよ。本気でチーム名考えた方がいいよ。最強を目指すなら!」
みんな首肯く。次のステップか。僕は進めているのだろうか?
そういうことを聞くと、みんな練習にも身が入る。しかし、あーだこーだと、どの練習にするか争っている。完成されていないチームである証拠だ。ユキが練習メニューとやらを提示したが、不満も多い。ゲームとはいえプロという設定なんだ。勝つためにみんなは従うことにした。自由練習と書かれたところも結構ある。僕はそれに、それほどの抵抗を感じなかった。ぼっちの名を捨てる日は近いのかもしれない。
そして、次の試合の作戦会議。いつもの光景になると思っていた。ユキが言う。
「次の試合は捨てね。まず勝てない。シロップをキャプテンとしたチーム。彼のドリブル能力はかなり高い。他の選手も飾りじゃないよ」
「個人技中心の選手がキャプテン? 納得がいかない。やる前から勝てないって? そんなに強いのか」
「消え去る存在。大したチームじゃない」
「くっ!」
ユキがいつものようにプランを立てる。そして、負け宣言……。
ナゴムはいろいろ納得がいかないようだ。相手が大したチームじゃないなら、このチームはそれ以下か?
「勝てるなら実力で証明してね、ナゴム」
「勿論だ」
ユキの言葉に、ナゴムの表情は固い。ナゴムは、いや僕達はユキの頭脳と知識を認めている。僕は強いシュートが打てればいい。快感が得られれば勝利もいらない。
「俺も最強を目指していたが、今は楽しければいいと思わなくもないな」
「そうかもな」
と、青山、赤山兄弟の本音が出る。ナゴムだけが最強チームにこだわっている。
「わたしも勝つことはいいと思う」
とユキがこぼし、解散となった。
そして、チームシロップとの試合当日。キャプテンナゴムの言葉は、じっくり考えてから発せられた。
「連携の力を、みんなで見せつけてやろう!」
勝て、とは言いたくても言えなかったようだ。
そして、試合開始。われわれのボールが先だ。ユキからナゴムへボールがわたる。そして、連携が始まる。僕にもまれにボールがくる。それは連携値が上がったということだ。それでも大したことではない。相手チームはパスカットを狙うが、僕達は連携の軌道に乗ってしまっている。パスの力が連携で押し上げられる。ユキからナゴムへボールが向かう。高い連携値を誇るユキからのパスだ。これは決まっただろう。しかし、予想に反してボールはシロップに奪われる。
一人、二人、三人、シロップのドリブルが冴える。最後に僕も抜かれる。残るはキーパー林。チームシロップの先制ゴール! みんな唖然としている。
僕にボールが来た。こちらも対抗だ。一人抜いた。二人目もいけるか?
「体勢が崩れているぜ」
とシロップがささやく。そしてボールはシロップへ。またドリブル突破を許し、シロップの二点目。ここまで力差があるとは……。
はっきり言って、僕は自信を失いかけている。シロップのドリブルは僕より一段上だ。全国は広い。僕よりドリブルの上手いヤツなんて、いくらでもいるんだ。そして、目の前にもそれがいる。見たくなかった現実。個人技も連携もチームシロップには通用しない。こちらは何度も連携を仕掛ける。僕のドリブルもだ。しかし、全てがシロップのシュートにつながる。安心のシュート。パワーじゃないってこと。
シロップ達は連携を繰り返す。たまにパスに応じるシロップ。印象に残るのは相手チームの笑顔たち。今の得点はゼロ対五で負けている。残りは八分だ。
「この試合は無理だった。次勝とう」
「諦めるしかないのか……」
赤山とナゴムのため息が聞こえる。チームは沈んでいる。そしてまた、シロップのドリブルからのシュート。何故止めることが出来ない? 僕達の力不足なのか。
僕は試合の合間に、シロップに図々しく尋ねる。
「シロップ、何故チームは壊れない?」
シロップは僕の質問の意味を理解するのに、少し時間を費やした。そして口を開く。
「俺はパスが苦手なんだ。そしたら、シロップのパスはパスはいらないだとさ。連携の要だろ、パスって。シロップはゴールだけ見てればいい、俺達が応援するってな。おっと、試合が再開される」
圧倒的なアタッカーシロップ。連携の力は発揮されなくても、その応援とやらは連携と呼んでいいのかもしれない。信頼の形は様々なんだ。ゼロ対八で決着は着いた。僕達の完敗だ。
ナゴムはユキに尋ねる。
「なあ、ユキ。お前の言った通りだった。俺達には何が足りない?」
