女性記者、目当てと遭遇

「隣、失礼します。……失礼ですが、ギュールスさん、ですか?」


 ローブの色との錯覚のと影のせいか、色黒のようにも見える。

 男とは分かるが、ホワールに何の反応も示さない。


「前に一回会ったことはあります。覚えてません? オワサワール皇国の近衛兵の」


 カウンターをいきなり握り拳で殴る。

 目の前に置かれたドリンクのコップがその反動でわずかに飛び上がる。


「ギュールスさん、すいません。あまり台の上を叩かないでください。壊れますんで」


 申し訳なさそうに主が彼に向かって声をかける。

 そして主は余計な刺激するなという警告で、ホワールに睨みつける。

 明らかに近衛兵という言葉が引き金となった彼の行動。

 その原因を作ったのはホワールである。


 あの時のギュールスには、会話が出来る明るさはまだあった。

 しかし今の彼は一層陰鬱としている。


「そ、そうだ。私もここで食事することにしてるんですけど、良ければ一緒に……」


 ホワールの語尾は細くなる。

 カウンターの上に握こぶしを置いたまま微動だにしないギュールスは、まるでそこにいるのは自分一人しかいないつもりでいるかのようだ。


「おー、ギュールスさーん。可愛い人そばにいるのにつれない態度は良くないですよー」


「ぅおっ」


 ギュールスの後ろから抱き着く者がいきなり現れた。

 その勢いは、カウンターに顔面をぶつけそうになるくらい強い。

 その人物は全身緑色のローブを、ギュールスと同じように頭からかぶってはいるが、その声は女性の様に聞こえた。


「ふふ、初めまして、お嬢さん。珍しいね、ギュールス。まったく知らない人から声をかけられるなんて。あ、人族じゃないか。獣人……獣妖族かな?」


 突然のことで一瞬言葉を失うホワール。

 その後の頭のフル回転により、自己紹介もできない。


「え、えっと……あの、まさか、レンドレス王……」


「はい、そんな昔のことはないことにしましょ。でもそれを知ってるってことはただ者じゃないわね」


「ニ、ニヨール宿場新報社の、記者の、ホワール=ワイターと言いますっ」


 勢いよく立ち上がり、折れ曲がった直線のようなお辞儀をする。

 怪しまれないための誠意ある姿勢をとろうとするとそんな体の動きになるが、ホワールの頭と感情は別の所にあった。

 予想通りだとすれば、緑のローブの女性はレンドレス王国の王女のはずである。

 王家は離散。その系図も残っていないが、それでも目の前にその当人が現れれば、動きもぎこちなくなるほど緊張するだろう。

 そしてその予想は当たる。

 頭を覆っていたフードを頭から外す。

 人かエルフの顔に近い構造の、竜に似た頭部が現れた。


「……ミラノス、と呼んでください。ギュールスの……相棒してます。ね? 相棒でいいよね? それとも妻でもいいのかな?」


 ミラノスの最後の一言に、青いフードの中で首を左右に激しくねじっている。

 ミラノスはその様子を見て不満そうに口を尖らせている。


「もう……気にしなくていいのに……。私のことを知ってるならこの人のことも知ってるのかな。こっちはギュールス……あ、私のことはミラノス=ボールドと」


 ギュールスはさっきより激しく首を振る。

 まるでミラノスが彼をからかっているようにも見える。


「ふふ。こちらはギュールス=ボールド。……ギュールス、無愛想過ぎない? いつもは普通にしゃべるんだけど……普通、かなぁ。でも人見知り激しいから……あ、私たちこれからここで夕食食べるんだけど」


「あ、わ、私もここで食事する予定だったんですよ。ここのマスターとも知り合いで……。……同席してもいいですか?」


 恐る恐る尋ねるホワールに、ミラノスはにっこりと微笑みながら快く受け入れた。

 テーブル席はギュールスがダメらしいということで、カウンターの壁側にギュールス。その隣にミラノス、そしてホワールの順になるように三人は移動した。


「……で、どんな御用で私達に来たのかしら?」


「最初は『混族』の本当の姿を知りたくてギュールスさんの追跡をしてたんですけど……近衛兵になって、辞めてそこからの足取り調べたら他国に行ってるのが分かって、そうこうしてたらレンドレスが……ねぇ。あんなふうになって。そしたらそこにギュールスさんがいたらしいって」


 そして王家がなくなり、王と王妃の居場所を突き止めたが王女がいない。

 取材していくうちに、二人は一緒かもしれないと考え、引き続き追跡取材を続けた。


「で、そのー、お節介すぎるのも自分でも分かるんですけどね。こっちの……オワサワールの王女さんがあれ以来元気なさそうな感じがして、一度しっかり合わせてあげたいなーと。近衛兵辞める時、あの方相当いろいろため込んでたようでしたから」


 これも取材した中身を推測して出した結論。

 進めていくうちに、感情を素直に表に出せない彼女を陰ながら、応援できる範囲で応援してみようという気になってきたのである。

 勿論本人はおろか、周りの者やミラノス、ギュールスにも伝えず、胸の内に秘めておくことにする。


「……ホワールさん。今私達がやってること、知ってます……よね?」


 知らないはずがない。

 誰からの依頼のない魔族討伐である。

 あらゆる立場を捨てているからこそ、自由に動けるのである。

 後ろ盾がない分、その準備のための資金などを調達することがとても難しい。

 そこは、ギュールスの物作りの腕の振るいどころ。

 貴重な道具などを作っては高く買い取ってくれる道具屋などを訪ね歩く。

 その店探しはミラノスの役目。

 そうして何とか魔族討伐をしながら世界を渡り歩いている。


「どこかの国の所属になると、確かに金銭面では楽になります。でも私達のこの活動に水を差されたり、制限されたり、故意に特定の国には行けなくされてしまう恐れもあるんです。即座に動けなくなることもあるでしょう。それでは魔族の好き勝手を許すことにもなるんです」


 魔族によって生み出される悲劇はなくしたい。

 その願いが叶わないものとなる。

 どこかの国の中枢の人物と懇意にするわけにはいかないのである。


「じゃあ一個人としてなら会わせてくれるんですか? って聞くと、ミラノスさんってギュールスさんのマネージャーか何かみたい。ギュールスさんは……どうなんです?」


 びくりと一瞬震えるギュールス。

 しかし何も答えない。


「ギュールス……。私は平気よ? それに向こうが個人的に会うというなら、あなたも会う必要があるんじゃないかしら?」


 ギュールスは短く「あぁ」とうめくような返事をする。

 それを機に三人は夕食を食べ始めた。

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