第8話 震える手

トラベラーズのグッズ販売を経験してから

2ヶ月がたった。


グッズ販売の仕事の流れが分かり始め、

少しは慣れてきた、と思えるようになった。


そして今日もまたライブの仕事が入った。


「木海いち子」という、これまた誰もが

知っている声優兼アーティストだ。


アニメをあまり見ない僕ですら知っている。


会場はトラベラーズよりも小さい規模の

ホールだったけれど、とんでもない。


既に並んでいたお客さんの数を見れば、

どれだけ人気があるかは一目瞭然だ。


木海いち子さんのライブのグッズ販売は

基本的にPOSを使わない。

というより、POSを使うグッズ販売は

実はあまり多くはない。


つまり、電卓で全て計算するのだ。

ものすごく、怖い。


そして、その怖さを痛感することになった。


いつも通り、グッズを会場まで運び、検品

をして、準備が整った。


「それでは開始します!新人の方は、もし、

購入点数が多い方がいたらチーフを呼んでください。一緒に会計をします!」

との諸注意があった。なんだその注意事項。


この意味がすぐにわかった。


「いらっしゃいませ!」

「すいません、これを5個と、これを10個、

こっちは15個で・・・」

「かしこまりました!」


たぶん声が震えていたんじゃないかな。


数が、半端じゃない。そして、机に乗り

切らない。焦る。めっちゃ焦る。


「それでは会計させていただきます。」

と計算していく。


やばい。見たことの無い桁が出始めた。


「全部で合計265000円になります」

絶対声も手も震えていた。


2万6千円ごときで?と思ったあなた。

桁が違う。26万5千円だったんだ。


もちろん、チーフをちゃんと呼んだよ。


初めてだった。あんなに分厚いお金を数えるのは。


その会計が終わるまで、ずっと手が震えっ

ぱなしだった。


そしてまだ僕の恐怖は終わらなかった。


その1日で15万円を超えた会計は6会計ほど

あり、最高金額は32万円だった。


アーティストによってこんなに違うんだ、と

初めて知った日だった。


その日は、電卓を打ちすぎて、腱鞘炎に

なった。



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