【第2話】 惨劇開幕

 扉の奥はまるでダンスホールのように空間が広がっており、部屋の中央には老若男女の人間が数十名いた。

 皆、一様に顔面は蒼白そうはく、互いに体を寄せ合い震えている。

 その原因は部屋の異様さを引き出す数々の器具によるものだろう。


 ギロチン、アイアンメイデン、鉄製の横幅広い彫像、磔柱、巨大な水槽、植物で覆われた椅子、さまざまなおりの中には肉食動物から、見るからに危険な性質を持つ昆虫から爬虫類はちゅうるいとさまざまな生物が敷き詰められている。


「いつ見てもすごいですわねぇ。こんな器具を発明できる異界人エトランゼはすごいわぁ。エデンの人間にはまず思いつけないでしょうねぇ。人間同士で罰しようとは思えないでしょうしぃ」


 ローズマリーが熱を帯びた感嘆の声を空気になじませる。

 それに同調するように、町長が言葉を追う。


「全くです。このような野蛮な物はやつらでなくては思いつかんでしょう。特にここ数十年は害虫のように大量発生しておるせいで、異界人エトランゼによる被害は後を絶ちませんしな!」


 異界人エトランゼに嫌な思いしかないのであろう町長が憤慨する。


「そうねぇ。けど、彼らのおかげで助かる命もできたのも事実なのよねぇ。仲良くできたらいいのだけどぉ」


「無理ですよ。野蛮人にワシら天使の崇高な考えが分かるはずもない。やつらは人間でありながら人間とは別の存在ですからな」


「悲しい事実よねぇ。でも、その事実からは目を背けると助かる命が失われるから仕方ないのかもねぇ。それじゃ、お仕事始めましょうか。町長さん、メインの準備はすぐにできましてぇ?」


「それはすぐにできますが、ローズマリー様のご要望を強く反映するなら、他の実験を見せ付けてから行われるのが最も効果的かと思いますが……どうでしょう?」


「確かにその通りねぇ。町長さんが私の仕事に理解的で助かるわぁ。じゃあ、私はモルモットたちの観察データを取ることに集中しますので各々実験に取り掛かってもらっていいかしらぁ?」


 ローズマリーの言葉に従者の天使たちが歓喜の声を上げる。

 人間たちの集団からは相反して嘆願の声が部屋に響いた。


「あらあら? みんな、元気ねぇ。うれしくなっちゃう。剛くんも実験に協力してね」


「はい! 任せてください!」


「元気のいい声ねぇ それじゃ、ええっとぉ、そうねぇ、剛くんにはあの女の子を担当してもらおうかしら。たしか剛くんとは仲の良い女の子だったわよねぇ。いいデータが取れそうだわぁ」


 ローズマリーの白く細長い指が指し示した先には人混みに紛れ隠れるように、少女が蹲っている。

 それを見るや剛は「あっ!」と驚きの声を上げると、ローズマリーはうれしそうに口元をゆがませる。


「期待してるわよぉ。やり方は任せるから私はそばで観察させてもらうわぁ」


 有無を言わせぬ笑みに剛は心臓が鷲掴わしつかみにされた感覚に陥る。

 線の細い肢体は剛の肉体からしてみれば楽に組み伏せることはできるだろう。

 だが、それを行ったら最後、無事にこの屋敷からは出られまい。

 現にこの場を支配しているのはローズマリーなのだ。

 彼女との関係など二ヵ月に一度しか訪れないローズマリーが知っていることからして、剛の行動など筒抜けと思い知らせるには充分すぎる情報だ。


 それにローズマリーの魔法がどのようなのものなのかも知らない。

 この世界の支配者の部下であり、十二翼聖の一人なのも踏まえれば、こんな感情は取るに足らない損得勘定だ。


「分かりました。ローズマリー様、早速、実験に取り掛かります」


「お願いねぇ。他のみんなも始めているし、あのコかわいいから横取りされちゃうかもよ」


 事実、既にローズマリーが開始の合図を出してから、この部屋にはこの世のものとは思えない光景が行われていた。


 磔柱に括り付けられ両手をくいで刺し穿うがたれ、自重の負荷による痛みに泣き叫ぶ少年。


 ギロチンにより四肢を落とされていく若い男性。


 巨大な水槽に着の身着のまま放り込まれたおじいさんとお婆さん、水槽には先ほどにはなかった天井を蓋する重鈍なガラスがされており、蓋の隙間から天使が楽しそうに水を追加していた。


 鉄製の横幅広い牛型の彫像の真下には劫火ごうかがともっており、彫像の隙間から奇妙な音が響く。

 あの中にいるものは、生きて再び大地を踏みしめるのは絶望的だ。


 植物に覆われた椅子に座らさせられた若い女性は緑のつたにより顔以外の全身が覆われていた。

 かわいらしい顔は涙とよだれに塗れて、一心に「食べないで、私を食べないで! だれかぁ、だれかこれを取って! 私がいなくなっちゃう!」と悲痛な叫びを上げている。


「ふふ、剛くんもあれは、はじめて見るでしょう? あれは私たちが特性で作った魔法の植物なの。栄養値が高く特に女性をあの植物に食べさせるとねぇ。とってもすてきで健康的な化粧品ができ上がるのぉ」


