エゴイズム ~それをいったら戦争です!~
パラサイト
【第1話】 その館、隠り世への入り口なり
これはとあるお屋敷でのお話。
その日のお屋敷はいつもと違う空気に包まれていた。
ある天使はそわそわとこれから来訪するお客様を持て成すために、働き手である人間にあれこれと指示を出す。
ある天使はこれから行われるイベントに期待と興奮を隠せないのか、上機嫌に鼻歌交じりに屋敷を
ある人間はこれから来るお客様から気に入られることないようにと、目立つことを極力避けるように隅っこで掃除をしているふりをする。
ある人間はすでに定まってしまった運命を天に嘆きつつ、己に唯一できることだけをただただ行っている。
ある人間は自分ではなくてよかったと、ほっと胸を
ある人間は自分の無力さを、ある人間はこれから行われることの予定を組み立てる。
多種多様の思惑がマフラーのように編み込まれたここは『フェイコフの町長』のお屋敷。
現在時刻は午後二時前、来客者が来る予定の時間まで残りわずかである。
部屋にドアのノック音が響く。
町長が「入れ」と声を掛けると、ドアが開き従者の天使が恭しく一礼後に用件を短く告げた。
「ローズマリー様がお越しになられました」
「きたか! すぐに中に通せ。粗相のない様にな! ワシもすぐに向かう」
「承知いたしました」
従者が部屋を出ると、町長も急ぎ出迎えに行くために、上着を羽織る。
「くくっ、今回もたっぷりと稼ぐために愛しのペットたちには頑張ってもらうか」
「お待ちしておりました。ローズマリー様、相変わらずお美しいですな」
「ふふ、そちらこそお世辞がお上手で、町長さんがお元気そうで私もうれしいですわぁ」
「それもローズマリー様のおかげですよ。あなた様が御作りになる薬のおかげで私たち天使はこうして生きられるといっても過言ではないのです」
町長はまる演説するかのように力強くいい放つ。
「そう言っていただけると医師冥利に尽きますわねぇ。先ほどの世辞より心からうれしいですわぁ」
「け、決して世辞などでは。なぁ、おまえたち」
偽りない本心の言葉であったが、上客の機嫌を損ねてこれまでの苦労が水泡に帰してしまっては元も子もないと思った町長は急ぎ、従者たちに同意を求めた。
例え、こちらの手の者であっても多数が認めれば、円滑に事を運ぶことはできるだろう。
「ええ、だんな様のおっしゃる通りです。本当にいつ見てもお美しい」
その場にいた従者四人が口をそろえて似たことを告げる。
「本当にお美しい。それに私、ローズマリー様にお伝えしたいことがあったのです。聞いていただけますか?」
年若い新入りの従者の発言に町長が眉をひそめる。
なに? 誰が余計なことを言えと!?
従者の予期せぬ行動に町長は心で舌を打つも、本人がいる以上、止めることなどできはしない。
「なんでしょう?」
「前にローズマリー様がくださったお薬のおかげで、私の子供の病気が治ったのです。その御礼を私言いたくて言いたくて、あの、ありがとうございました! これ、息子が御礼にと書いた手紙です。宜しければ受け取ってください」
この売女め! 若い身空で子供を抱えて大変だろうと思い雇ってやったのに、恩を忘れおって! 機嫌を悪くしたらどうしてくれるのだ!
心の中で悪態を付く町長の心など露知らず、二人は会話を進めていく。
「まぁ、あのときの。私の薬がお役に立てたのならうれしいわぁ。ええ、お手紙も拝見させていただくわねぇ」
「はい、ありがとうございます。こちらです」
「小さくてかわいい字ねぇ。え~とぉ、『ろーずまりーせんせいへ せんせいのおかげでぼくはげんきになれましたぁ。ぼくもおおきくなったらせんせいのようなりっぱなおいしゃさまになりたいですぅ』ってぇ、うれしいわぁ」
ローズマリーは本当にうれしいのだろう。
体をくねくねと揺らし、それを表現しているようだ。
「医者をやっててよかったと思えるわぁ。ありがとう、このお手紙、大事にするわねぇ。この子が大きくなるのを私も愉しみだわぁ」
「あ、ありがとうございます。息子に伝えておきます。きっと喜びます」
「んふふぅ、あなた、若いのに良いお母さんねぇ」
危惧した粗相はなくむしろ、ローズマリーのご満悦の様子に町長はホッと胸を
あとであの従者にはボーナスでもやるとしようと決めた町長の思いは知らず。
「今日はこれだけでもう満足できた気分だわぁ」
ローズマリーから達成感、
「ちょ、ちょっとお待ちくだされ! ローズマリー様、まだ催し、いや、お仕事が」
今日の準備だけでも結構な費用が掛かるのだ。
気分で帰られてはたまらん。
この従者め! これで帰られたらクビにしてやる!
慌てふためく町長を愉しそうに眺めると、ローズマリーはいたずらめいた表情を受かべる。
「ふふ、冗談ですぅ。全ての天使の病を治すのは私の夢で目的。そのためには今日という日は大事な日ですぅ。町長さんのご協力には、感謝していますよぉ? では、向かいましょうかぁ。実験室へ」
その言葉に町長は胸を
「崇高なお考えに頭が下がる思いです。それではこちらへ。ええ、いつもの場所で準備は整っております。ご要望のペットもいらっしゃるので心から実験できるかと」
「痛み入りますぅ。時間も惜しいですし、案内をお願いしますねぇ」
「ええ、こちらへどうぞ」
案内を自ら買って出た町長の先導に従い、ローズマリーは歩く。
町長の屋敷にはカラクリがいくつかある。
その一つである隠し階段を通り、目的の場所へ一行は向かう。
長い廊下を歩き重厚な扉の前にすると、町長はローズマリーの方へ振り向いた。
「では、ローズマリー様、気のすむまで実験を行いくださいませ。助手として今回も
「ありがとう、町長さん。剛くん、今回もよろしく頼むわねぇ」
「はい! よろしくおなしゃす! じゃなかった。お願いします」
剛と呼ばれた少年がビクビクしながら、主である町長の顔を
「このバカたれが! なんだその口の利き方は? まったく」
「構わないわぁ。
よどみがない艶気を含んだ肉声に剛はゴクリと生唾を飲む。
「ま、マジッスか? 俺なんかでよければ」
「このトンチキが! おまえはどこまでバカなんだ! ローズマリー様、どうかこの馬鹿は見逃してください。こんな馬鹿でも貴重な
「そう。ざ~んねん、
「はい! また今度! 絶対に!」
うれしそうに返事するペットに飼い主は、ほとほとに参ったといわんばかりに手で顔を覆う。
このバカめ! 付いて行ったが最後、解剖されることも分からんとはな。
この屋敷に居て、いまだにそれすら分からぬとは本当に救えぬな
まぁ、利用価値のあるうちは飼っておいてやるが、利用価値もなくなればそのときは……望み通りにしてやってもよかろう。
狡猾な思惑を抱きながら、町長は扉を開く。
「では、ローズマリー様。お好きなだけ人間を愛でてくださいませ」
上客へ極上の商品を披露するかのように町長は得意満面でそう言った。
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