「それを、試合に参加していたわたしに聞くかなあ。ナゴム、今日は何日だっけ? あんたが今やっていること。ライバルホシを倒してみなさい」
「それでいいのか?」
「さあ、強制された勝利は嫌いだね。勝ちたいヤツなんて、いくらでもいるよ。わたしは保証出来ない」
当たり前だな。勝つ事欠きます出来なければ、何が残る? 思い出。悔しいもの。
ところで連サカって、優勝しても大した物は貰えない。自己満足の世界。または幼い頃からのユメ。まあ一部の怪物は、この世界が終わっても、プロとして活躍出来るかもしれない。いつの間にか、ユキとナゴムの会話は終わっていた。
僕は家に帰り、ビデオ研究をした。ナゴムほどでなくても、僕はショックを受けた。これが能力の違いなのかな。ドリブルの出来ない僕。何の魅力もない。
次の日、ユキが練習メニューの書かれた紙を剥がそうとした。ナゴムがそれを止める。ユキの態度は、次のステップへということではないようにとれた。
「何すんの、ナゴム。これはもう必要ないでしょ。それとも、キャプテンが何をしたらいいか解らないとか……。わたしはナゴムをよく知っている。どういうタイプかも。たどる過程さえ。かつて見た日々が、形を変えてここにある」
ユキの迫力にもナゴムは耐えた。しかし、もうどうすればいいか解らない状態のナゴム。ゼロ対八。数字を見れば、すごい実力差があったことが解る。しかし、ナゴムのユメはまだ生きている。メニューを書いた紙は、意味を成さなくなった。僕達は思い思いの練習を続ける。
青山が、ヒラヒラと紙切れをナゴムに見せる。
「シロップの試合だ。たまには敵の試合の観戦も練習だ」
「そうだな。相手は……サトル。サトルといえば、最近大活躍しているらしいな」青山の言葉に、最近落ち込み気味のナゴムも興味をもつ。
「サトル選手ね。まだまだ実力は伸びる。でも彼は最強にはなれない」
ユキのこういった言い回しにも、僕達は大分慣れてきた。それでも全部がウソのようには思えない僕がいる。
現在トップクラスの選手であるサトルの試合ということで、観客は大勢詰めかけている。シロップだれそれという声が聞こえる。
「シロップを応援しているのは、俺達だけか……」
と、ナゴム。
「僕は中立だけど」
と僕は言い返す。
「まあ、いい試合を見たいもんだ。せっかく来たんだしな」
キーパーの林は真剣だ。
「俺の責任は重い。得るものがあればいいがな」
このキーパーも実力はあるんだけどな。チームナゴムがあれだけ失点を許すのは、僕達のディフェンスが悪い。完全にサトル目的で来ている観客達。チームシロップは凄く強かった。チームサトルはどれ程のものなんだ?
シロップに完勝出来るほどってことか。
「お、始まる」
と、何処からか声が聞こえる。試合開始だ。サトルも連携値が高い。チームメイト達もついていく。あっさり一点。シロップのドリブルは全く通用しない。連携で固められたディフェンスによるものである。サトルの動きをもっとよく見るんだ! 連携を維持したまま、サトルはドリブルに切り替える。通常より高いレベルのドリブルで抜き去る。高い力のシュート! もちろん止められない。
今度は何だ? サトルはドリブルで体勢を崩した瞬間、パス回しに戻す。ボールは奪われずに済む。そして、即ゴールに突き刺さるボール。他のメンバーもかなり強力だ。つまり、サトルは連携と個人技の両方をやってのけるどころか、両方の特性を理解し、さらに強力なものにしている。
僕はもう失笑するしかなかった。十六対ゼロで、チームサトルの圧勝だ。シロップは、顔を上げられない。メンバー達がシロップに駆け寄る。
「サトルは今回違うチームにいる。サトルとホシとわたし。楽しかったよ。サトルのパスは乱れていた。隣にいるべき人がいなかった。サトルはまだ元相棒のホシを探しているの? 忘れてしまっても……。本能はホシを探しているのね」
ユキがいつものようにおかしい。もうみんな慣れっこだ。
ナゴムは言う。
「俺はサトルに勝ちたい! トップの座は譲れない。俺は我が儘だ」
僕達は答える。
「従わないぜ。俺達が我が儘を通しても、勝てる方法がある。きっとある」
僕達は待っていた。我が儘を待っていたんだ。それは、自由とは少し違うもの。ユキも笑っている。これでいいのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます