第1片 映画

 大学に入って初めて彼氏というものができた。サークルで知り合った人だった。私は特に浮かれるでもなく、淡々とその事実を受け入れていたように思う。相手は私で3人目だった。

 劇的な何かが起こるような危ない恋ではなかった。お互いがお互いを想うというただそれだけの行為を繰り返す。そんな関係。


「今日、このあと映画に行かないか?」

5限目が始まって早々、隣にちゃっかり陣取った彼が言う。彼は私と学部が違うので1限や4、5限などに集中する大講義でしか顔を合わせることはない。元々映画が好きという共通の趣味で盛り上がり恋仲になったのだ。断る理由があるわけがない。

「うん、いいね。行こう」

「有楽町の小さな映画館でしか放映されていないのがあるんだ」

彼ははにかみながら言う。これは自分の好きな映画に共感してもらえたり見たいと言ってもらえたりした時に見せる表情だった。私は彼のこの表情が好きだった。

「どういう映画なの」

「ちょっと待てよ。今見せるから…」

彼はそう言ってスマホを取り出し調べだした。穏やかに時が流れる。教授の声が刻一刻と時間を刻む。これが私達の日常。講義が終わると二人同時に立ち上がった。

「早くしないと混む」

「マンモス校のやなとこね」

私達はそそくさと人の合間を器用に縫って正門に辿り着く。

「有楽町線ってこっちだっけ」

「ああ」

二人は何とはなしに手を繋ぐ。最初は普通に。だけれどすぐに恋人繋ぎに。特に合図はない。指先から感じる少し冷えた体温にいつから馴染み始めたんだろう。来週で4ヶ月経つはずだ。


電車に揺られること20分ほど。私達が目的としていた映画館にたどり着いた。

「久々来たねーここ」

「俺たちの初デート場所、ここだもんな」

胸が甘酸っぱい気持ちになって、彼の手を握り返す。彼も同じなのか同じ強さで握り返してきた。

「入るか」

彼の言葉を合図に私達は映画館へと踏み入れた。


 映画は面白かった。彼の好みらしく、最後の最後まで目を離しては話が理解できない内容だった。

「すっごい面白かった!やっぱりあの監督の作品好き、私」

「そう思ったんだよ。だから連れてきたし、だから今…」

「うん?」

「付き合ってるんだと思う」

「…うん」

なんだか改めて言われると照れてしまう。照れを隠すようにきゅっと口の端を結んだ。

「その癖」

彼は私の頬に手をやって、口角を親指でなぞった。

「恥ずかしがるときにやるよな。可愛い」

「どう反応すればいいのよ、私…」

彼があまりにも愛しそうに目を細めて笑うものだから余計固く結んでしまった。私ばかり照れているみたいではないか。

「さて、晩飯にしようぜ」

私が仕返しをする前に彼は私の手をとって歩き始めた。必ず仕返しするんだから。私は心にそう決めて早足でついていった。

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