【第3話】 奪う者の権利、奪われる者の権利
「…………ああ、これから全員に実験に付き合ってもらう。手始めに凛、おまえからだ」
不思議と先ほどまでの同様は消え去り、凛の顔から目を逸らすことなく、剛は淡々とこれから起こる未来を告げた。
凛は剛の言葉が信じられないという表情で、剛にか細い声で問いかける。
「剛、どうしてこんなことができるようになったの?」
「ん? こんなことって?」
「こんな非道なことよ!」
「ああ、気付いちまったからかな」
考えるそぶりもなく剛は答えた。
「気付いた? なにに?」
「奪われる側と奪う側の存在に。けど、あることが切っ掛けで俺は持たざる者から持ってる者へと生まれ変わった」
「生まれ変わった?」
「そう! 俺はおまえらと違って選ばれた人間だったんだ。魔法が使える! それだけでこんなに世界が変わるなんて、これは生まれ変わったといっても過言じゃない! 俺は奪われる側から奪う側の存在に生まれ変わったんだ!」
「そんなことで、それだけで? 出会ったころの剛は優しかったじゃない! みんなで頑張ろうって! 生きていれば希望は持てるって! あれはうそだったの!」
凛の瞳から涙がぽろぽろと
だが、それを見ても剛の心は乱れない。
まるで本当に心まで新たに生まれ変わった別人の気分だ。
「ああ、あれはうそじゃないよ。共有意識っていうの? 同じ境遇で絶望に抗う感じ。あれがあったからこそ俺は今日まで生きて来れたと思う。月並みだけど凛、おまえの存在は俺の中でデカかったんだぜ」
「じゃあ」
剛の言葉に凛は心が通じたと思ったのか、顔が少しほころんだ。
「けど、言っただろ? 生まれ変わったって。おまえたちと同じ人間から、俺は
「ううん、知らないわ」
「なんだ、知らねえのかよ。機械系の文明は伝えても童話とかは昔の
「同感ねぇ。剛くんも良いこというわぁ。よければそのお話、興味があるから聞かせてくれなぁい?」
突然のローゼマリーの会話の闖入に驚くことなく剛は、軽く会釈を返し、了承を伝えるように会話を紡ぐ。
「簡潔で宜しければ。アヒルの子供の群れに白鳥の子供が一匹紛れてしまっていたお話です」
剛の言葉にローズマリーだけではなく、周囲の人間までが聞く姿勢に移っていた。
「アヒルの親も子供も毛色の違う白鳥の子供を差別し苛め、白鳥の子供もなぜ自分だけが他の兄弟と違う醜い姿なのか悩みの末、親元を離れた逃亡生活を送ります。月日が流れ成長した白鳥の子供は水面に浮かぶ自分の姿を見て、自分はアヒルの子ではなく美しい白鳥の子だったと気付く童話です」
話を聞き終えたローズマリーが控えめな拍手を送った。
「まぁ、いいお話ねぇ。すると、剛くんは白鳥だったっていうわけねぇ」
「そういうわけですけど、どうかしましたか?」
ローズマリーがニヤニヤと何がおかしいのか意味ありげな笑みを浮かべている。
「それだとエデンの
「なにがいいたいんですか?」
ローズマリーに心に貼り付けた正当性も自分の底も見透かされていそうで不愉快な気持ちを剛は言葉に出してしまう。
「ううん、気付いてないならいいのぉ。私の気のせいみたいねぇ。話の腰を折って、ごめんなさいねぇ。とても興味深いお話だったわぁ。それじゃ続けて頂戴?」
気付いていないわけがない。
それによく考えれば確かに俺だけじゃなくアイツも白鳥だったていうオチでもある。
今日もあいつは
「ねぇ、その童話がどういう意味を持つの?」
凛がおずおずと遠慮がちに話しかけてくる。
その弱弱しさがささくれ立つ、今の剛にはとても被虐的で当り散らす格好の的に見えた。
「か~! わかんねえのかよ! 今この状況がそういうこと! 俺が奪う側に回っただけのことだ。今から凛、おまえを辱めて
「!!! ……剛、天罰が下るわよ」
「へっ! 下るかよ。それをいうなら、もうこの世界にきたことが天罰だろうよ」
はき捨てるように剛は言い放つと、凛のメイド服へと手を伸ばす。
目を背ける女性陣と好奇の視線を注ぐ男性陣、生き死にが横行するこの部屋でなんとも本能に忠実な生き物なことだと呆れるも、
紺色のメイド服を脱がそうとする剛に、まるで盛る犬に待ったを掛けるようにローズマリーが声を掛ける。
「剛くん、交尾はダメよぅ」
お預けを食らった犬よろしく、剛は納得いかないように反抗する。
「ど、どうしてですか? ローズマリー様も俺のやり方に任せるっていったじゃないですか!?」
「いったわねえぇ。じゃあ、命令変更していいかしらぁ。そのコとの交尾は私の今日の目的と反するからダメということねぇ。他のコとならいつものようにしていいわよぅ。そうねぇ、交尾した女の子一人は検査のために実験から外すからあとで教えてねぇ」
ローズマリーの言葉に女性陣が色めき立つ。
それは確実に生き残る方法を提示されたようなものだからか。
「それなら、別にこの女でも!」
同時にローズマリーの提案は、剛に希望を
凛を抱けば、少なくとも、この狂った実験という名の惨劇からは逃がすことができる。
もし、剛の子供を妊娠すれば二度とこの接待に呼ばれることもなくなる。
好きな子を守ってやれたという充実感を得ることができる。
好きな子を抱くために、必死になったと胸を張れる。
「ダメよぅ。剛くん、二度も同じことを言わせないでねぇ。私、人間風情に指図されるのあまり好きじゃないのよぅ。忘れちゃったのかなぁ?」
ローズマリーの冷ややかな視線に剛の頭にあった思惑は瞬時に消し飛んだ。
「指示だなんてそんな! これはお願いです。お願いなんです!」
「お願いなんて言葉はあなたたち
剛はガツンと頭を殴られたような衝撃を覚えた。
「!!! はは……家畜ッスか」
「そう家畜。ここではモルモットねぇ。けど、剛くんは違うでしょう? 剛くんは奪う側でしょう? 思い出したぁ?」
「……ええ! 思い出しました。お手数掛けてすみません。ご主人様に嫌ってほど言われてたのに俺、どうかしていました」
「分かってくれてうれしいわぁ。さぁ、どうやってその娘を実験するの? 焼くの、それとも切り落とすの、もしかして、虫の苗床にしちゃう?」
ローズマリーが子供のように瞳を輝かせて、これから行われる行為に胸を高鳴らせているのが嫌でも伝わってくる。
姿形は
実験と称し、人間が壊れていくのを間違いなく愉しんでいるし、その人間の
「俺も似たようなものか。救えねえし、どうしょうもねえ」
いつものようにぼそりと小声で独り言を
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