第6話約束

「大丈夫ですか」

おしぼりを差し出す花。

咳き込みながら「ありがとうございます」

「私、変なこと言いましたよね…」

「いえ、映画、行きたいです」

花は嬉しそうにニッコリ笑った。

「でも、お昼の休み時間では観れませんね」

「半休とります」

「大丈夫ですか?」

「はい、何とかします…」

「無理しないでくださいね

ダメならまた今度で」

「僕も、映画観たいんで…」

「そぉーですよねぇ…」

「観たい映画、ありますか?」

「山田さんにおまかせします」

「じ、じゃあ探しておきます」

「楽しみにしてます」そう言って

刺身を口に運ぶ花。

目がそらせない山田。



「お疲れ様です

来週は山田さんと映画の約束したの?

10時にシャンテで、との伝言です」

「はい、映画の約束をしました。

10時にシャンテですね。わかりました」

家事の手を止めて、鏡の前で洋服を選ぶ。

スマホで美容室の予約を入れる。

夫からLINE

「今日は餃子が食べたいな」

了解の可愛いスタンプを送る。


眉間にシワを寄せた上司に

半休を申請する。

「忙しいの分かってるだろ。なんで半休?」

「ちょっと用事が…」

「だから何の用事?」

「親戚の法事で…」

「はぁ?なんで平日?」

「僕が決めたわけでは…」

「いいよもう。仕事はちゃんと片付けろよ」

「はい…」


終業間際

「山田さーん、これお願いします」

「あ、はい…」

「じゃ、お疲れっす」

「え?」

「お疲れさまでーす」

「お先でーす」

当たり前のように残務を押し付けて帰る同僚

無関心な同僚

束になって出てゆく。

一人、ぽつんと残る山田。

ストンと座る。

キーボードを叩く音だけが響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る