『死神』のジンクスと『同行』のジンクス
普段とは違う異様なことが起きると、それに関わった事柄はその異様なことを連想してしまうきっかけとなる。
次の日、いつもと変わらないギュールスの朝。
彼が泊まっている場所は、宿で飼っている農耕用の動物がいる小屋。
しかし料金は普通の宿と変わらない。
そんな所に泊まっている他の客はいない。
一人きりで眠り、一人きりで起きる。
食堂に行けるような経済力はない。
行けたとしても、他の客や食堂のスタッフがいい顔をしない。
招き入れる客はないが追い出す客はいる。
ギュールスも朝から、追い出されて気分を害する時間を持ちたくないし、他の客にそんな不快な思いをさせたくもない。
ゆえに、近くを流れる小川の傍でいつもと同じ朝を迎える。
部隊編成発表時には名前などの自己紹介はするが、住んでいる場所や宿泊場所までは言うことはない。
作戦実行に関係のないことだからだ。
一晩中あの変な女に付きまとわれることが体調を崩す原因になりかねない。
ギュールスにとって、そんなマイナス要因が増えないことは、無事にゆっくり休む時間を得ることは出来るということでもある。後ろ向きの発想であるにせよ、彼にとって幸いだった方だ。
しかし、この日も昨日のことを連想することが起きる。
討伐に参加する登録用紙を記入し提出しようとしたときに、突然後ろから押し退かれて先を越されてしまった。
その順番が変わることで何かを得るということはない。本当にただ、順番が変わるだけ。
「順番くらい守れよ」
普通ならそう声をかけ、注意を受ける出来事である。
が、『混族』にはその一言ですら文句は許されない。そんな風潮である。
それに一々そんなことで目くじらを立てているようでは、逆切れされた上相手に加勢する者が大勢現れる。自分に味方は現れない。
そんな注意をするのは、彼にとっては愚の骨頂。
改めて書類を提出するのだが。
「私が先ね、ふん」
鼻息荒く、ただ順番が先になったというだけの優越感でギュールスを笑う女性冒険者。
ギュールスは一瞬固まる。
彼の記憶によれば、彼女の装備はまるで昨日のエノーラとやらとほぼそっくり。
そして同じ種族の様である。
だが別人であることが分かると胸を撫で下ろす気分になるが、彼女のすぐ後の順番に嫌な予感はする。
そしてその嫌な予感は的中した。
彼女と同じ部隊になる。
難癖をつけてくる相手には、言うことに素直に従っていればそれでいい。
しかし普通に声をかけてくる相手には、どう対処していいか分からないこともある。
野生の犬や猫に懐かれるのは別に問題はない。彼らに『混族』の定義などないのだから。
しかし『混族』の彼と同じ社会で生活している者から近づいて普通に会話を求めてくるとなると、『混族』の定義を有しているのかどうかを確認しないことには、彼にとってその目的がはっきりしない。
隊長になった人物から言い渡されるのは、相変わらず荷物持ちと捨て石と言う役目。
しかし昨日のシルフの冒険者とは言うことが違っていた。
「私にはジンクスがありまして。単独で行動する者を補助する役目を持った時は、部隊全員生還できるというものです。ですのでこの……ギュールス? さんと一緒に行動させてくださいっ」
全員の無事な生還を保障されるようなことを言われれば、流石にそれを止めることは憚れた隊長。
「えーと、ギュールスさんですか。よろしくですっ」
彼の言葉は「ああ」と短い一言だけ。
しかし態度は明らかに彼女を避けようとしている。自分の名前を覚えた相手の事を、ギュールスは知ろうとしない。
昨日と言い今日と言い、一体何の厄日なんだと周囲に相談したくもなるが、その相手もいない。
一昨日の襲撃の事件のことすら、目撃者になった者がいるかもしれないと思われるが、恐らく忘れられているだろう。
その事と比べれば、昨日のことなど些細なこと。
昨日の彼の身に降りかかったことを知っている者もいない。
部隊の者達は「『死神』が捨て石になってくれる上にそんなジンクス持ちもいるなら俺らへの被害の心配しなくてもいいな」と気楽な雰囲気になりつつある。
今回のこの部隊もほとんどの部隊同様、本体である国軍に襲い掛かる魔族の軍勢の戦力を削ぐ囮。
もちろんなるべく戦闘せずに退却することを目的としている。
昨日同様、目的地に着いた後は各々荷物を手にするメンバー。
そしてギュールスはさらに前進。
「え? 指令とは違うところに移動することになるんですよ? いいんですか?」
「……いいも何も、偵察が本体と一緒に居たら偵察の意味がないだろうが。足止めってのはそう言う役目」
「ギュールスさん一人だけしか向かわないんですよね? なら同行します。自己紹介の時にも言いましたが……」
「隊長に伝えりゃそれでいいさ。俺はお前を守りながら足止めする、そんな器用な真似はできねぇ」
メイファ=サラと名乗ったシルフの女性冒険者は、ギュールスに明るい表情を見せながら行動を共にした。
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