第8片 居酒屋
集合時間の18時になったので約束の正門前で友人ら2人を待っていた。
「ごめん、お待たせ!」
女の子の方が若干息を切らせながら言う。
少し遅れてゆっくりと歩いてくる男の子を捉えた。
「もう、遅れてるんだから走るとかしてよね」
息が整ってきたらしい女の子が斜め後ろを見やりながら頬を膨らませて怒る。
「わりーわりー。お前の足くらいならちょうどこのペースがいいかと思って……いってえ!」
彼が言い終わる前に右つま先を抱えて痛がりだした。どうやら隣に立っていた彼女が彼の右足をヒールで踏んだらしい。なかなか暴力的な行為に出たものだ。もちろん、彼の言葉も暴力的だったが。
「はいはい、どっちも遅刻なんだからさっさと行きますよー」
私が2人の腰に腕を回して引っ張るように歩き始めると2人は休戦して大人しく歩き始めた。
今日は華金ーもうそんな言葉は古い、と笑われるかもしれないが意外と現在も使用されている言葉ーなため、どこの居酒屋も賑わっている。大学近くだからか尚更だ。金曜の授業終わりの学生でごった返している。比較的空いてそうな店を見つけて入った。
「お姉さん、生3つで!」
「あ、ちょっと!」
彼が制止を気にせずに注文した。
「あたし、生苦手なのに」
「俺が飲むから心配すんな」
友人の顔が少し赤くなったが、すぐに「何どさくさに紛れてあたしのお酒飲もうとしてんのよ!」と反論していた。それを予想していたのか、男は大変愉快そうな声をあげて笑っていた。彼には太陽という表現がよく似合う。
「お待たせしましたー!」
勢いよく生ビール3つが運ばれてくる。キンキンに冷えているのかジョッキの周りが半透明に曇っている。私たちはそれを受け取って適当にオーダーしたあとビールジョッキを持ち上げた。
「せーの、カンパーイ」
女の子がそう言うと口々に「カンパーイ」「1週間お疲れ様ー」と言ってこつんとジョッキを合わせた。乾杯のあとは今日の授業で起きた出来事や共通の友人についての話題で盛り上がっていた。2人が話に夢中になっているのを見計らって私はトイレへと抜け出した。もちろん、スマホを携えて。
ーーー
私「ヒナさんっていう居酒屋にいる」
彼「ここ?」
マップ検索結果のスクショがすぐに送られてきた。
私「そこ」
「来れそう?」
彼「余裕」
「姫を迎えに行くのは俺の役目」
私「ありがとう、王子」
「では、よろしく頼みますわ」
彼「気持ち悪い」
私「姫への言葉遣いがなってなくては?」
彼「誰がこのくだり始めたんだよ」
私「あなた」
「もう行くね」
彼「あとで」
ーーー
場に戻ると、まだ二人は話し込んでいた。店の時計を見てみると、もうすぐで短針が8を指そうとしていた。
「二人さ」
私が割って入るとアルコールで上気した顔が二つ、こちらを見た。
「悪いんだけど、私先に帰……」
「はい、ここからは俺が連れて帰るんで」
私が言い終わる前に彼が私の目の前に現れた。何故か男の友人の方を見ながらそう言う。何か勘違いしてそうだ。
「え、でも……」
女の友人の方があからさまに残念そうな顔をする。
「まあまあ、彼氏さんが登場なさったことだし、俺たちに止める権利はねーよ。それなら、行きな」
友人がウィンクをしながら然り気無く私のジャケットや荷物を取ってくれる。
「ありがとう。早く帰ることになってごめんね」
私はそう言いながら女の友人を見つめながら「今日が勝負よ」と訴える。彼女は首を傾げている。アルコールまわりすぎでしょ…。何のための作戦なのか。私が頭を抱えそうになっていると彼が私の脇下に腕を差し込んで無理矢理立たせた。やけに今日は急いている。
「じゃあ、二人ともまたな」
彼はそれだけ言い残すと立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って。代金!」
「ああ、今日のとこは俺らで払っとく。また来週回収するわ」
友人が軽く手を挙げてひらひらと振る。
「ありがとう」
私は手を合わせて感謝しながら、半ば彼氏に引き摺られるようにして居酒屋を後にした。
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