第9片 アイスクリーム

二人で月明かりに照らされた道を手を繋いで歩く。今日は満月のようだ。街灯がなくても十分な明るさがあるように思う。沈黙が辺りを支配していた。


「…今日なんで、あんな急いでたの」

もうすぐで私の家に着くという時、勇気を出して尋ねてみた。すると、彼は答える代わりにごそごそと繋いでない方の右手で自分の鞄のなかを弄り始めた。何かを探しているらしい。

「これ」

探し当てたものを彼が私の目の前に差し出す。「cow」と書かれたアイスクリームだ。蒲萄味。期間限定。私の大好きなアイスクリームだ。期間限定が出ているとは聞いていたけれど、買いに行く時間がなくてまだ食べられていなかった代物だ。

「cowだ!でも、なんで?」

「ご飯食べたあとにはデザート欲しがるかなと思って」

彼はそう言いながらアイスクリームを鞄のなかに戻してさらに続けた。

「それで、一緒にすぐ食べようと思ってたから急かしてたんだ」

「なんだ、そんなことだったの」

「アイスクリームが溶けるから早く帰ろうなんて恥ずかしくて言えねーよ」

「どんなプライドなの」

私はケラケラと笑いながらはたと気づく。もしかして、彼がアイスクリームを食べるために私の家に上がるというのだろうか。どうしよう。何もないとは思うが意識した途端、凄く緊張してきた。緊張が握った手から伝わったのか、彼が少し強く握り返してきた。

「邪な思いはない…多分」

「そこは言い切ってよ」

私は緊張を誤魔化すように笑った。いつかはそんな日が来るとは思っていたけれど、早くないか。世の中の恋人はこんなものなのか。初めてお付き合いをしている私には経験値が足りなさすぎてパンクしそうだ。アイスクリームよりも先に私が溶けてなくなるのではないか、そんなことを考えながら私の借家の玄関先の光を捉えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る