第三話 道中あれこれ擦れ違い

 少しでも燃料消費と時間消費を少なくしたいのなら、那覇なはから目的地を直線で結んだ線上を、空中で給油しながら飛べばいい。だけどそう簡単にいかないのが、東南アジア圏とその近辺空域のややこしいところだった。


 最近になって、大陸にある大きな某国が海上に何やら建設し始めて、周辺国と問題になっている。そして他の国の航空機が少しでもその近辺を通過すると、それはそれはナーバスにあれこれと言ってくるのだ。それが米国と親密な国だと特に。


 たとえ多少ナーバスになったとしても、ワーワー文句を言うぐらいですんでいれば話は簡単だった。だけど、通過するたびに航空機を飛ばされでもしたら、任務を続けていくうえで非常に厄介なことになる。大きな声では言えないけれど、私達が大事なのは派遣先での輸送任務であって、正直そんなことに巻き込まれるのは真っ平御免だった。だから可能なかぎり南寄りに進路をとって、東南アジア諸国とそこにある米軍基地などを経由しながら、目的地に向かうのだ。


「今の空港が、最後の立ち寄り先になります。次はインド洋上空でアメリカ空軍からの給油を一回。時間はこれより三時間後、といったところでしょうか」


 花山はなやま三佐が航路図を見ながら、緋村ひむら三佐に報告した。眼下は、東南アジアの島群とうぐんから抜けて、広いインド洋が広がっている。一回目の飛行は、人員を運ぶのが主だった任務なので余分な貨物はほとんど乗せておらず、その代わり燃料を積めるだけ積んでいた。だけど、世界は私達が思っているよりずっと広いし複雑で、C-130輸送機の航続可能な距離内でも、何度か給油しなくてはならないのだ。


「はあ……結局、今回のフライトでは昼寝はできずじまいか……」


 そんな三佐の言葉に、あきれて思わず声をあげる。


「まだチャンスをうかがってたんですか? そんなにお昼寝したかったら、最初から予備要員を連れてこれば良かったのに」

榎本えのもと、そういうところが機長に似てきたぞ」

「え、マジですか?! 気をつけなきゃ!」

「機長の俺に対して失礼だな、お前達」


 私と花山三佐の言葉に、顔をしかめる緋村三佐。


「ですが、良好な天候で良かったですよね。離陸待機も無かったですし、現地にはほぼ予定通りに到着できそうです」


 天候が悪ければ、離陸待機でそれこそお昼寝ができたかもしれない。だけど今回は幸か不幸か、この時期に発生するハリケーンとも一度も遭遇することなく、ここまで飛んくることができた。


「ま、昼寝はできなかったが、後ろの連中がまだかまだかと騒ぎ出す事態にならなくて大いに結構だな。ところで榎本、後ろの連中はともかくとして、おチビちゃん達はどうだった? 今回の話を聞いて寂しがったんじゃないのか?」


 三佐の言葉に、小牧こまき基地で両親と並んで手を振っていた、子供達の姿が目に浮かぶ。


 那覇空港を出発する時も、派遣されることになった地元の隊員達の家族が見送りに来ており、その中にはうちの雄太ゆうた颯太そうたよりも、ずっと小さい子達の姿もあった。だけど彼等には、一緒に見送るお母さんがちゃんと横に立っていた。


 うちの場合は、その母親が任務に出て不在になるのだ。しかも父親も関東の基地で勤務していて、なかなか戻ってくることができない。私にだって、二人に何度も寂しい思いをさせて、申し訳ないという気持ちが無いわけではなかった。


「本人達は、大好きなお爺ちゃんお婆ちゃんの家ですごせるから、嬉しいみたいなことを言ってましたけど、本心は寂しがっていると思います。これだけ長く不在になるのは、初めてのことなので」

「まだ低学年と幼稚園だったか。百里ひゃくりにいる旦那はどうするって?」

「できるだけ休みを入れて、こっちに戻ってきてくれるそうです」


 それと、悠太も颯太も小学校と幼稚園がある。そんなに長く休ませるわけにはいかないので、登校時間がかなりかかることになるけれど、両親が各務原かがみはらの実家から、車で送り迎えをしてくれることになっていた。その点は、学校と幼稚園の担任の先生とも打ち合わせずみだ。


「こっちより、残っている家族の方が大変だな」

「そうですね。こうやって色々な面で協力してくれる、家族や周囲の人達がいてこその平和貢献ですよ」


 派遣される私達のことばかりがニュースで取り上げられているけれど、この海外派遣任務には、本当に多くの人達が関わっている。それは隊員達の家族だけではなく、外務省や財務省などの防衛省以外の官庁関係だったり。その大勢の人達の協力があってこそ、成り立つ海外派遣任務なのだ。


「そうやって考えると、うちのカーチャンにも感謝しないといかんな。随分と苦労をかけた。退官したら嫁孝行せねば」

「やめてくださいよね、そういう死亡フラグみたいなこと言うの。今の、俺帰ったら結婚するんだなみの不吉フラグですよ」


 ま、緋村三佐の場合、本気で殺しにかかっても死なないような気はするけれど。


「機長、正面から一番機が接近中です」


 レーダーに光点が現れた。私達よりも先に任務についていた同じ小牧基地所属のC-130輸送機で、任務を終えた隊員達の一部を乗せて運んでいるはずだ。


「久し振りだな、キャメル01」


 緋村三佐が声をかけると相手からの応答があった。


『お久し振りです、機長』


 一番機の機長は、私が六番機のコーパイになる前に緋村三佐と飛んでいた山瀬やませ三佐だ。


「半年間の任務ご苦労だった。なにか聞いておくことはあるか?」


 三佐は日本語のままで話を続ける。こうやって現場の人間と話をして、情報部だけでは拾いきれない情報がないかどうかを確認するのも、緋村三佐独特のやり方だった。


『そうですね。治安的な問題は、それほど心配しなくても大丈夫だと思います。周囲には米軍施設もありますので、治安維持に関しては彼等主導で行っています。問題は、ひたすら暑いということぐらいでしょうか』

「アフリカ大陸だもんなあ……海上は?」

『さすがに、武装した軍艦や護衛艦にエスコートさせた船団に近寄ってくる連中は、まれですよ』

まれってことはいるってことじゃないか」


 三佐はなんともはやとあきれたように呟いた。


『どこにでも怖いもの知らずはいるってことです。今のところ、船団のエスコート中に激しい撃ち合いになったという話は、海自からは聞いていませんが。それと朗報が一つ。拠点基地のそばに作った滑走路ですが、三日前に舗装ほそうが完了しました。もうガタガタと揺れる心配はありません』

「おお、それは良かった」


 このC-130は、極端なことをいえば砂地でも離着陸が可能な機体だ。だけど可能だからといって、私達パイロットが好きでそんな場所に離着陸するわけじゃない。できることなら、綺麗に舗装された滑走路を使いたいというのがパイロットの本音だ。


『今のところ以上です』

「そうか、了解した。お前達も気をつけて帰れよ」

『ありがとうございます。半年間の任務お気をつけて。榎本もな』

「ありがとうございます、山瀬三佐」


 上空を一番機が、私達とは逆の方向へと飛んでいくのが見えた。一番機はこれから私達とは逆の行程をたどり、東南アジアの何箇所かの米軍基地で給油を受けながら、那覇基地、そして小牧基地へと戻る予定だ。



+++++



 それから数時間後、今度はアメリカ空軍のKC-135からの通信が入った。


『お初にお目にかかる、キャメル06。アメリカ空軍輸送隊のグラハム中佐だ』

『初めまして中佐。こちらは機長の緋村三佐だ。給油支援を感謝する』

『なんの。同盟国同士の協力は必要だからな』


「あの給油機はどこから飛んできてるんですか?」


 緋村三佐が相手の中佐と給油の為の打ち合わせを始めたところで、後ろの花山三佐に質問をする。


「ドイツのラムシュタインからだ」

「へえ。危険な中東上空を横断してくるなんて、ありがたいやら申し訳ないやら。でもうらやましいですね、あの機体なら、どこへ行くのもほぼ給油なしで飛べるんでしょ?」


 空自が調達予定にしているKC-767Jも、南米大陸を除けば給油せずにどこにでも飛んでいけるという話だった。このC-130輸送機には愛着もあるけれど、今から機種転換課程に志願するのが楽しみだ。


「そうだな。しかも、大抵の空軍機の給油ができるという話だから、うらやましい限りだ。ところで榎本、給油機をエスコートしているイーグル、お前の知り合いなんじゃないか?」


 三佐があごで前を示す。


 輸送機より少し高度を上げた位置で飛行しているKC-135、それを挟むように飛んでいる二機のうちの一機は、どこかで見たことのあるカラフルな迷彩色のイーグルだった。


「あ、たしかに。そういえば、お迎えに来るとか言ってましたよね?」


『グラハム中佐、機長同士の日米友好の挨拶が終わったんなら、俺も話して良いかな?』

『ああ、かまわんよ、少佐。誰としゃべりたいんだ?』

『もちろん、俺のロリポップちゃんに決まってるじゃないか。おーい、ロリポップちゃん、元気にしてたかあ?」


 この呑気な声は、間違いなくショットガンことマクファーソン少佐だ。


『ボーンズから聞いてますよ。迎えに来てやるから感謝しろって言われたって』

『相変わらず心がせまいよな、君のパートナーは』

『私からも一言申し上げておきたいです。私は〝貴方の〟ロリポップちゃんじゃありません』


 とたんに豪快な笑い声が響く。


『なんだよ、ボーンズと一緒になったら、君まで心がせまくなっちゃったのか? 悲しいなあ』

『なにをおっしゃっているんですか。マダムショットガンに言いつけますよ?』

『Oh......そんなつれないことを言わないでくれよ、ロリポップ。オジサン、悲しいじゃないか』


 私とショットガンがあれこれとやり取りをしている間に、KC-135のお尻からブームがの伸びてきた。私も後学のためにと、おしゃべりをしながら給油の様子を見守る。


『このエスコートが終わったらドイツに戻るんですか?』

『まあね。ただ、俺達は途中でベルのオッサンと別れて、本国に戻る予定になっている。久し振りの休暇なんだよ』


 オッサン言うなと、腹立たし気な声が途中で割り込んだ。


『なるほど。相変わらずお忙しそうでなにより』

『君が日本に戻るころにはまた日本の基地に行くと思うから、その時には挨拶に顔を出すよ。ボーンズにはそう伝えてくれ』

『わかりました』


 ブームが給油口に差し込まれると、燃料の残量を示すメーターがどんどん満タンの方へと戻っていく。そしてあっという間に給油が完了した。


『ありがとう、中佐』

『可愛いオネーチャンパイロットじゃなく、オッサンなのが申し訳ないけどな』


 グラハム中佐が返事をする前に、ショットガンが笑いながら言った。


『ショットガン、お前、大西洋で海のゴミになりたいか?』

『それだけはご勘弁を、中佐』

『ではキャメル06、またどこかの空で会おう。ロリポップちゃんもな』


 そう言い残すと、イーグルを引き連れた給油機は私達の機体から離れていった。最後の言葉に唖然あぜんとしてしまう。


「信じられない、他の人にまで広まっているなんて……!」


 やはり、ショットガンの奥さんであるマダムショットガンに言いつけなきゃ!

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