いつでもFACE TO FACE
@itudemo
第1話 放課後になったら
「あーあ、あぁーあーあ。」
昼休みは終わりに差し掛かっていた頃、教室で長井が、そんな溜息を漏らしていた。
「次は…、担任の国語か。昼明けの授業はせめて、道徳か体育だったらいいのに。」
午後の授業開始のチャイムが鳴ったと同時に、ツカツカと担任がやって来ると隣りの席の中崎が、だらけ切った長井の肩を揺すった。
「おい、来たぞ。おいったら!」
「授業を始める前に、諸君に言っておきたい事がある。二学期も後三日で終わってしまって、それから楽しい冬休みに入る。なーんて事は、誰でも分かっていると思うんだけど…。所が!高校受験を控えた君達には、そうは行かないんだなぁ、これが。」
「皮肉かよ全く…。」
中崎の斜め後ろに座っている新山が、小声で言った。ちなみに彼の席は一番後ろでドアにも一番近く、休み時間のチャイムが鳴ると、誰よりも早く教室を出て行く事ができた。
長井と中崎、そして新山は共にラグビー部に所属していた。その上、教室の席は三人揃って後ろで綺麗に固まっている為、どの先生からも、いつも要注意の対象だった。長井が後ろに手を伸ばして、ペンで新山を突付いた。
「なぁっ!あんな事を先生は言っているけれど、就職する俺達には関係ないよな?」
それに答えたのは担任で、ちなみに北山といい、長井達の所属する部の監督でもあった。
「関係なく何かないぞ。」
「すんげぇ地獄耳だな先生!」
小声で喋っていたつもりが、すっかり漏れていた事に長井は驚いていた。普段から目を光らせていたので、聞く耳を立てられていた。
「そんな大きな声で喋っていたら誰だって聞こえるだろうが!とにかく!長井達に限らず、みんなダラけ過ぎだ。高校受験は目の前なんだからな!」
三人の内、誰が一番騒いでいようとも、どの先生も『また長井達が!?』と表現した。間違っても『中崎達』とか『新山達』とは言わない、それだけ要注意対象の存在だった。
「お前、このまま卒業迄『キングオブビリ』を守り続けるのか?」
「あぁー、守りたいッスねー。どうせ卒業したら、勉強なんて必要無いんだし。」
そんな開き直る態度には、まさに『バカに付けるクスリは無い』という言葉が、これ以上ない程、ピッタリと当てはまった。『キングオブビリ』と言うのは、勿論クラスの成績の事だが、長井は学年全体でも最下位だった。いや、もしかして一番成績の良くない、一年生よりも悪いかも知れない。北山の話しは続き、それは長井個人に向けられたものだった。
「本当にそうかな?もし先生が、どこかの会社の社長なら『ハイ私はビリです』なんて平然と言っているヤツは絶対に採らない。だから、今の内に勉強しておけって言っているんだよ。」
その言葉の意味を長井は、よく理解しようとはしなかった。しかし担任の言う、世の中のルールみたいなものには、何も言い返す事ができなかった。
「新山、お前、定時制を受けるんだったよな。先生が大事な話しをしている時に、よそ見している様なヤツを、一体どこの企業が採用してくれるんだ?」
「いや、俺は何も…。」
ペンで突付かれただけだったのに、長井のチョッカイのせいで飛んだ、とばっちりを受けてしまった。そんな新山は、恵まれた大きな体型もあって運動神経は良く、気も優しい真面目な性格だった。
勉強は苦手で授業には全くと言っていい程、ついて行けていない。その為、意味も分からないまま、せめてノートだけは綺麗に執っていた。努力だけが報われてかクラスの成績は、いつもビリから二位を保っている、とは言っても実質は学年でブービーだった。
ちなみに『キングオブビリ』の長井でも、こよなく愛している授業があり、体育と道徳だった。果たして『道徳』が通信表を揺るがす程の授業だろうか、と言えば否定できないが体育に関しては、新山も同様に成績は良かった。だから学年では誰にも負けないくらい、運動神経はいい。
国語で始まり、英語で終わる重要な五教科の成績の悪さを、この二人は体育で補っていると言っても過言ではなかった。長井は勉学には一切の努力をしないので、勉強から逃れる目的で中学を卒業したら、働けばいいと安易な気持ちを抱いていた。
新山の方は、学力は良くないが努力家ではあるので、働きながら学校に行きたいと考えていた。彼は長井と違って、中卒で働く事の大変さをよく知っていた。
