【第9話】 誰がために鐘は鳴る その1
痛みが幾分か引いてくると、剛はついさっき疑問に思ったことをローズマリーに聞いてみた。
「そういえばローズマリー様、気になってたんですけど、どうしてフランクさんに実験体の連行を頼んだんです? あの天使様、どっちかという粗暴だから、そういう繊細事は苦手というか向いてないと思うんですけど」
「あらあらぁ~、ひどい事をハッキリいうのねぇ。剛くんもぉ」
天使尊重思考のローズマリーにいうことではなかった。
剛はヤバイと感じたのか、慌てて弁明をする。
「い! いえいえ、粗暴じゃなくて今のは言葉の過ちでええっと~……」
なにもフォローの言葉が思いつかないのか、剛は覚えていたことを思い出せないときのようなモヤモヤ感と真綿のようにじわじわと締め付けてくる焦燥感に追い詰められた。
あわあわと手をこまねく剛を見兼ねて、ローズマリーは気にしていないというそぶりで手のひらを左右に数回振った。
「無理してフォローはいいけどぉ、剛くんはそういうお調子に乗ってしまうところがあるからぁ、さっきみたいなトラブルに巻き込まれるのよぉ。さぁ、体の調子はどう?」
「そうですね、もうちょっと行動や言葉に気をつけます。あ! もう痛みはないです。」
ローズマリーは本当にうれしそうに
「そぅ! それは良かったわぁー。服は硫酸浴びてるかもしれないし、町長さんにあとで理由を話して新しいのをもらいなさぃ。それとさっきの質問だけどぉ」
ローズマリーは、剛を引っ張り起こすと
「いてっ!」
しなやかな指先から放たれた衝撃に剛は
「剛くん、天使を見た目と印象だけで判断したらダメよぅ。あなたたち人間と一緒で天使にも得手不得手はあるんですからぁ。まぁ、当たらずも遠からずなんだけどねぇ。剛くんの疑問はぁ」
「それってどうゆうことですか」
「そのままの意味よぅ。フランクさんをあのままこの部屋で野放しにしていると、町長さんのうっかりな監視でメインの実験体に手を出したかもしれないしねぇ」
「え? じゃあ、なんでフランクさんにそんな大事な実験体を連行させるんですか? ……あれ?」
剛は自分の言葉に違和感を持ったが、その違和感がなんなのか分かりかけていながら、もう一歩のところでそれがなんなのか言葉にできないもどかしさがあった。
ローズマリーはその様子に呆れたのか、軽くため息をつくと
「剛くんはもうちょっとぉ、頭の回転を良くしようねぇ。今度、お勉強の教材をお土産に持ってきてあげるわぁ」
「べ、勉強ですかぁ。あまり好きじゃないんですよねぇ」
お勉強と聞き、剛は露骨に嫌そうな顔すると同時に、扉がバンと派手に開かれた。
「ボス~! ローズマリー様~! 連れて来やしたぜー!」
相変わらずの
そのフランクにまるで枕のように抱えられているのは人間?
「坊や!」
それを剛が認識すると部屋に悲痛さと歓喜が混じったソプラノ声が剛の耳を突き抜けた。
「さぁ、役者はそろったわぁ。助手の剛くん、実験を開始しましょうかぁ。あなたのその疑問は簡単な答えなのよぅ」
ローズマリーがほんの前に剛に向けた笑顔ではなく、そこにはこれから起こるであろう悲劇への期待感を抱いた
フランクに抱きかかえられた人間はとても小さな少年でその姿は一言で痛ましいに尽きた。
拷問のあとはまったくない。
だが、少年の顔には生彩さなど欠片もないほどにやせこげ、フランクに抱えられてる状態でも分かるほどに体に肉付はなく、人間の人体がまるで分かる標本のごとく骨と皮だけでその少年は成り立っていた。
そんな生きてるのも不思議な少年がどこにそんな力があったのか、先刻の声に呼応するように大きな声が辺りに響く。
「ママァ! ママァーーー!」
見る者にまるで生命と引き換えに搾り出しているかのような声と錯覚させるほどの力強く
天使を除いて。
「キンキンとうるせえな! ガキ! 次にデケエ声出しやがったらあいつらの餌にしちまうぞ! まぁ、テメエのガリガリの体なんか
フランクが少年を抱えたまた、猛獣がうごめく
少年はその
それもそのはず、少年の視線の先にはハイエナたちが二人の人間を絶賛食事中なのだ。
腹部をまるで残飯のように漁り、臓器を生きたまま食われるところがとても魅力的で人の生命力を感じさせる瞬間を生んでくれる生物なのよとローズマリーが前に話してくれたことを思い出す。
剛にしてみればクソくらえな見世物だ。
ローズマリーの説明が正しいことを剛は今このとき、視覚と聴覚で感じてる。
懇願の願いを上げながら、腹部に牙を立てられ裂かれた
そんな惨状の中でも二人の男女は泣き叫び、
そんな願いなど聞き遂げる神も天使もこの世界にはいないと分かっているだろうに。
剛が視線を少年に移すと、少年はその光景から目を逸らしていた。
当然か、と思いながらもふとしたことに剛は気付く。
剛はこの少年に初めて会ったことに。
この屋敷に住まう人間は別館も併せると軽く百人は超えているが、この屋敷に生まれた者は、野良が紛れ込むのを防ぐ目的も合わせて館全員にひととおりのお目通しはする習慣がある。
例え、町長が奴隷として買ってきたり、フランクたちがさらって来たりした者も同じ様に対応される。
剛自身がそうだったように。
付け加えて剛はこの館の人間の管理も多少任されていることもあり、この館の人間は全員覚えていると断言する自信もあった。
見知らぬ少年、いつ死んでもおかしくない状況、今日という日。
つまり、それらを踏まえるとあの少年は――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます