予期せぬ合流と、予期せぬ答え

「今日は何事もなく無事に終わってよかったね。ね、ギュールス」


 朗らかな声を出すミラノスは草山羊亭の扉を開け、明るい顔で先にギュールスを建物の中に入れる。

 ギュールスは相変わらずローブで顔を隠しているが、ミラノスと同じような表情ではないことはその雰囲気で分かる。


「お、お帰りなさい、二人とも。今日もお客さんが来てますよ」


 それでも対応は分け隔てない草山羊亭の主。

 カウンターの真ん中に座っている薄汚れている格好をした者を指す。

 二人に背中を向けているその姿は明らかに冒険者。

 しかし装備のセンスはあまり良くはない。

 後ろから見ただけでも分かる胸当ての装備に幅が広いベルト。膝まで届くブーツ。

 カウンターの上に置いた手を見れば、動物の皮らしい素材のグローブをつけている。

 頭部の装備はない。

 そのせいか、金色の長髪も汚れ、乱れている。


「二日続けて私たちあてに客なんて珍しいわね。って……あれ? ロワーナ……オージョ?」


 ミラノスの言葉に一瞬跳ね上がるギュールス。


「う……あ……」


 振り向いて笑顔を見せるロワーナを見て、ギュールスはまともに言葉を出せずにいる。


「オージョ? ……ロワーナってばうちんとこの王女様……え? えぇ?!」


「な、なわけないでしょ? えーと、今日の夕食は個室がいいかなー。マスター、部屋どこか使わせてくれない? 流石に宿泊室はまずいだろうからさ」


 発音を微妙にずらすミラノス。

 顔を見れば何となくそんな気はするが、あまりにみすぼらしい上に汚い装備。

 それに首都とは言え、こんな田舎に来るはずもない。

 そんなことを呟いで無理やり自分を納得させる主は、ミラノスのリクエスト通り個室の準備をするためカウンターを離れた。


「……一体……どうして……」


「どうしても何も、ホワールから聞いたわよ。一個人としてなら会ってくれるんでしょ? いろいろお話ししたいこともあるし」


「そうじゃなくて、そのカッコ……」


 あぁ、これ? と言いながら腕を広げて自分の装いを見る。


「部屋、準備出来ましたよー」


 客席の奥の方から主の声が近づいてくる。

 用意された部屋は奥の突き当り。

 メニューはいつもの三人前、と頼みながら、言われた部屋に向かうミラノス。

 その後に二人がその部屋へと続いた。


「さてっと。まずギュールス。誰も来ないんだからローブ脱いだら? フードくらいは外しなさいよ」


 ミラノスから言われてようやくローブを脱ぐギュールス。

 ローブの下は、いつものような汚れた下着一枚。ズボンも両膝には穴が開き、あちこちがほころんでいる。

 部屋の入り口に衝立が置かれており、外からは中の様子は見えない。

 いくら田舎でも『混族』を恐れる者がいるかもしれないが、それがあるおかげで、ギュールスはその肌を曝すことが許されたように感じた。


「ふふ。その顔も久しぶりに見るわね。元気だった?」


 ロワーナの声にうれしい思いがたくさん詰まっていることは、彼女の顔を見れば十分分かる。

 しかしギュールスは浮かない顔のまま。


「ギュールス、ロワーナさんがこうやって話しかけてくれるんだから。私への気遣いはもう十分なんだよ?」


 労わるようなまなざしでギュールスを見つめるミラノス。

 そんな彼女を見たロワーナは、まるでギュールスの介護をしているように感じた。


「……あの日からあんまり変わらないわね。いつもこんな……暗い顔してるの?」


「うん……。私が一緒について行けるのは、私へ直接罪滅ぼしが出来るからだって」


 ミラノスからの好意を利用したギュールスは、いくらレンドレス王家と魔族の関係を断ち切るという大義名分が彼にあっても、それが解決してからは自分のことを許せないまま。

 彼女の言う通り、常に自分のそばにいることで、いつでも彼女は自分のことを責めることが出来ると考えていた。


「ところでロワーナさん。その格好は? いつもはすごく素敵な鎧とかつけてたじゃない」


 近衛兵師団が解体されたあとも、彼女はその時に付けていた装備一式をそのままつけていた。


「うん、あれは……王家の証でもあったし、国軍の証でもあったからね。今の私はただのロワーナ。個人としてなら会ってくれるって言ったんでしょ? ホワールから聞いたもの。軍資金は私個人の貯金だけだから、まぁ倹約しながら装備一揃いを買ったらこんなもんかなって」


「……ほんとに出てくるとは思いませんでした。いつお帰りになるんです?」


「……しばらく戻るつもりはないわね。これからは私もギュールスと一緒に動こうかなって」


 俯きがちのギュールスが即座にロワーナの言葉に反応する。

 顔を上げ、見開いて驚きの目を彼女に向ける。

 ロワーナは同じような眼をミラノスからも向けられている。


「いきなり決めちゃったんですか?」


「……俺の、せい?」


「そんなわけないでしょ。あなたのせいじゃなくて、あなたのおかげ、かな」


 自分を思い詰めるギュールスをやんわりと止めるロワーナ。

 そこに部屋へ主が運び込む料理は、それに気付いたミラノスが入り口で受け取る。

 テーブルの上に料理が並べられ食事が始まるが、ギュールスからの話が食事を止める。

 それは、ロワーナの同行を拒否する話ではなく、ミラノスと別れる話でもない。


「う、嘘でしょ……ギュールスさん……」


「い、いつから、なの? ギュールス……」


 いや、場合によってはその二つを同時に実行することになるかもしれない話だった。

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