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「レイコさんはタイムマシンが発明されると信じているんですか?」

「それは無理でしょうね」

「え」

 そんな即答で? 予想外過ぎるんだけど。

「今は、ですよ。多分発明されても私は死んでいるに決まっています」

 あんなにロマンを語っていたのに、急にリアリスト。今の技術じゃタイムマシンは無理か。

「いつかは出来るかもしれません。時間の原理を理解できたら」

「時間の、原理?」

「時間って目には見えないし、存在も良く分からないじゃないですか。ただ過ぎて行くだけのものだし。だからそれをどうやって遡ったり飛び越えたりできるのか、それが分からない事には無理だと思うんですよね」

 う、うーん。きっと優しく言ってくれたんだろうけれど、良く分からん。とりあえず今は無理って事だけ分かる。

「それこそ天才の未来人がこの時代に来てくれたら作ってくれるかもしれません」

「それではもし、タイムマシンが出来たとしたらどの時代へ行きたいですか?」

 そう訊ねると反対に「マスターはどうですか」と返された。うーん、そうだね。

「昨日、ちょっと目を逸らしたすきに鍋を焦がしてしまったので、鍋を焦がす前に戻りたいです」

「え」

 そんな答えにあっけに取られたようにレイコさんの顔がぽかん、となる。え、だめ?

「意外です。もっと未来に来たいとか過去に戻りたいものかと。老後とか、学生の頃、とか」

「魅力的ではありますが、未来には行きたくないですね。私、ロマンチストだと言ったじゃないですか。パラレルワールドを信じているので、ひとつの未来を見るのはちょっと。それに面白みに欠けるでしょう? 先が分かっていると言うのは」

 だってその方が楽しいじゃない。

「それは同感です。私も、未来には行きたくないです」

「それじゃぁレイコさんも過去に戻りたいと?」

 もしかして昨日鍋を焦がした、とか? まさかね。

「まぁ、戻れるなら。矛盾しますけど私“たられば”は基本的に嫌いなんです。それでも、一つだけ戻りたい過去が」

「それっていつのことですか?」

 訊ねると彼女は恥ずかしそうに視線を落とす。大丈夫。“たられば”なんだから。

「学生の頃の、好きだった子を呼び出してドタキャンした時」

「え」

「匿名で呼び出したとこまでは良かったんですけれど、どうしても恥ずかしくなって彼が呆れて帰って行くまで遠くから眺めていました。マスターも言ったじゃないですか、パラレルワールドの話。もしあの時勇気を出せていたら、今は変わったのかなって。何年経っても考えちゃって。ふふ、恥ずかしい」

 そう言って赤くなった頬を手で仰ぐ。そんな可愛らしい表情も、もしタイムマシンでその過去に戻っていたとしたら見られなかったんだなぁなんて。

「だから今は後悔しないように生きたいなって。タイムマシンはまだ作られないみたいだから」

「ふふ、そうですね。それじゃぁ乾杯しましょうか」

「え、何にですか」

「今と言う時間に。乾杯」

 その笑顔だけは確実に“今”だけのものだから。

 


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