番外編

第一話 海外派遣

 自衛隊海外派遣。文字通り日本国外への派遣任務である。1991年に勃発した湾岸戦争でのペルシャ湾派遣を契機に、さらなる積極的な国際協力を求められるようになったために開始さたものである。



+++



 雄介ゆうすけさんが、休暇を利用して百里ひゃくりから小牧こまきに戻ってきたので、私達は久し振りに親子水入らずの時間をすごすことにした。ちょうど暖かくなってきたので、四人でピクニックに行こうと行き先を子供達に決めさせたら、小牧基地内の、飛行隊の航空機が並んでいるのが見える場所が良いと言い出した。


 もちろん休暇中でも、私達夫婦が自衛官であることには変わりはないので、基地内に入ることは問題ない。だけど久し振りなんだから、もう少し子供らしい場所に行きたいって普通は言わない?


「本当にここで良いの? パパもお休みだから、皆で水族館とか電車博物館とか行けるよ? 小松こまつのお爺ちゃんのところは無理だけど、岐阜ぎふのお爺ちゃんちとかは?」

「ここがいいのー」

「ユーエイチがいっぱいだから、ここがいいー!」


 というわけで今日のピクニックは、なぜか私の職場の敷地内。整備クルー達とも顔馴染になっている子供達は、皆と元気に挨拶をかわしている。ちなみにおチビさん達はさっきの言葉でも分かる通り、私が操縦桿を握っているC-130輸送機や、雄介さんが整備しているF-2戦闘機よりも、だんとつ、救難教育隊のUH-60Jがお気に入りだ。


「海外派遣の輸送任務?」

「そう。うちの輸送隊が、海賊対策関係で輸送任務についているのは知ってるでしょ? 次の輸送任務に行ってくれないかって」


 子供達がお弁当に夢中になっている間に、飛行隊の司令から出された内示の話を聞かせると、雄介さんの御機嫌がかたむいたのがわかった。


「派遣されるのはベテラン隊員だったはずだが」

「機長は大ベテランの緋村ひむら三佐だし、私だってC-130で十年飛んでいるのよ? もう私もベテランの一人なんだけど」


 雄介さんは、私が奈良ならの幹部候補生学校を卒業したのが、まだ昨日のことみたいに感じているらしい。だけどをあれからもう十年。自分で言うのもなんだけど、私は今や一尉に昇任してそれなりに偉いのだ……多分。


「それに海外は初めてじゃないし」

「あの時は災害派遣だったろ。それと今回の輸送任務とは、まったく違うものだろうが。ちはるにとって今回の任務は、初めてと言っても過言じゃない」

「でも飛行距離と飛行時間からしても、ベテランと呼ばれるだけの経験を積んでる。そこは、緋村三佐だって認めてくれてるんだから」


 たしかにこれ以前の中東派遣の時は、まだ経験が浅いということで居残り組になり、派遣された輸送機の穴埋め任務にはげんだ。だけど、それ以降の災害派遣では海外まで飛んだし、諸外国との演習にも参加しているのだ。


「新しく調達されたKCへの機種転換課程、受けると言ってなかったか?」

「それは、緋村三佐をお見送りしてからって言ったじゃない」


 緋村三佐は、来年度の六月付で退官することになっている。だから今回の海外派遣任務が、最後の大きな任務になる予定だ。今回の任務は三佐の最後のご奉公でもあり、その勲功くんこうは、6番機で長く飛び続けた三佐への、空自からのはなむけのようなものだった。