中崎はクラスの成績を、そこそこで保ってはいるが、それ以上の努力はしない為、高校は定員割れしそうな学校や学科を探していた。そんなヒマがあったら、素直に勉強すればいいのだが、あくまでも目先の事しか考えていなかった。先生達は、ちょっとレベルの高い学校を薦めたりしているが、一向に聞き入れ様とはしないのである。
そんな悪友と行動を共にしている新山は、常に周りから、その二人と同化して見られがちだった。どんなに真面目な性格も、長井と中崎と一緒にいるというだけで、打ち消されていた。成績面もあり、先生達からの厳しい視線や評価は、そう二人と変わらなかった。
やっと授業が終わり放課後になると、これから三人が真っ先に向かうのは、部室だった。この時期の三年生といったら大概は、さっさと帰って受験勉強というのが筋なのだが、彼等の場合は違う。
働こうとしている長井にとっては、受験勉強は縁が無い。新山は勉強はしたいが運動が好きなので、部活動を捨て切れないでいた。そして中崎は、ちょっと頑張りさえすれば、もっと学力は伸びる素質を持っていながら、現状に甘んじていた。そんな三人なので大事な時期に差し掛かって迄、部活動に携わり続けても、それは大した問題ではなかった。
この部の三年生は最初から、この三人しかいなかった腐れ縁のせいか、彼等には部に対して、とても強い愛着心があった。『なぁ長井?』と部室に向かう途中、新山は言った。
「そろそろ俺達、勉強に入った方がいいと思うんだよ。」
「えっ?何を言い出すの急に?」
すると茶々を入れる様に、中崎が言った。
「おい、まさか…。さっき先生が言ってた事、気にしているのか?第一、今から勉強を始めてどうするんだよ?」
「どうするって、勉強しなきゃ高校、受からないじゃないか。」
「何言ってんの?お前、定時制希望だろう?大丈夫だって、一次試験で受けるんだから。勉強なんかしなくったって、間違いなく合格するって。」
中崎は、完璧に世の中をナメていたと言うよりは、何でも軽く考えてしまっているんだと新山は思い、長井に振り返って言った。
「いつ迄も俺より成績が下で口惜しいと思うだろう?だから冬休みから、お互い勉強を始めないか?そうだ、三人で一緒にやれば楽しくやれる。いい手だと思わないか?」
「俺はやらない。」
「俺も。」
長井は何の迷いも無く断ると、そう中崎も言い捨てた。
「合格してから勉強すればいいじゃないか?その為に入る高校だろう?この先、どうせ働くんだし成績がビリでも構わない。」
「本気で言っているのかよ!俺に勝とうとは思わないのか?」
それにカチンと来た長井は、ちょうど部室に着いた所でカバンを机に叩き付けると、怒鳴り口調で言った。
「言っておくけど、どっちかって言えば俺は、お前よりはアタマがいいんだよ!ビリから二位でいられるのは、授業さっぱり分かんねぇクセに、ノートばっかり綺麗に執っているからじゃないか!それで先生の評価が俺より、ちょっとばかりいいからって、いい気になってんじゃねぇよ!」
「俺が一番気にしてる事を、よくもーッ!」
新山もカチンと来て掴み掛かった事から、取っ組み合いが始まった。
「おい、やめろったら。やめろ!おいみんな、ボサッとしてないで手伝ってくれ!」
中崎が、その場に部室にいた部員達に呼び掛けて、二人を引き離そうとした。しかし事の発端が余りにもバカバカしかったので、ケンカを仲裁する事よりも、彼は笑いをこらえる方が必死だった。
そして大晦日の夜、顧問の北山が住む、かなり年季の入ったアパートで、三年生の追い出しコンパが開かれていた。名目上は各保護者に、そう言って生徒を預かってはいるが、実際は『酒が無いだけの忘年会』だった。時計は、夜の十一時を過ぎ様としていた。
「先生、そろそろ御開きにした方がいいんじゃないかと…。一年生、みんな眠っちゃっているし。」
二年生の仲里が訴えたが、こんな時間に帰る方が危ないから泊まって行けと却下された。
「そうだ、今出歩いたら絶対、補導される。せっかくのコンパなんだから、楽しく騒いで明日の朝、帰ればいいんだよ。」
先生の後に続けとばかりに長井は、調子に乗って言うと仲里は、掛けていたメガネを拭きながら、慌しく語り出すのだった。
「果たしていいんだろうか?中学生が、ましてや受験を控えた先輩達が、こうして先生の家でドンチャン騒ぎをしている…。」
「だから俺は高校受験はしないんだって!」
長井は、あっさりと言い捨てた。
「親は心配している。先生、冬休みの心得にも書いてあるじゃないか。あっ!家に電話しないと…。」
