子だくさん そして彼らも成長しつつある
自分が恨む、自分の体に流れる魔族の血と魔族の体質、性質。
それらが次第に自分を支配しつつある。
ギュールスは自身の中にある未知の展開にそんな恐れを抱く。
しかしそれを食い止めるため、そして何よりもそんな彼を支えるため、常に寄り添う異なる種族の女性二人の姿があった。
世界を恐怖で揺るがす魔族と、それを討つためだけに現れるその三人。
神出鬼没という言葉がある。ギュールス達には当てはまるだろうが、彼ら三人の前に現れる魔族にはこの言葉は当てはまらない。
突然現れては間もなくその三人によって倒されるからだ。
その三人も、役目を終えた後突然消えるということはない。
自分の足でその場から立ち去るからだ。だがその様子を目撃されることはない。
その現場に誰かが来るのは、必ず魔族が倒れた後なのだから。
三人一緒に動いていた彼ら。
しかしある日を境に二人だけになる。
「ロワーナが先かぁ。まぁ長い付き合いだもんね。でもおめでとう」
「ありがとう。でもなんかごめんね、ミラノス。ギュールスは動かないわけにいかないし、一人でいろいろさせちゃって」
ロワーナのお腹に、三人が待っていた新たな命が宿ったのである。
子供が生まれるまで、そして生まれてからも、しばらくはギュールスに同行は出来ない。
「気にしないで。それよりこの仮住まいなら、出産と育児には宿よりは環境悪くないし、誰からも変な目で見られることはないから安心よね。この場所に家建てようってギュールスも言ってたし」
森林火事が起きて以来、その爪痕が刻み込まれたままの、ギュールスを育ててくれたノームの森の土地。
そしてギュールスの母親が彼の命を宿した忌まわしい場所でもある。
「ここだけは避けると思ってたんだけどね」
事情を知れば、そう思うのはロワーナだけではないだろう。
しかしミラノスはそんなギュールスに理解を示す。
「いい思い出に塗り替えようってことじゃないかな。それに忘れられない場所なら、ここにロワーナがいることをすっかり忘れるなんてこともないだろうし」
「え? いくらなんでもそれはひどい……。いや、昔の彼なら絶対考えてたかも。ひどい男―」
二人は顔を見合わせ、ギュールスの妄想で笑い話を作る。
「……なんかひどい会話が聞こえたような気がするが……。また出かける。ライザラールを中心とするここの反対の位置。ちょっと間が開いて二回現れそうだ。……ロワーナ、ここで……待って、くれるか?」
ギュールスが、二人がいる部屋に顔を出す。
魔族が現れる予兆を感じ取ったらしい。
この仮住まいはオワサワール皇国内にある。誰も復興を考えない、すっかり人気のない場所に変わってしまった元森林は、何かが起こって助けを呼ぼうとしても、その声は誰の耳にも届かない場所である。
「心配ないよ。ギュールスだって私だって瞬間移動は出来るんだし、それにこれがあるからね」
ロワーナが指を差したのは、金髪の長髪に付けられている髪飾り。
ギュールスからの贈り物なので、ロワーナの私物の一つでもある。
王宮を出るときに持ってくる理由がある、彼女の数少ない私物の一つ。
「あ、それ私にも作ってもらった方が便利かな。どこにいるとか何しているとかのやり取りが便利だし」
うらやましい思いではなく、必要な物を用意してもらいたい要望を提案するように、ミラノスはギュールスに願い出る。
これから行われるであろう二回の討伐の後に作る約束をして、やや長めの外出をロワーナに告げて、ミラノスと共に仮住まいを出た。
ロワーナは穏やかな気持ちで二人を見送る。
ギュールスのことを信用しているのは確かだが、その通信機能を持つ髪飾りもあるからこそ。
そしておそらく、母親を失い家族を失った悲しさを知っている彼は決して自分達を離すことはないと確信している。
ギュールスも、三人で生活するようになってから初めて、鋭い顔つきを二人に見せる。
二人に笑顔を見せることもあるが、不安だったり苦悩を持っているような表情も混ざっていたり、そんな思いのみが心の中に占めることが多かった。
しかしロワーナのお腹に赤ちゃんが出来てからは、そんな思いは次第に薄れていく。
自ずと彼の表情は引き締まっていくことが多くなり、その様子が、彼が頼りになる存在である思いを二人は強めていく。
そんな日々を繰り返していく中で、新たな命の誕生と子育てを、二人はそれぞれ経験する。
ロワーナは双子を二度、ミラノスは一度目は三つ子、二度目は一人の赤ちゃんを産んだ。
内訳は、男女、そして色濃く受け継いだ母親と父親の系統ともに四人ずつであった。
八人の子供達に物心がつく頃になると二人の母親は、父親のギュールスとどんな出会いをしたか、父親はどんな思いを持ちながら、どんな生活を送ってきたかを話して聞かせた。
そして母親から教養と学問を教わり、父親からは術と知識を学ぶ。
自ら進んで世界から隔離された環境に身を置く生活を子供達に強いているわけだが、子供達は特に拒絶することなく、両親の生活を受け入れた。
