side - 6番機クルー 小話
禁酒だ禁酒!はい決定!
「いやあ、まいったぞ、こりゃ……」
飛行前のデブリーフィングをするために、いつもの部屋で待っていると、機長の
「どうしたんです? なにか司令から
「んー?
「ああ。もうそんな時期でしたね」
「そんな時期なんだよ」
「早いものですね。
「だよな。あの時のヒヨコが今じゃ副機長殿だ。時がたつのは早いもんだ」
「機長、それだけじゃないでしょ? なにがあったんです?」
「それがだなあ……今度のヒヨコちゃん、女の子なんだわー……」
その言葉を聞いたとたん、その場にいた全員がポカンとなった。
「驚きだろ?」
「そう言えば、航学で女性が何人か合格したという話、何年か前にありましたね。あの時の学生ですか」
「そうらしい。勘弁してくれって言ったんだけどな、ほら、今のハークの機長連中の中で娘がいるの、俺だけなんだ。どう思う? なにかの陰謀じゃないか、これ」
「まあ、たしかに娘さんがいるのは緋村機長だけですね。その点を考えると、司令の判断は正しいと言えます」
花山三佐がなるほどとうなづく。
「花山、そんな呑気なこと言うなよ。自分の娘ですら宇宙人みたいに思える時があるのに、他人様の娘だぞ? 一体どうすりゃ良いんだ?」
「ちなみに名前は聞きましたか?」
「俺の話を聞いてるか?」
機長が顔をしかめた。
「ちゃんと聞こえていますよ。それで? 6番機で訓練をするのは誰なんです?」
「あー、えーとだな、
手に持った書類をパラパラとめくりながら機長が言う。
「ああ、天音君ですか。なら心配ないでしょう」
「どうしてそう言い切れる?」
「天音君の父親は
ヒヨコのプロフィールまで把握しているとは、さすが凄腕執事様。
「なんと。このヒヨコちゃんは林原の姪っ子か。なんでこっちに来た。あっちに行くのがスジってもんじゃないのか?」
「そんなこと私に言われても困りますよ。なぜ天音君がハークを選んだのか、それは本人にしかわからないですから」
「ってことはあれだぞ。ヒヨコだけじゃなく、林原もしょい込むことになるのか。勘弁してくれ」
安心どころか心配事が一つ増えたと、機長は天井を見上げてなげいた。
「まあとにかく、そういう人物ですから、そこまで心配することはないと思いますがね。少なくとも本人に関しては、ですが。父親と伯父のことは知りません。そこは機長にお任せします」
花山三佐はすました顔そう付け加える。
「ま、神の姪っ子なら、どんどん飛ばしたら良いんじゃないっすかねー。林原三佐も飛びたがりらしいですから」
「技術畑のオヤジさんの話は聞いたことありませんね。あっちに知り合いがいるので、探りを入れてみます」
谷口一曹と井原一尉が提案をした。
「頼むぞ。ヒヨコちゃんが来るまであと一ヶ月もないんだ。それまでに対策を考えないと」
「対策もなにも、訓練に男も女もないでしょ。俺の時と同じで良いのでは? まあ、訓練後の飲み会に誘うのは、さすがに控えておいたほうが良いような気はしますけど」
自分なりの意見を口にする。とにかくうちの機長は酒好きだ。飛んだ後の一杯がたまらんといつも言っている。そして何故か、からみ酒になりやすいという、厄介な面も持っていた。男の俺は別にかまわないが、さすがに訓練課程にやってくる若いパイロットの卵、しかも女性にからんだらシャレにならない。
「良い機会ですから、しばらく禁酒したら良いんじゃないですかね」
俺の言葉に機長が目をむいた。
「俺に酒を飲むなというのか」
「はい」
「花山~~、山瀬があんなひどいことを言ってるぞ」
だが機長の執事殿も容赦がない。
「自分も山瀬一尉の提案には賛成ですね。しばらくは禁酒でいきましょう。これは決定事項ということで」
「おーいー、俺の楽しみがなくなるじゃないかー。ていうか、勝手に決定するな」
「パイロットを一人、一人前に育てるんです。酒なんて飲んでる場合じゃないでしょう」
「しかも神の姪っ子ですよ。伸びしろがどこまであるのか、めちゃくちゃ楽しみじゃないですか」
谷口一曹もウンウンとうなづいた。
「はい、決まりですね。天野君の訓練が開始されると同時に、緋村機長は禁酒ということで」
「なんで俺だけ! 機長の俺が禁酒するなら、全クルーが禁酒だろ! いいか、俺が禁酒するならお前達も禁酒! これは機長命令だからな! はい、決定!!」
とんだヤブヘビになったと、谷口一曹と井原一尉がなさけない顔つきなった。他のクルーが聞けば、お互いに隠れて飲めば良いじゃないかという話になるのだが、そこが6番機クルーの連帯感の強さなのだ。ここで禁酒と決まったからには、訓練でやってくる空曹長殿が一人前になって機長が酒を解禁するまで、クルー全員がもれなく禁酒することになるだろう。
―― ま、機長がいつまで我慢できるかがカギになりそうだけどなあ ――
俺に酒を飲ませろと騒ぎ出す前に、その空曹長殿が一人前になってくれると良いのだが。
「となると」
「?」
俺の横で花山三佐がつぶやく。
「山瀬一尉が独り立ちする日も近いんじゃないかな」
「俺がですか?」
「そろそろ退官が近い機長もいる。君が機長になっても何ら不思議じゃないだろ?」
今日まで様々な経験をしてきた。パイロットとして、それなりに経験値を積んできたと思っている。だが、まだ機長になる心構えまではできていない。もう少し6番機のクルーとして、勉強させてもらいたいというのが正直な気持ちだ。
「俺なんてまだまだですよ。機長の足元にもおよびません」
「そんなことないと思うがね。ま、天音君の訓練を見届けることも、君にとっては良い経験になると思う」
「はい。初心に戻って勉強します」
もしかしたらそれが、俺の副機長としての卒業検定になるかもしれないなと、思わないでもなかった。
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