狂人オーディションに受かる気がしない

ちびまるフォイ

監督の答えを一番理解できたやつは?

会場にはたくさんの人がやってきた。


「みなさん、本日はツマンネーノ監督最新作

 『気狂いピエロと男と女と法隆寺』の

 主役オーディションにお越しいただきありがとうございます。


 これから監督がいらっしゃいますので、みなさんご起立お願いします」


前説が終わるなり、オーディション参加者の間には一気に緊張感が広がった。


「ツマンネーノ監督の映画に出られれば……」


「ここで俳優人生の逆転のチャンス……!」


「レッドカーペットに寝そべってみたい……!」


扉が開いて、天井からツマンネーノ監督がやってきた。


「みなさん、私が今売り出し中のセクシー監督ことツマンネーノ監督です。

 回りくどいのと、柔らかく炊いたごはんは嫌いです。

 さっそく主役の演技をしてもらいます」


ごくり、と生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


参加者には事前に台本も渡されていないので、役作りはできない。


「では、左から順に主役:気狂いピエロを演じてください」


「わかりました」


男優は人が変わったように目をむいて、体を大きくのけぞらせた。


「ひゃははははは!! どいつもこいつもみんなぶっ殺してやるよォ!!

 俺はニンゲンの臓物が大好物なんだァァァハハハハ!!!」


「処刑」

「えっ」


「監督用語でダメってことです」


監督は顔を横に振っていた。

秘書になにか耳打ちする。


「ペラペーラペラペラーラペラペーラ」


「監督は、

 『あなたの演技は表面的すぎる。本当に狂っている人はひゃははなんて言わない。

  演じてほしいのは心から頭のおかしい奇人であって、

  ドラッグでハイになった小物ではありません』と言っています」


「さっきまで普通にしゃべってましたよね?」

「次」


あまりの辛口評価にほかの参加者は委縮するどころか、

むしろライバルが減ったとばかりになお闘志と焼き芋を燃やしていた。


「2番! 赤石エージェンシー所属、○○です!!」


「そういうのいいんで。覚えさせようとしないで」


2番の人は演技を始めるなり、まとっているオーラががらりと変わる。

空気が一気に冷え込むように声をしぼって、不気味な前かがみのポーズになった。


「ククク……みんな皆殺しにしてやる……。

 そして、バラバラにした体を家族に食わせてやる……ひひひ……」


――カーン。


のど自慢大会の鐘のような音が鳴った。

監督は秘書に耳打ちする。


「ペペペペーラペラペーラコイツペラペーラ」


「監督は、『こいつペラペラ』とおっしゃっています」


「どうしてですか?! 納得できません!!」



「1番の人と本質的に同じです。陰気に表現しただけです。

 あなた方は奇人や狂人をただのグロテスクな人間だと思っているのですか?


 私が表現したいのは人間の奥底にある暗くよどんだ狂気であって、

 漫画やアニメの表面をなぞっただけのキャラクター性なんていらないんです。


 と、秘書が言っています」


監督は首を横に切るジェスチャーをし、2番は脱落した。


同じようなキャラクターで臨むことを考えていた3番は、

2番のぼろくそ加減に思わず言葉をなくした。


「では、次の方」


事務的な言葉が告げられ、3番が立ち上がる。


「すー……はー……いきます」


精神統一を済ませた3番は、役に入り込み目をうつろにさせた。


「お天気をインターネットで食べると、時間がわかるんだよ。

 あははは。何言ってるかわからない?

 教室の妖精なら眼帯のジャケットを拭くことができるよ」


これにはさすがに監督のびんたが飛んだ。秘書に。


「なんだそれは!? 私の作品を侮辱しているのか!!

 頭のおかしい人間というものが全然わかっていない!」


「今のはどうダメだったんですか?」


「頭のおかしさは、理解できてこそ「こいつやべぇ奴」と思えるんだ!

 支離滅裂な言動をするだけの人間なんて壊れたロボットだ!

 人間本来の狂気からもっとも離れている!!」


「えー、監督も大変ご立腹なので、ほかのみなさんは一気に発表をお願いします。

 その中で光るものがあった人は後でご連絡します。ではどうぞ」


秘書の合図で以降のオーディション受験者たちが一気に演技をはじめた。

これこそまさに狂気の絵面ともいえるが、監督は便秘のようなしかめ面を崩さなかった。



「監督、いかがですか?」


「ノンノンノン!! ファーーック!!」


監督は怒りのあまり自分の毛髪をむしって、自分の口に運んだ。



「お前らは何もわかっていない!! 狂気について何も!!


 人間の狂気は突然何をするかわからない怖さと、

 相手の求めていることがわからない恐怖!!


 いくら歩み寄っても、まるで相手の思考が読めないような、そんな奴なんだ!!

 

 自分の殻を壊してやってみろよ! なぁ!! なあああ!?

 できるよな? できなきゃ俳優やってねえよな!?

 ほらやってみろよ、すぐに!! 狂気を見せてみろよ!!


 こいつと関わりたくないって思えるような狂気を見せてみろよホラァ!!!」



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オーディション終了後、満場一致で映画の主演が決まった。




気狂いピエロ役:ツメンネーノ監督

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