心配する仲里に、北山は言った。
「大丈夫、大丈夫。みんなの親には『今晩は泊まらせます』って言ってあるから。」
『そんな勝手に?』と中崎が言った。
「あっ、冬休みの心得か?あれ書いたの俺なんだ、ハッハッハ!」
『そんなふざけた事が果たして許されるのだろうか?』と思った仲里だが、もう喋る気力が失せてしまった。タタミ六畳に男十数人が朝迄、過ごすというのは何とも、冬とは思えない程に暑苦しい。ただでさえ眠れる訳がないし、隣りの部屋には響かないのかと生真面目な彼は、色々な心配を駆け巡らせていた。
それは無用で、このアパートは毎年、今の時期になると殆どの世帯が里帰りし、気味が悪いぐらい人気が無くなるのだった。北山は、聞いた話しでは実家と絶縁状態で『二度と来るな!』と言われているらしく、ここ何年も帰っていなかった。独身でもあり、どこにも行くあてのない寂しさから、こうやって毎年、教え子達を引っ張り込んでいた。
長井達三人も去年おととしと、大晦日は毎年、同じ目に遭わされていたので、年の変わり目を自宅で過ごした記憶が無い。嫌々付き合わされている内に、もう三年目にもなると『楽しい行事』に摩り替わってしまっていた。
時計の針が年をまたいだ頃、いつの間にか全員、眠っていた。朝になり部員達は、それぞれの家路に向かったが、長井達三人は帰る方向が違うのに、何故か同じ道を歩いていた。
「俺さぁ、私立を受けようかと思うんだ。」
中崎がボソッと言った一言に、二人は『えぇーっ!?』と声を揃えて驚いた。公立には行かないのか、それともどこか、いい志望校でも見つかったのかと新山が聞いた。
「聖ドレミ学園って、受けようかと…。」
「あぁ、確か今年の四月から共学になるんだっけ。なるほど中々いい所を…、えっ?」
「お前、いちいち大げさなんだよ!」
驚く新山に、中崎は言い返した。それにしても何を理由に、そんな曰く付きの学校を受ける気になったのかと、疑うのは当然で実に、いい加減な理由からだった。
月に一度の模擬試験で、志望校を記入する欄があり、いつも『聖ドレミ学園』で書いていた。男子での志望者は他にいない為『あなたは何人中の何番目です』という成績順位の結果は毎回、決まって一位だった。勿論、男子の部での話しなので、せっかく来年から共学になるというのに、誰も入らないのでは勿体無いと考える様になった。
「それって、単にラクをしたいとか、女のコに囲まれていたいとか、そう言いたいだけなんじゃないのか?」
長井は言ったが、それだけの事が理由だと聞かされると、ただ呆れるばかりだった。
「ダメだ!第一、動機が不純じゃないか。」
新山にも言われたが、それでも彼は何で自分が今、責められているのかが分からないでいた。そこそこ成績はいいのに、こういう軽率でウカレた所が、つくづくバカだと二人は呟いた。彼にとっての高校受験とは一体、何々だろうと考える内、進学とは無縁だった長井の脳裏に、ある考えが芽生えていた。
「しかし、寒いなぁ。」
新山が言った通り、元旦の早朝が寒くない訳がない。しかも三人が歩いているのは三六〇度、見渡す限りの田んぼの真ん中を走る一本道の為、寒い風を遮る物が何一つ無かった。
こうして三人で話したり、仲良くクラブ活動をする機会は、もうすぐ無くなってしまい、春が来れば嫌でもバラバラになってしまうのだった。そう思った長井は、小学校時代に迄、さかのぼった話しを始めた。
「なぁ、どうして俺がラグビーを始め様と思ったか覚えてる?」
「覚えているよ。ボールの投げ過ぎで肩を壊したからだろう?」
新山が答えると、中崎も思い出して言った。
「そうだ、よく変化球を投げていたんだ!」
小学校の六年生迄、長井はリトルリーグで、全国大会出場を目指していたエースだった。しかし、大した事は無いと思っていた肩の不調を、放置していた事が致命的となり、ピッチャーとしての選手生命を絶たれてしまった。
当時は変化球を教えられて、連戦連勝で調子に乗って投げまくっていた。その内、肩に異常を感じたのだが、戦線から離れたくない一心から、構わず投げ続けた。脚光を浴びて勝ち続けていた事が、面白くてしょうがなかったからなのかも知れない。当時を思い出すと、何とも言えない苦笑いが零れ出したが、こう新山は言った。
「でも、その監督はヒドイ奴だ。何も知らない小学生に、変化球を仕込むなんて。」