「小さい子だっているのに」

「陸海空それぞれ、小さいお子さんを残して任務についている人だっている」

「そのほとんどは男だろうが。ちはるは母親だろ?」

「派遣された隊員の中に、私と同じような人間がまったくいないわけじゃないのは、雄介さんだってわかってるでしょ?」

悠太ゆうた颯太そうた、どう思う?」


 おとなしく座って、タコさんウィンナーをほおばっている息子達に雄介さんが問い掛けた。


「ママ、海外派遣だとさ」

「僕たちお留守番? どのぐらい?」

「半年程度かな」

「ママにあえないのさびしい……」

「だよなあ」


 子供達を味方につけて、なにをしようとしているのやら。


 今なら、正式な命令ではなく内示だから辞退することも可能だ。それは司令からも言われていた。恐らく上も、私に小さい子供がいるということを考えて、前もって話を提示してきたのだろうし、私が辞退すれば、他の誰かが6番機の副機長としていくことになるだろう。だけどここで辞退したら、後に続く女性パイロット達の道をせばめることにもなりかねない。それに私としては、緋村三佐のコーパイの席を、訓練生以外の誰かに譲るつもりはなかった。


「でも、パパが一番寂しいんだよね」

「ぼくとおにいちゃんは、オジーチャンとオバーチャンんちで、ママがかえってくるまで、ちゃんとおるすばんできるよ。パパもできるよねー?」


 さすが我が息子達、パパの性格をよーくわかっていらっしゃる。


「どちらにしたって、私の仕事は拠点基地までの輸送任務なんだもの。海自みたいに、哨戒機で海賊がいる海域上空を二十四時間飛び続けるのとは違うんだから、そこまで心配することないと思うんだけど」

「それ、本気で言ってるわけじゃないよな?」


 私の言葉に、雄介さんの目つきが怖いものになった。普段は呑気な口調で冗談まじりに任務の話をするのに、今日はまったくその気配がない。


「本気なわけないじゃない」


 だけど、子供の前であまり怖いことも言えないでしょ?と目で抗議したら、どうやら理解したようで、少しだけ表情を和らげた。


「そりゃ、相手が武装しているのは承知しているし、上空を通過した輸送機めがけて、ロケットランチャーでぶっ放してきたって話は聞いているわよ。緋村三佐と私なら、その手のことが起きた場合、きちんと対処できるパイロットだと上が判断して声がかかったのなら、光栄なことだと思うんだけどな」


 それだけ、自分のパイロットとしての技能がかわれているとなれば、パイロットとしては誇りに思って当然でしょ?と言ったら、溜め息をつかれてしまった。もしかして飛行機馬鹿だと呆れられてる?


「なあに? そんなに私の腕が信用できないの? だったら一緒についてきて、後ろで荷物と一緒に座ってる?」


 私がそう言うと、雄介さんは顔をしかめた。


「そんなことできないのは百も承知だろうが」

「いやあどうかな。雄介さんのことだもの、無理を承知で上に捻じ込まないとも限らない。だからシレッと後ろに荷物と人員に紛れ込んで座っていたとしても、私は驚かない」


 その言葉に、今度は息子達が反応する。


「パパだけ一緒に行くなんてずるいよ!」

「ずるいずるい! パパもぼくたちとおるすばんなの! パパもいい子にしてなさい!」


 颯太が私の口調をまねて声をあげたのを聞いて、厳しい顔をしている雄介さんが表情をゆるめた。


「やれやれ。これはちはるの教育のたまものか? いつの間に言い含めたんだ」

「そんなわけないでしょ。子供達なりに、私達の仕事に関して理解してくれているのかもね。私だって、子供達と離れるのは寂しいんだから。なにも喜んで、三佐にホイホイついていくわけじゃないのよ?」

「どうだかねえ……」


 疑わしげな顔をしながら、悠太が差し出したアスパラを口に放り込み、微妙な笑みを浮かべている。


 信用してくれていないみたいだけど、私だって子供達と離れるのが寂しいのは本当だ。毎日あっちこっちの基地へと飛んだ後に、子供達の顔を見ると本当に癒される。私にとっては使命感以上に、子供達の存在が任務を遂行する原動力になっているのは間違いない。


「なによ。っていうか悠太、いまベーコンだけ食べてアスパラをパパに渡したよね? ママ、好き嫌いはダメだって言わなかった? 一週間緑色だらけの刑にするよ?」

「ごめんなさい……」


 そう言いながら悠太は、アスパラベーコンをフォークに刺して自分の口に入れた。こういうところがまだまだ子供だから、離れている間にお爺ちゃんとお婆ちゃんが甘やかさないか心配だ。とは言っても、うちの父親は自衛官だし、母親はその自衛官を尻に敷く外科医だから、大丈夫だとは思うけど。


