風間君の結婚と……?

「ふぁあああ?!」

「どうした、ちはる」


 家をあけている間にたまっていた郵便物を、テーブルの上に広げて仕分けをしていたら、とんでもないものを見つけてしまった。


「見て、これ見て!!」


 私の声に怪訝けげんな顔をしてこっちを見ている雄介ゆうすけさんに見えるように、手にした封筒を突き出す。普通の封筒とはちょっと違う、おしゃれな浮き出しデザインがほどこされた、封筒に金箔の封緘ふうかん。この手の封筒には見覚えがあった。一年ほど前に、私達が親戚やお知り合いの面々に出した結婚式の招待状だ。


「なんだか見覚えのあるような封筒だよな」

「だよねだよね! しかも送り主、誰だと思う?」

「ちはるがそんな顔をして驚いて、俺が知ってるやつ?」


 雄介さんはしばらく考えてからニヤッと笑った。


「ってことは一人しかいないよな。風間かざまか」

「当たり!! しかも連名で出してきた子も私と同期の女子!」

「たしかちはると同期の女性パイロットは三人いるんだよな? ……待て、なんとなくわかったぞ、美保みほに配属になった、あの元気な子なんじゃないのか?」

「そっちも当たり~!」


 風間君と松門まつかどちゃんが結婚するだなんてビックリだ。私達の結婚式の時に会った時は、そんな気配なんてまったくなかったのに。ああでも、私達は小牧こまき美保みほ築城ついきと離れてしまっていたから、わからなくても当然なのかな。


「水くさいなあ松門ちゃん。電話で話すことが何度もあったんだから、進展中なら教えてくれれば良かったのに」


 そうぼやいたとたんに電話が鳴った。このタイミングの良さ。もしかして、もしかする?


「はい、あま、じゃなくて、榎本えのもとです」


 急いで受話器をとった。榎本姓なってからすでに一年。まだ天音あまね気分が抜けなくて、時々こんなふうに言い間違えてしまう。それを聞くたびに雄介さんは、少しだけ面白くなさそうな顔をしてから苦笑いをしていた。今も、やれやれいつになったら慣れるんだ?ってつぶやきながら呆れた顔をしているし。


『まだ言い慣れないの? そんなんじゃ旦那さんが泣いちゃうよ?』


 電話のぬしは、やっぱり松門ちゃんだった。


「松門ちゃんー! 届いたよ、招待状! ビックリしたよ! まさか風間君と松門ちゃんが結婚することになるなんて! そんな話、今まで全然出てなかったじゃない?!」

『だよねえ、私もびっくりだよ~~』


 電話の向こうで松門ちゃんが呑気に笑った。そんな彼女の様子にもしかして?とひらめく。


「まさか、できちゃった婚とかじゃないよね……?」

『まさかまさか! あの真面目な風間君が、そこんところを間違えると思う?』

「え、でもさ、ついうっかりってこともあるじゃない?」

『それはないない。私達同期の中で一番最初にパパママになるのは、ちはるだって決まってるから心配しないで』

「べつに競争してるわけじゃないじゃん」


 松門ちゃんの言葉に抗議しながらあれ?と考えた。私、今月、生理きたかな……? あれ?


『どうした? あ、もしかして三佐が帰ってきてた? ごめん、せっかくの夫婦水入らずのところを邪魔しちゃったかな』

「ううん、それは大丈夫。録画しておいた映画を観ようとしていて、私のことなんて忘れてるから」

「なに言ってるんだ、ちはる。一緒に観るって言ってただろ」


 雄介さんの声が聞こえたのか、松門ちゃんが笑った。


『聞こえた聞こえた、すぐに切るから』

「大丈夫だって」

『だって邪魔した仕返しに、風間君にアグレッサーをけしかけられたら困るじゃない。三佐のことだから、絶対に私じゃなくて風間君に仕返しするよね』

「あはは、それはありえるかも」


 岐阜ぎふ基地に転属になって、教導隊のパイロットではなくなってしまった雄介さんだったけれど、たまに教導隊にいる後輩パイロットさん達と、連絡を取り合っているのは耳にしていた。なにを話しているのかまではわからないけれど、同じ隊の中でつちかってきたきずなはいまだに健在らしい。


「式には絶対に出席するからね」

『うん。まあ、お互いに仕事が仕事だからどうなるかはわからないけど、できるだけ皆が参加できるような日にちにしたつもり。あくまでも普通に結婚式と披露宴にするつもりだから、変な余興はなしでね。そこは風間君にも念押ししてあるから』


