【第7話】 医者と患者

 町長のもとへ戻ってみれば案の定というべきか、フランクが怒鳴りつけられていた。


「貴様は相も変らず、自分の欲望にばかり夢中になりおって、ワシに恥をかかせるつもりか! この唐変木とうへんぼくが!」


 さっきまでの勢いはどこへやら、フランクはしゅんとしておとなしく町長の口撃に耐えていた。


「ごめんなさい。ボス」


「おまえのごめんなさいは聞き飽きたわ!」


 先程までの上機嫌が砂時計を引っ繰り返したかのように一転して、堪忍袋の緒が捻れて切れたみたいだ。


「まぁまぁ、町長さん。フランクさんも反省しておりますしぃ、この辺で許してあげましょうよぉ」


 ローズマリーが仲裁に入る。


「し、しかし、こいつは」


「えぇ! 今日の実験のことをよく理解せずに自分の欲望の赴くままに愉しんでいたのでしょう?」


 ローズマリーの言葉に町長はギクリとまるで知られてはいけない秘密を知られた子供みたいに冷や汗を流す。

 事実、そのことがばれるのを恐れていたのも剛から、みてもバレバレなのだ。

 ローズマリーが気付かないはずがない。


「いえ、そんなことは」


 町長がしどろもどろに返答に窮していると、ローズマリーが最初からそうするつもりだったのか助け舟を出した。


「町長さん、お忘れですかぁ? もとよりフランクさんを今回の実験に参加させて欲しいと要求したのは私ですよぅ」


「そ、それはそうですがまさか、このバカが目を放した隙にあのようなことをしているとは思わなんで、はい」


 ローズマリーの言葉に剛は耳を疑った。


 ローズマリーもフランクの性質は知っているはずだ。

 たしかに実験と称し、人間という生き物を愉しんではいても、きちんとデータを取り、それを医師としての成果としてあらわすのが剛の知るローズマリーという天使だ。


 実験のデータをき乱すフランクは病原菌のようなものだろう。

 多分、町長の言葉からしても、それを理解していたからこそ人間を愛でると言いつつ、実際にはフランクを監視していたのが推測できる。


 だからこそというべきか余計に分からない。

 なんでフランクをこの場所にローズマリーは招き入れ、町長がメインの実験体をフランクの手でここに連行しようとするのか。


「それじゃあ、このお話は御仕舞いにしてぇ、フランクさんは例の実験体をここに連れてきてくださいねぇ」


「わ、分かりました。すぐに行ってきます」


「壊さないように連れて来るんだぞ!」


「へ、へい! ボス。壊さないように連れて来ます」


 個別の同じ要求に、フランクはぺこぺこと頭を下げながら、この部屋を出て行った。


「まったく、あやつは。剛も何度もすまんな」


 町長の唐突のねぎらいにも似た謝罪に剛は驚かずにはいられなかった。

 基本、町長は人間に対して口を開けば命令か罵倒、もしくは形ばかりのねぎらいの言葉くらいだ。


「どうしたのぅ? 剛くん、はとが豆鉄砲を食ったよう顔をしてぇ、さぁ、こっちに来なさい。剛くん、硫酸浴びちゃったでしょう? そのままにしとくと皮膚が溶けちゃうから治療しましょうねぇ」


「あ! いえ、これくらいは。ちょっとひりひりするくらいですし」


「だ~めよぅ。硫酸は少量でも浴びたらすぐに対処しなきゃいけないんだからぁ! 時間がたつと危険なのよぅ? お医者さんの言うことはちゃんと聞きなさい。どの辺がひりひりするのぅ?」


「腕周りとかですかね」


 痛む場所をそれとなくローズマリーの前に差し出すと、ローズマリーは一時、観察し「なるほどねぇ」とうなづくと、青い鞄からヒゲンカ草を取り出す。


「うおっ!」


 襲われると思った剛は思わず、飛び退きそうになるが、ローズマリーに腕を掴まれてそれも叶わない。


「大丈夫よぅ。私が掴んでいればぁ、それより、ジッとしててねぇ」


 笑顔でそういうと、剛の腕を放すなり、腰に身に付けていたメスをヒゲンカ草の上部に突き刺し、そのまま一気に真下に引き裂き、両断した。


 まるで魚の開きみたいになったヒゲンカ草はヒギギイィィィ! と断末魔を上げると、わさわさとうごめいていた触手は次第に動きに精細がなくなり、やがて事切れたのかピクリとも動かなくなった。


 なにが起きたのか分からず唖然として眺めてる剛に、ローズマリーが指示を出す。


「剛くん、上着を脱いでぇ、そこの椅子に座って頂戴。背もたれにはのしかからないでぇ、腕は膝の上ねぇ」


 指定された椅子とは勿論もちろん、ヒゲンカ草が根城にしていた椅子だ。

 正直、近寄りたくもない気持ちが強い剛は、念のために確認を取った。


「こ、この椅子に、ですか?」


「そうよぅ。早くしてねぇ」


 「分かりました」と答え、ある種の観念を抱いた剛は言われたとおりに背もたれには背をつけずに、椅子に座った。


「はい。それじゃじっとしててねぇ。えい!」


 ローズマリーはそう言うと剛の上半身に先程のさばいたばかりのヒゲンカ草を巻き付けていった。

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