【第6話】 願(のろ)いの重さ

 距離的にも二十メートルほどだ。


 初老とはいえ町長の声は普段から大声を出してるせいか、よく通る声なのに、それに気付かないのはよっぽどあの実験という名の遊びが楽しいのか。

 それとも、ただのバカなのか。

 剛の知っているフランクという人物を加味すれば両方だろうと結論付けた。


 粗野で横暴で知性をそこまで感じないフランクに対しての評価は町長も含めて、屋敷に住まう一同同じ使えないやつである。

 正直、なんでこんな無能な天使をあの町長が雇っているのか剛は不思議でならなかったがフランクの兄貴分がこんなことを言っていたことを思い出した。


『フランクは壊していいものは撤退的に壊すが、壊してはいけないと教えたモノの扱いでは右に出るものはいないと』


 言葉の意味はいまだに理解できてない剛にとっては、結局、屋敷みんなの総意だけの情報で充分だった。


 フランクが愉しむ実験場である長方形の四角い水槽の側まで来た剛は嫌々ながらにフランクに声を掛けた。


「フランクさん、ご主人様がお呼びですよ」


 フランクは剛の声に気付かないのか実験を続けている。

 水槽の中の水飛沫みずしぶきがフランクが浮上する度に、飛び散り地面へ零れる。


「うわっ! もう勘弁してくれよ」


 剛は後方へ飛び退き、飛沫を回避する。

 剛はもう一度、さっきより大きめな声でフランクに呼びかけた。


「フランクさん! ご主人様がお呼びですよ!」


 声が届いたのか、フランクは動きを止めてようやく剛に気付いた。


「んあ! 剛じゃねえか! オメエもこれで遊びたいんか! けど、これはオデの玩具おもちゃだからオメエにはさせねえけどな!」


 堂々と玩具おもちゃ宣言している辺り、相変わらずローズマリーの趣旨を理解していないのだろう。

 もとより剛にとってはそんなこと承知の上であり、正直、どうでもいいのだ。

 今は早く用件を告げて、フランクを町長のもとへ送らなければ自分までお叱りを受けてしまう。


「フランクさん、そうじゃなくてご主人様がお呼びなんですよ」


「ご主人様? だれだそりゃ?」


 剛たち人間はご主人様と町長を呼ぶのに対して一部の荒事を担当する天使はボスと町長を呼称しているのを剛は思い出す。


「呼び方の違いくらい理解しろよ。デブ」


 いつものように小さい声でぼそりとつぶやく。


「ん~? なにかいったか~?」


「いえ、なにも。フランクさん、さっきからボスがお呼びですよ。結構、カンカンに怒ってます」


 剛の言葉を聞くなり、フランクは驚きのあまりなのだろうか高く浮上した。


「なにー!? ボスがカンカンなのかー!? ぐふぁ~、やべえよー! 前に大きな失敗して怒られたばかりなのによ~」


 大きく騒ぐフランクの声は剛の耳に入って来なかった。


 『はは、水をもらったあと、天使様に硫酸風呂に入れていただけることになりまして、はは、ははは』


「おっさん……なのかよ?」


 剛の視線の先にはフランクに両足をつかまれ体全身が皮膚の溶けた様に、鮮やかなピンク色をしており、所々に白い骨が見え隠れして、首から上は至る所が炭となっているのか黒く塗り潰されていた。


「おい! こら! 剛! ボスはカンカンなんだろ? おまえどうにかしろよ! ………………返事くらいしろー! テメエもこの玩具おもちゃみたいに返事しないヤツだな!」


 筋違いの弾劾だんがいに耳を貸さず、この惨たる光景だけで剛の頭はいっぱいだった。

 おっさんに返事を要求していたのか? 返事なんてできるハズがない! 窒息やそんな生ぬるいものじゃない! 焼かれて溶けてただれて懇願の願いも上げられるわけがない。

 せめてもの救いはこのバカな天使のむちゃな要求が聞こえないくらいか。


「これは相当重そうなのろいを掛けられてそうだな。俺」


 つぶやく剛から返答を得られないと判断したのかフランクは、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「ふん! もういいよ! ボスには自分でプンプンなのか聞くから、テメエうそだったら覚悟しとけよ! 魔法使ユダいだか知らねえがテメエもコイツみたいに――」


 フランクは八つ当たりなのか両手にしていた人間を一気に、硫酸であふれる水槽の中へ突き落とした。


「キレイキレイにしてやるからなぁ! 分かったらボスがどこにいるのか教えろい!」


 追加された容量の反動を受け止めきれないのか水槽は多数の飛沫を上げて、酸素を求めるように飛び散った。

 数滴の硫酸を浴びながら、剛は無言で町長の方を指差す。


「あっちか? お! 本当にボスがいるじゃねえか! ボスー! 剛がプンプンって言ってましたけど、うそですよね~?」


 フランクは町長の方へ濁声だみごえを上げながら飛んでいく。


 剛は自分の三倍の高さはある水槽を眺めながら


「んじゃな、おっさん」


 ひりつく痛みを覚えながら剛はフランクのあとを追った。

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