 放っておいたら悪ノリしそうだしと、松門ちゃんが笑う。


「楽しみにしてる。なにか手伝えることがあったら遠慮なく言って。遠方だけど、可能なかぎりお手伝いはするから」

『うん。その時はよろしくね。じゃあ、またこっちに寄ったら声かけて。私も小牧に寄ることがあったら、声をかけるから』

「その時には風間君とどうしてこうなったかって話、ちゃんと聞かせてね」

『わかってる。風間君からしたら本当に〝どうしてこうなった?!〟みたいな気分らしいよ。じゃあ、三佐にお邪魔して申し訳ありませんでしたって言っておいて。風間君にとばっちりがきたら困るから』


 電話を切ってリビングに戻ると、雄介さんが飲み物とおやつの準備をしていた。その様子からして、しっかり腰をすえて録画した映画を観る気満々の様子だ。


「松門ちゃんだった。お邪魔してすみませんでした、だって」

「あの子だったら仕方がないな、特別に勘弁かんべんしてやろう」

「風間君だったら?」

「そりゃコブラの餌食えじきだろ」

「やっぱり」


 笑いながらグラスをテレビの前に運びながら、さっき気になったことを再び考えた。そして壁にかけられたカレンダーを見つめる。


「どうした? 日程的に問題でも?」

「ううん。それはないと思う。まあ私達の仕事は、予定は未定みたいなところはあるけど……」


 あれ? やっぱりまだ来てない……先月はいつだったかな。そのあたりの私達の予定ってどうだったかな。新婚旅行はとっくに終わっていたし、海外への遠征はなかったし、航空祭に参加したのはいつだった……? 雄介さんの休暇と私の休暇は……?。


「ちはる、突っ立ってないで早く座れ」

「うん? ……うん、それでどれから観るの? スパイもの? それともアクションもの?」


 雄介さんの隣に座って、メモ書きにしておいた録画した映画リストをのぞき込んだ。


「ちはる」

「なに?」

「なにか話したいことでもあるんじゃないのか?」

「ん? ああ、松門ちゃん達の披露宴では、自衛隊的余興はなしだって」

「そうじゃなくて、俺達のことでだ」


 雄介さんは、私が手に持っていたメモ書きを取り上げると、体をこちらに向ける。


「……さっきね、松門ちゃん達があまりに急な結婚だから、できちゃった婚じゃ?って心配になった時に気がついたんだけど……」

「気がついたんだけど?」

「うーんと……そのう、遅れてるなあって……」

「なにが?」

「だからー……」


 こういうのって言いにくいなあと思いながら、あっこちっちに視線をさまよわせた。できることなら、はっきりしてから言いたかったんだけど、雄介さんはしっかり聞く態勢に入っちゃっているから、どう考えてもはぐらかすのは無理っぽい。ここは勇気を出して言うに限るかな。


「毎月のね、来るべきものが今月は来てないなあって」

「来るべきものって……ああ、女性特有の?」

「うん。それが二週間ほど遅れてる」

「ってことはあれか?」


 雄介さんが私のお腹に触れた。


「もしかしたら?」

「もしかするかも」


 雄介さんは嬉しそうな顔をした後に、真面目な表情に戻って私のことを見つめる。


「ちはる、妊娠がわかった時点でしばらくは飛べなくなることは、わかってるな?」

「うん、それは大丈夫。緋村ひむら三佐ともちゃんと話し合ったから。そのあいだは、地上で輸送機訓練課程を受ける訓練生のサポートをすることになってる」

「そうか。三佐が機長で良かったな」

「だよね」


 女性隊員が少ないこともあってか、そういう面でのサポート体制がまだきちんとできあがっておらず、結婚や妊娠を機に辞めてしまう隊員が圧倒的に多いというのが現状だった。緋村三佐としては、育てたパイロットが早々に職を離れるのはけしからんという気持ちがあるようで、私が三佐のコーパイをつとめている間は、クルー全員でフォローするから心配するなと、前もって宣言してくれていたのだ。


「私が前例になって、出産して育児しながらでも、飛び続けることができるような体制ができると良いんだけどな」

「何もかもが試行錯誤しこうさくごだな。当然のことながら風当たりも強くなるかもしれんが、大丈夫か?」

「何事にも最初の一歩があるでしょ? 後に続く子達のことを考えたら平気。それに私も緋村三佐も、黙って言われっぱなしな性格じゃないし」


 ニヤッと笑ってみせたら、雄介さんが愉快そうに笑う。


「それに忘れているかもしれないけど、伯父さんもいるんだからね。なにかあったら、美保から何機か引き連れて怒鳴りに乗り込んでくると思うよ?」

「それが一番怖いかもな。だがなによりも、緋村三佐が理解のある上官で良かった」

「それ、本人の前で言ってあげて。最近は機長の俺のことをうやまわないヤツが多くてけしからんって、愚痴ってるから」

「じゃあそのうち挨拶に出向くよ。しばらくは妻子共々世話になるわけだしな」


 そう言ってから雄介さんはもう一度、嬉しそうに私のお腹に触れた。

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