「あ、あれ、女の子食べられてるんですか?」


「そうよぉ。あの植物、ヒゲンカ草っていうのだけどぉ。草の節々に口のようなものがあるからそこから、粗食しているのよぅ。草の性質のおかげで痛みはそれほどないでしょうけど、自分が食べられている感覚は強く残るでしょうねぇ」


 剛ははき気がしそうだったが、不意な声掛けに応える様にどうにか抑える。


「これ! いつまでチンタラやっているのだ。ローズマリー様を待たせるのではない。ローズマリー様、私はその辺でペットを愛でておりますのでどうぞごゆっくり」


「ええ、町長さん、ありがとう。さ、剛くん」


 ローズマリーに促され、剛は目的の少女に向かって歩き出す。

 向こうも自分が目標だと気付いたのか身を縮めて、顔を腕で覆う。

 周りの人間も同じ行為をするのは、否応なしにこの地獄を目の辺りにすれば当然というべきか。


 剛は少女の近くまでいくと、座り込み声を掛けた。


「よう! ひさしぶりだな」


 声を掛けられた少女は恐る恐る顔を上げる。

 幼さの残るその表情には、恐怖によるおびえとこの地獄のような中で、顔見知りに出会えたことによる安心感がまるで混ざりあった表情を浮かべた。


 実際、剛を知る周囲は仲の良かったこの少女を助けるために剛は声を掛けたのだろうと思っていた。

 ゆえに少女に対して、うらやましさと妬ましさの視線が一閃いっせんに注がれる。

 だが、だれもそのことを口に出してとがめたりはしない。

 それをやってしまえば、自分の身を危険にさらすだけなのだ。

 ここで目立つということはそれだけ、実験が早まるということ。

 過去にこの場を無事に生還できたものは、少なくない。

 だが、この地獄の宴が時間切れという呆気あっけない理由で終了したことが過去にはあった。

 このことは生き残った者の証言により、屋敷の住人には有名な話だ。

 ならば、彼らにできることはただただ息を潜めることである。

自分ではない別の誰かが時間の掛かる方法で実験されることで難を逃れる、それが最善の方法だ。

 それがただ、先延ばしにされただけの実験だとしても。


「……久しぶり。元気そうね」


 少女が力なく返事を返す。


 剛は会話を続けてもいいものか、それとも、すぐに行為に移すべきかの判断を付ける事ができずにローズマリーの方へ振り向いた。


「会話を続けて構わなくてよぅ。今回はメインを含めて、精神状態での肉体の変化がテーマなのぉ。だから、そのための時間や対応が必要ならいくらでも使っていいわぁ。……ただしぃ、成果は求めるけどねぇ」


 ローズマリーの言い分は時間経過によるタイムアップは認めないとくぎを刺しているのだろう。


「だったら、しょうがないだろう?」


 小声で呟く。


「……おう! ご主人様のおかげもあって元気だぜ。おまえはその、少しやせたな」


「こんなところに連れていかれるのを確定すれば、食事も喉を通らなくなるわよ。中には最後の晩餐ばんさんと腹を決めたのか暴食に逃げる人もいたけど、私には無理だわ。女の子だもの」


「違げぇねえ。女が美容に気を使うのは大事だよな」


「……そうね。……た、剛もあんなひどいことをこれから私やみんなにするの?」


 意を決したように少女は震える唇からなんとか言葉をはき出した。

 はき出された言葉の意味を少女自身があらためてみ締めたのか、体全身が震え出す。


 その姿を直視することに耐えられない様に、剛は目を逸らした。


「だってしょうがねえだろ。しょうがねえだろ、俺がやらなくても誰かがやるんだ。俺だってやりたくなくてもやらなきゃ同じ目に会うかもしれねえんだ。なら、しょうがねえだろうよ」


 消え入るような小声で早口気味につぶやいた。


 いまさらだ。

 あの天使が楽しそうにやっていることは剛自身、既に経験積みだ。

 泣き叫ぶ顔を踏みつけ、懇願を嘲笑でき消し、同じ命を剛が進んで消してきた。

 知り合いであろうと、知らぬ者であろうと破壊と陵辱の限りを尽くし、その度に「しょうがねえだろ」と口にしていた。

 いつからか口癖になっていたその言葉は自分への免罪符のようになっていることも認識してる。


 今回は天使に捕まり、この屋敷に連れてこられてから、互いに励ましあい、勝手に剛が恋心を抱いた女の子だ。

 ただそれだけのこと。

 選ばれてしまってはしょうがない。

 そう、しょうがないんだ。

 運がなかった。

 俺も彼女も。

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