当時の自分は、変化球は肩を壊し易いという事実を知らなかった。肩の不調も『投げ疲れ』程度にしか感じなかったが実際は、ケガだとは認識したくなかった自分がいた。それに加えて、チームが勝つだけの目的の為に、いい様に使われてしまっていた。おだてられて投げ続けていたものは『魔球』でも何でもなく、成長過程の小学生には無理な投げ方に過ぎない、悪魔のボールに近いものだった。
もう、これ以上は投げられないという限界に気が付いた時、グローブを捨てた。その直後に、テレビから流れていた高校ラグビーが、偶然目に入った。それに奮い立つものを感じたのが、今の自分の始まりだった。
その試合は毎年、下馬評にも挙がらなかった地元の高校が、全国大会で準決勝を迎えた一戦だった。同点のまま試合終了のホイッスルが鳴ったが、トライ数が相手より下回った為、負けてしまったのである。
もし、そのチームが順当な勝ち上がりを見せていたなら、別に何も感じなかったかも知れない。元々、決して強い訳ではない高校が、諦めずに接戦に持って行った試合運びが、目標を失った自分の胸を打ったのだった。
そこで学校に、中学一年生にしてラグビー部設立を訴えたが、念願を叶える為には、自分で部員を集めなければならなかった。困難な条件が立ちはだかり、肝心のメンバーは思う様には集まらなかった。入部したのは結局、当初は柔道部に入りかけた新山と、帰宅部同然に囲碁将棋部に在籍していたのを、強引に引っ張った中崎だけだった。
さすがに、それ以上は集められず部の設立は、大きな壁にブチ当たったかに思えたが、ある予想外の事態が起こった。とある三人の女子がマネージャーとして、入部したいと申し出て来て、規定では最低五人の部員が確保できれば、新しく部が設立できる事になっていた。とはいえ試合どころか、練習の形にもならない少なさから言って当然、釣り合う部員数ではなかった。
たった数人ながら一応、部としては認められる事になり、部長は言い出しっぺの長井になった。副部長は、その部長が勝手に推薦した新山、そしてヒラ部員は中崎ただ一人という、構成は非常に寂しいものだった。もはや部員の頭数より、役員やマネージャーの数の方が、はるかに上回っていたのである。
しかも部をスタートさせるには、もっと大きな問題があり、肝心の教えてくれる顧問がいない事だった。そんな中で長井は、北山という教員が大学時代、少しばかりラグビーをやっていたとの過去に目を付けた。そこで監督になって貰う様に直訴したのだが、学生時代に在籍していただけで、試合に出た経験が無かった為、頼まれた本人は困惑していた。だが、他に引き受けられそうな教員はいなく、学校が部の存続を認めている以上、引き受ける流れになってしまった。
長井にとっては幸運な事だが、本人にとっては自分の経歴が祟った、いい迷惑な話しだった。毎年、嫌がる部員達を呼び込んで忘年会を開いているのは、そんなウサを晴らす事が目的でもあった。翌年からは、サッカー部や野球部に入りたがる新入生を、無理矢理ヘッドハンティングしまくった。仲里という後輩も、それで入った内の一人だった。
『今なら誰でもレギュラーになれる!』
校内からは見放されている部であるからこそ、そう謳っては、ニューフェースに目を付けるという手段は、非常に効率のいいものだった。その甲斐あって、今でこそ後輩達の入部で、それなりのメンツが揃ってはいるが、設立当時は散々なスタートを切っていた。
「色々あったな、この三年間。」
「いや、ホント。」
新山と中崎が言った。全てはゼロからの出発だったが、それも今、後輩達に託す事で終わろうとしている。これからは、お互いバラバラになり、それぞれの出発を迎えるが本当は、このまま終わりたくはないと思っていた。
そういった、困難に立ち向かって行った今迄の経験を、中崎には思い出してほしかった。未だに彼は理解していないままで、その志望校にしても、自分の進路を真面目に考えての事ではない筈だった。とは言っても、高校には行かないと決めている自分には、周りをどうこう言える立場にはない。
元々、本当にゼロからの出発だったのだから本人も、またゼロから何かを始めたいと思っているに違いない。だから、温かい目で応援して上げ様とも思った。この後、新学期を迎えた長井達は、いい加減、部に顔を出す事はなくなった。それは後輩達にとってみれば、これ以上、喜ばずにはいられない事だった。
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