榎本さんと風間君
新田原で、新しくイーグルの操縦課程に入った連中が飛び始めてそろそろ半年。それまでの訓練課程で飛ばしていた練習機とは、段違いのパワーに最初はおっかなびっくり飛ばしていた彼等も、最近はそれなりに飛ばせるようになってきたように見える。
「俺も、あんな時期があったよなあ……」
教官を乗せて離陸していく、複座のイーグルを見上げながらつぶやいた。
「お前にあんな時期があったなんて、なんの冗談だよ。お前は最初っから、フルスロットルだったじゃないか」
俺の横に立った
今年になって、小松で一緒だった八重樫がアグレッサーの一員として新田原にやってきた。俺としては、僚機として飛んでいた八重樫が、ウィングマンとして後ろに乗ってくれるのは心強いかぎりなんだが、俺に続いて教導隊にパイロットを放出することになった小松の飛行隊長は、かなりしぶったという話だ。
「そうか? 俺は、それなりに慎重に飛んでいたと記憶しているんだが」
「一体それは、どこのパラレルワールドの
どうやら、自分で思っていたほど慎重には飛んでいなかったということらしい。
「ところで、今年の連中は面白いヤツが多いらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。飛びたがりばかりで、教官がなにを言ってもまったくめげないんだと」
そういえば、彼女も飛びたがりだったよな。
航学では、その期その期によって独特の個性が出るのは毎年のことだが、天音達の期は、そういう連中の集まりなのかもしれない。そしてめげないのは間違いなく、
「めげないのは、航学で岩代できたえられたのかもな」
「あいつの口煩さもたまには役立つってことか」
「しかもこの連中には岩代、好かれているんだぞ。信じられるか?」
天音が言っていたことを思い出して教えてやると、八重樫がさらに愉快そうに笑った。
「マジか。しかし岩代が聞いたら怒り出しそうだな」
「こいつらのことだ、もうすでに怒らせてるだろ」
同期の連帯感が強いのは良いことだ。お互いに良きライバルとして
「……」
「どうした、榎本」
急に俺が黙り込んだせいか、不審げな顔をして八重樫がこっちをのぞき込んでくる。
「ん? こいつらの同期は、全員がウィングマークを取得して最後の操縦課程に入ったんだよな?」
「そうだと思うぞ。今のところ、誰一人脱落した者はいないって教官が言ってた」
「そうか。ってことは、あいつも輸送機の操縦過程に入っているということか……」
彼女には、ウィングマークを取得したら酒をおごると約束していたんだが、あちらこちらに巡教に出向いていたせいで、気にはしていたもののすっかりタイミングを逸してしまっていた。しょせんは単なる男のくどき文句だったと思われてなければ良いんだがな……。いや、思われていてもしかたがないか。
「誰のことだ? ……ああ、あの子のことか。そりゃ飛んでるだろ。輸送機パイロット志望だったよな? ってことは美保か小牧、どっちかだ。あれ? お前達、連絡を取り合ってるんじゃないのか?」
「一人前になるまでは、そんなことしてる時間も余裕もないだろうと思って、連絡先は交換しなかった」
「お前らしいなあ」
さて、どうしたものか。
「しかたないな。あいつらの誰かを捕まえて聞いてみるか」
「あいつらって同期の連中か? おいおい、アグレッサーが乗り込んでいったら、ヒヨコ達ぶっ倒れるんじゃないか?」
「別に飛んでる時に話しかけるわけじゃないぞ?」
だいたい同じ基地の敷地内にいるのだ。毎日どこかしらですれ違っているのだから、今さら俺が話しかけたからってどうなるわけでもないだろ。
+++++
とは言ったものの、誰に声をかけたら良いものやらと途方にくれた。まあ女性パイロット候補は少ないのだから、同期だったら誰に聞いてもわかりそうなものだが……。
―― たしか天音の口から出たことがある名前は、カザマ、だったよな ――
昼飯時に食堂に行くと、彼等が固まって熱心に身振り手振りをまじえて話をしている。どうやら午前中に行われた飛行訓練を振り返っての、彼らなりのデブリーフィングらしい。俺の時はこんなに熱心だったかなと思いつつ、彼等が座っているテーブルに歩いていった。
その中の一人が、俺のことに気づいて急に黙り込む。その目は、間違いなくドクロのエンブレムに注がれていた。
「おい、この中に
「自分ですが!」
声をかけたとたんに、奥に座っていたヤツが椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで立ち上がった。ふむ、あいつが風間か。そう言えば、航空学生の時に天音の後ろにいた生徒の中にいたな。
「ちょっと聞きたいことがあってな、顔を貸してくれるか?」
「は、はいっ」
足早にテーブルを離れると、俺の後ろをついてくる。
「大したことじゃないから、そこまで硬くなるな」
「はいっっっっっ」
「いやだから……」
その様子を見て、天音が俺と適性を一緒に飛んだことで風間が大騒ぎしていると言っていたことを、思い出した。一体、こいつらの頭の中では俺達はどんな存在になっているんだ?
