第19片 コップ

 久々に帰国した日本は暖かくて、雪がないことにほっと胸をなでおろした。空港には誰にも来て欲しくなくて、帰国日は誰にも言わなかった。ただ、新学期から登校することだけはSNSで呟いていた。


「ただいま」

自宅の匂いも懐かしい。全てがあの頃のまま、そこにあった。親戚がたまに掃除をしてくれていたらしく埃もなければカビも生えていない。完璧なまでに去った時のままだ。壁には元彼と撮った写真が飾ってある。私はそれを手に取り、ゴミ箱へと投げた。

「喉渇いた」

スーツケースも何もかもそのままにして、台所の戸棚を開けてコップを取り出す。そこに水を並々注ぎ込み、一気に呷る。そして勢いよくキッチンに置いたつもりが、コップは私の目の前で床へと叩きつけられ粉々に割れた。


 硝子のコップが割れた瞬間、全てに納得がいった。

 元からひびが入っていたわけでも、故意に割ったわけでもない。

 不可抗力でどうしようもなく落ちていった。

 重力に逆らえず。


きっとこうなる運命だったのだ。終わった恋。もう数ヶ月前だというのに引き摺っている自分がバカらしくて笑いが込み上げてきた。私は狂ったように笑いながら割れたガラスをビニール袋に入れて括った。今日のうちにゴミに出してしまおう。私はそう思い、つっかけを履いて割れたガラスの入ったビニール袋と共に部屋を出た。

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