【第10話】 誰がために鐘は鳴る その2

「もしかしたら、あの少年。異界人エトランゼじゃ……」


 ぽつりとつぶやいた剛の言葉をローズマリーは驚いた表情で拾った。


「へぇ! すごいじゃないぃ! 剛くん、さっきとは違ってぇ鋭いわねぇ。急にどうしたのぉ? けどぉ、残念、あの子は異界人エトランゼじゃないのよぉ。あの子はねぇ」


 ローズマリーはなにかを含む笑顔で剛を見つめながら、すっと視線を外した。


「そにしてもぉ、お母さんはすごいわよねぇ。ボロボロになった姿でも我が子だと遠目でも判断できるんだもん。あ! でもただ目が良いだけって判断もできちゃうかぁ。それでも母子おやこの再会は種族を超えて感動できるもんだねぇ。うんうん」


 ローズマリーが言っている事はあの少年と声を張り上げた主のことを指すのだろうか?


 剛は視線をローズマリーが向けてる先へ置く。


 視線の先では一人の女性が天使に押さえつけながら、こちらに歩いてきていた。

 あれがあの少年の母親だろうか? だとすると剛より年上なはずなのに同じ年に近いような印象を与える女性だ。


 ミディアムヘアーをピンクのリボンでハーフアップされてるせいか、幼い顔立ちが余計に引き立つ。

 黄色いブラウスの上に赤いベストを羽織り、胡桃色くるみいろのスカート、その先にある足はストッキングで覆われており、なるほど、見た目の容姿はともかく服装からは確かに年上の女性といった感じである。


 女性は今すぐにでも少年の下へ駆けつけたいように体をじらせるが、女性の力ではいかんせんそれもかなうことなく、口元も手で押さえつけられており、存在を訴えることすら許されていない。


 かくいう少年の方も、フランクに抱えられたまま今も、いや、今や悲鳴が消えたおりの方へ顔を向けられたままだ。

 逸らしていた顔はフランクによって、強制的におりへ向けられ視線を閉じることもフランクの手が邪魔をしている。

 母子おやこそろって、天使の手の中で、もがく姿はなんともあわれに剛は感じた。

 と、同時に、剛の中でずっと心に霧が掛かっていたモヤモヤが晴れるような答えを得た。


「ローズマリー様、もしかして、あの二人が実験のメインなんですか?」


 ローズマリーは隠すつもりもないのか、あっけらかんと肯定した。


「そうよぅ。あの二人がメインなのぉ。私は別に一人とは言ってないでしょう? 多分、剛くんはこの館であの二人を見たことないから異界人エトランゼって答えになったんでしょうけどぉ、実はあの二人は前回の実験のときからこの館にいたのよぅ」


 前回からいた? そんな馬鹿な! と言葉を返す前にローズマリーが言葉を続けた。


「だから、剛くんは知らなくて当然なのよぅ。職務怠慢なわけでもないしぃ、気にしちゃダメよぅ。そうねぇ、言ってみればあの母子は今日この日のためだけに、二ヶ月掛けて調整された特別な実験体ということで納得してねぇ」


 調整? 調教ではなくとさらに質問を重ねようとしたが、けたたましい濁声がそれを邪魔した。


「こ、このガキィ! お漏らししやがった! このオデにションベンを~! ばっちぃ!」


 罵詈雑言ばりぞうごんを少年に投げかけると同時に、フランクは木乃伊ミイラのような少年の体を地面へとたたきつけた。


 激しい音が鳴り響き、誰がどう見てもあの少年がただではすまないけがを負ったことが容易に想像できる。

 ましてや、あのような衰弱状態だ。

 下手したら死――。


 後方でひどくうめき声が聞こえた。

 気付けばあの少年の母親が近くにまで来ており、さっき以上に天使の腕の中でもがいていた。

 そして、ローズマリーはあの少年の下へ走り出し、その姿を視界に納めた町長が怒鳴り声を上げた。


「き、き、貴様はなんということをしてくれているのじゃ~!」


 今日だけで何度目の怒鳴り声だろうか。

 町長の声を聞くなりフランクはおびえだし、ない知恵なりにだろうか? なんで怒られているのかを理解するために周囲を見渡す。

 その間に、ローズマリーは少年の下へ辿り着き、医者としての行動を開始する。


 フランクはその光景を見るなり、ようやく原因を理解したのか眼前に迫る激高した形相の町長に必死の言い訳を始めた。


「だ、だって、あのガキ。オデの腕の中でションベンを……え!? グフフフゥ!?」


 フランクの頭が左右に大きく交互する。

 襟首をつかんで、フランクに往復ビンタをたたき込んでいるのは――町長ではなく、ローズマリーその人だった。

 勢いよく放った最後の一発を受けると、フランクは「ぐへえ!」と情けない声を上げて、地面に激しくたたきつけられた。


「いい! 良く聞きなさぃ! あなたはもう私の指示があるまでなにもしないことぉ! それだけぇ! 理解したぁ!」


「は、はいぃー」


 半泣きでフランクはうなづく。


「町長さん、ごめんなさいぃ。部下に勝手なことをしちゃってぇ。この件はまた、別にお支払いさせていただきますぅ」


 クルリと町長へ振り向くなり、ローズマリーは一礼とともに謝罪を述べる。

 嵐のような出来事に呆然ぼうぜんとしていた町長も咳を払うなり、頭を下げる。


「いや、おわびはむしろ、こちらの方でありますゆえ、誠に誠に申し訳ない! 当然、追加の料金は受け取れません。その馬鹿の処分を望まれるならお好きなようにしてもらっても結構です。なのでどうか、今後とも良好な関係を望みたいのですが」


 切実あふれる町長の願いにフランクの顔はゆがみ、ローズマリーは笑顔を浮かべる。


「町長さん、それは私も願うところですぅ。それにぃ、フランクさんももしかしたら、この後に活躍してもらう場面があるかもしれないのでぇ、とりあえずぅ、ここで反省してもらっておきましょ」


 フランクは命が助かったうれしさかローズマリーにお礼を言おうとしてか、のっそりとその巨体を起こそうとするが


「起き上がったらダメよぅ? フランクさん、あなたは歩き回るとトラブルを起こすから、地面につくばっていてくださいねぇ」


 ローズマリーの笑顔から、はかれる冷ややかな言葉に、フランクは抵抗のそぶりもなくおとなしく「わかりますだ」と起こしかけた体を再び、大の字にして倒れこんだ。

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