「どうだ、訓練は。イーグルは今までの練習機とはまったく違うだろ?」
「は、はい。まずはそのパワーの違いに驚かされました。知識として頭では理解していましたが、見るのとやるのとでは大違いです」
「だろうな。だが、そのうち自分の手足のように飛ばせるようになる」
「だと良いのですが」
自信なさげな声に風間の顔を見る。
「なんだ、経験者の言葉が信じられないか? 俺達だって、最初からうまく飛ばせたわけじゃない。何度も教官や上官の
「はい!」
イーグルが駐機されているのが見える場所までいくと、さっそく本題に入った。
「風間、お前の同期には女子隊員もいたよな?」
「はい。四名だけですが」
「彼女達は、全員が輸送機パイロットを目指していたのか?」
現状で女性パイロットを認めたのは、輸送機と救難機だけだったはずだ。
「いえ、一人だけ救難ヘリを希望していたようですが、ヘリのパイロットは認められていないので救難機に進みました。あとの三人は、C-1とCH-130にそれぞれ」
そこで風間がああとうなづく。
「一尉と適性を飛んだ天音は、CH-130の操縦過程に進みました。最初はC-1のパイロットを目指していると聞いていたのですが、途中であのプロペラが気に入ったみたいで」
風間は、見た目で変えるなんて信じられないと言いたげな顔をしながら、そう言った。
「そうか。小牧基地で操縦課程を受けているのか」
てっきり、林原三佐と同じC-1のパイロットを目指すんだとばかり思っていたが、ジェット機ではなくプロペラ機を選んだか。天音は最初からプロペラ機を気に入っているような口ぶりだったから、そっちに鞍替えしても何ら不思議ではない。飛びたがりの天音のことだ、飛ばすなら長い距離を飛べる機体のほう良いと言いそうでもあるし。
しかし、なかなか予想通りには動かないな、彼女は。
「男連中はどうなんだ? 全員がイーグルを希望したわけじゃないだろ?」
「もちろん輸送機パイロットを希望して、美保と小牧にいった者もいます。それと救難機と救難ヘリにも何名か。ですが、やはりイーグルを希望した人間が圧倒的に多いですね」
「なるほどな。どのパイロットになっても激務が待っている。途中でくじけてへこたれるなよ?」
「はい! あの……それで自分に聞きたいことというのは?」
いまさらのような質問に、笑いが込み上げてきた。面白いヤツだな、こいつも。
「聞きたいことはだいたいわかった。助かったよ」
「そうなんですか? お役に立てたのなら良いのですが……」
「ああ。十分に役に立った。すまなかったな、貴重な休憩時間を使わせてしまって。しっかり休んで、午後からの訓練飛行に備えてくれ。以上だ」
「はい。では失礼します!」
風間は、よくわからないなりに俺の役に立ったらしいと納得したらしく、嬉しそうな顔をして敬礼をすると、食堂のほうへと走っていった。
「天音を筆頭に、面白い連中が大勢いる年なのかもしれないな、この年の航学は」
+++++
風間と話をしたことで、彼等の訓練をさらに興味深く観察するようになった。全員が、粗削りだがいい腕をしているのは見ていてもわかる。それぞれの部隊に配属されてから、巡教で顔を合わせるのが今から楽しみだ。
「天音が男だったら、どんな飛行をしていたんだろうなあ……」
初っ端から、怖いものなしでガンガン飛ばしまくって教官から大目玉をくらったかもしれない。そしてあっという間に、俺のことを追い抜いていたかもしれないな。
「さてと、次の休暇の行き先はこれで決まったな」
行き先は小牧基地。あの元気で無茶な飛びかたをするお嬢さんの顔を、三年ぶりに拝みに行くとするか。
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