「なんだ悠太、俺にベーコンを食べさせてくれないなんてひどいな、肉も食わせてくれ」

「はい、これ」


 もう一つアスパラベーコンをフォークにさすと、雄介さんに差し出した。


「いやしかし、このアスパラはなんでこんなに太いんだ? 育ちすぎだろ」

「そういう種類なの。太いわりには生で食べられるぐらい柔らかいから、悠太でも大丈夫だと思ったんだけどな」

「悠太にとっては、アスパラはアスパラだっというわけか」


 好き嫌いはほどほどになと、笑いながら息子の頭をグリグリとなでる。それからなぜか溜め息をついた。


「まあ、俺がダメだと言っても行くつもりでいるんだろ? だったらそうだな、それなりの対価を払ってもらおうか」


 雄介さんは自分お手製ハンバーガーを食べながら、思案顔で呟いた。


「対価? 任務につくのに対価なんて必要あるの?」

「自衛官の俺はともかく、子供達が寂しい思いをするのは事実だろ?」

「それはそうだけど……」


 そこは反論できない。雄介さんが近くにいれば話はまた違ってくるんだろうけど、今は自宅から遠く離れた百里基地勤務だ。お互いの休みを子供達の生活パターンに合わせて、可能な限り一緒にすごす時間を作ってはいたけど、遠距離結婚生活で両親がそろわず、子供達に寂しい思いをさせているのは事実だった。


「だからその対価だ。そうだなあ……。悠太、颯太、前に話してただろ? なにか欲しいものはないかって。あれをママにねだる、絶好のチャンスだと思うぞ。ここはチャンスを逃さずロックオンでキルコールだ」

「えええ、なんなの?」


 ロックオンやらキルコールだなんてなにやら不穏な空気。悠太も颯太も、雄介さんの言葉にニパッと笑ってロックオンロックオンと喜んでいる。


「ねえ、なんなの? なにが欲しいの? ママでも手に入れられるもの?」


 まさか、米軍のなんとかって戦闘機を見たいとか、横須賀に帰港した空母に乗せろとかじゃないわよね? まさか現地のおみやげ?


「その点では大丈夫だと思うぞ。ほら、二人ともなにが欲しいって言ってたんだっけな?」


 悠太が目をキラキラさせながら、私のことを見上げる。


「あのね、僕たちね、妹がほしい!」

「妹?!」

「うん、いもうとー! よしくんちにうまれたよ、いもうとー! だから、ぼくたちもいもうとほしい」


 予想だにしなかったものをおねだりされて、呆然としてしまう。妹? 妹ってあの妹よね?


「それって、ペンギンのぬいぐるみとか猫ちゃんのぬいぐるみってことじゃないのよね?」

「にんげんだよー!」

「ぼくたちのいもうとだもん!」


 二人は嬉しそうにそう言った。


「大変なことになったな、ちはる。帰ってきたら二人して頑張らないと」

「そんな女の子を間違いなく産むなんて、無理でしょ!」

「俺を誰だと思ってるんだ。元アグレッサーだぞ?」

「それ関係あるの?! それに、本当に妹って二人の欲しいものなの?」


 なんだか怪しくない?と悠太と颯太の顔を見つめる。……ダメだ、この無邪気にキラキラしたおめめは、間違いなく本気だ。残念ながら雄介さんの陰謀じゃないみたい。


「なんだよ。もしかして俺が、二人に言わせてるのかと思ったのか?」

「思ってた」


 なぜか私、帰国したら早々に大変な目に遭わされそうな気がしてきた。機種転換課程、無事に受けられるだろうか……?



■補足■


※実際に小牧基地のC-130輸送機が長期間任務に就いたのはイラク派遣の時で、海賊対策部隊の派遣では長期任務には就いていません。

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