子供たち八人は、『混族』という言葉への偏見も何もなく、ともに仲良く、心身ともに健やかに成長していき、魔力体力の成長で一定の高さを見せるようになると、自ら進んで父親の宿命を知り、怯えながらも心配しつつ、ギュールスの手伝いをするようなる。
「しかし父さん、すごいよなー」
「何が? ロールス」
「だってどこに出てくるか分からない魔族の出現場所と時期をほとんど外さないんだもん。ユンナ姉さん、出来ないだろ? ミラーユ、ミルール、お前らはどうよ?」
この二人はロワーナの最初の双子である。
子供たち八人は全員、ギュールスに連れられて魔族討伐を手伝えるような年齢になった。
一番上のユンナはシルフ族の傾向が強く、双子の弟の長男であるロールスは青い肌。
そして今、父親に率いられてこの二人と一緒に行動しているのはミラノスの子供、三つ子の一番上でギュールスにとっては次男になる、母親の竜人族系が強いミラーユと、八人の子供達の末っ子で四女、青い肌のミルール。
「俺は出現する時期は当たったけどな。場所を外しちゃ意味ないな」
「あたしはぜんっぜん! お父さんにはずっと長生きしてもらわなくちゃ。いろいろ勉強しなきゃいけない事多すぎるもん。ね? お父さんっ」
四人の子供達の、魔族討伐後の緊張感から解き放たれたやり取りを、ギュールスは口数少なくも暖かく見守る。
こんな会話をしてくれる相手が、自分にはいなかった。
今更ながら、自分もそんな相手が欲しかった。
我が子らに嫉妬心さえ芽生えそうなくらいである。
しかしそんな思いを打ち消してくれるくらいに、ギュールスは子供達に好かれていてた。
「……おぅ。……だが焦らなくていいさ。ミルールにはお姉ちゃんお兄ちゃん達がたくさんいるからな」
「じゃああたしは焦んないとまずいってことー? いいなー、ミルールはー」
「ユンナ姉さんも甘えたらいいじゃん……」
「あたしはみんなのお姉さんだから、お父さんやお母さんたちみたいな指導者の立場に立たなきゃいけないからねっ」
「はは……。一番上のユンナもロールスも、一番下のミルールと変わらない可愛い我が子だよ……。さ、帰ろうか。早く戻らないと留守番してるみんなが心配するからな」
「心配させてるのは父さん一人だよ? 昔話何度も聞いたけどさ、あれだけ放浪癖があれば誰だって心配するよ?」
ロールスからの忠告にはギュールスも苦笑いするしか出来ない。
「はは。そうかもな。悪いとこだと思うなら、そこは父さんのマネ、しないようにな」
冗談気味に返し、全員一緒にまとめて瞬間移動の魔法をかける。
転移先の仮住まいの家はやや増築され、雨風、そして雪には完全防備を施している。
真っ先に家の中に無邪気に飛び込むミルール。
「ミルール、ただいまくらい言えよ。みんな、ただいま」
「ミラーユ兄さん、細かすぎー。それにお腹減ったんだもん」
「そうよ、ミラーユの言う通り。挨拶はしっかりしないとだめよ、ミラーユ。でないとお父さんみたいにあとで困ることになるから」
ミラーユの兄らしさを頼もしく感じる、この二人の母親のミラノス。
二人に続いて、ただいまの挨拶をしながら家の中に入るユンナとロールスの耳に、ミラノスの言葉が入ってくる。
「どんだけ父さん当たり前のこと知らなかったのー?」
「ロールス、そういうこと言わないの。お父さん、仲良しの人一人もいなかったんだから、誰もそういうこと教えてくれなかったのよ? ね、父さん」
長兄と長姉に、帰りを待ちわびていた弟妹達が駆け寄ってくる。
ロワーナの子供の下の双子、シルフ族の色が濃いワーナスと青い肌のロワール。
ロワーナの子供達全員には、彼女が持っている王家の紋章が体のどこかについている。
そしてミラノスの三つ子の下の二人、青い肌の三男ラーノスと竜人族の系統が強い三女のノルス。
留守番組の子供達は遊び相手をしているミラノスと一緒にお帰りの声をかける。
その声を聞いたロワーナは、奥のキッチンから顔を出して同じように労をねぎらうと、留守番組に晩ご飯の手伝いを指示した。
「お父さんのお手伝い組はご飯の前にお風呂にいっといでねー。……ギュールス」
「ん?」
討伐の手伝いから帰ってきた子供達はロワーナの言う通り風呂場に入っていく。
残った子供達は今のテーブルに次々と料理を運ぶ。
それを見届けて心配そうにギュールスを見るロワーナ。
「あなたの中の……は、大丈夫? あれからずいぶん年数経ったけど」
ミラノスもギュールスの言葉を待つ。
「……自我を失いそうになることはなくなった。快方に向かう感じはないけど、子供達を一緒に連れて行くようになってから……子供達に救われてるよ。生まれた時よりもますます有り難い気持ちが強くなってる」
快方に向かうことはないという一言は、二人に、ギュールスに無茶をさせられないという思いを強くさせた。
それでも彼の目には、不安や惑いよりも安らぎの感情が強くなっているのは二人にも分かった。
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