第25話

「ポーもキンダーベルンの被害者だったのね。」

「ある意味な。そんで、屋敷のメイドを交代でララの世話に行かせてる。全部、パンとラーザが仕切ってくれているから助かるぜ。タイは最近はパンの後をついて回ることが増えたな。花梨が寝込んでくれたおかげで、タイはゆっくりあの二人に馴染むことができたみたいだな。」

「そっか…。」

「寂しいか?」

 あたしは、微妙な笑みを浮かべる。

「寂しくないって言ったら嘘だよね。でも、あたしはいずれいなくなっちゃうしさ、無責任につれ回しちゃ駄目なんだ。」

 ホランは、あたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「ちょっと、やめてよ。髪がぐしゃぐしゃになるでしょ!」

「俺は花梨に最後まで付き合ってやるよ。おまえの大事な人が見つかって、元の世界に戻れるまでな。」

「誰も頼んでない!ホント、お節介だよね。」

 ホランはニカッと笑う。

「そう言うな。まあ、いわゆる暇潰しさ。それに、おまえの魔法に打ち勝つくらいの力を手に入れないとだしな。鍛練して、もっと強くなりたいんだよ。」


 多分、これが本音なんだろう。

 でも、今でもかなり強いホランが、何のためにそんな強くなりたいんだろう?


「筋肉バカなんだから。」

「なんじゃそりゃ?」

 ホランは笑って部屋から出ていった。

 

 あたしはそれから三日間、日常生活に戻るリハビリをして過ごした。

 筋肉が衰えてしまったから、軽い散歩から始め、次第に走ったり筋トレしたりと、体力作りに専念した。その間、タイがあたしの真似をしてついて歩いた。

 その間、タイには剣の持ち方から振り方いなし方などを教えた。また、合気道の呼吸法、入身、転換なども教えると、タイは凄い勢いで吸収していった。

 体力が戻ってきたのは、そんな稽古のおかげかもしれない。

 また、合気道はタイだけじゃなく、女性達にも教えてみた。こっちの獸人は運動神経が発達しているのか、上達がすこぶる速い。パン達も、ホランくらいの大男を投げ飛ばせるくらいにはなった。


「花梨、ちょっといいか?」

 裏庭で、タイとチャンバラゴッコ剣道をしていたとき、ホランが窓から顔をだしてあたしを呼んだ。

 あたしは汗を拭きつつ、ホランを見上げる。

「タイはジジイの小屋に行って、薪割りを手伝ってやれ。」

「わかった!」

 タイは疲れも見せずに、竹刀代わりの棒を片手に走っていった。

「花梨はこっち。居間にみんな集まってるから。」

 棒を家の壁に立て掛けると、あたしは裏から屋敷に入った。


 居間には、ホラン、ザーナ夫妻、ラーザ達メイド達、そしてポーとシザーがいた。

「今朝、ポーが戻ってきたんだ。この領地内にいられるのは、明日の朝まで。恩赦がない限り、二度とこの地には足は踏み入れられない。」

「兄さん、僕はすぐにたつつもりだよ。僕の財産は、全てシザーに譲渡する。たいしたものはないけどね。ここに戻ってきたのは、謝らなければならないと思ったからだ。」

 ポーは、緊張しているのか、青白い顔でパン達女性のほうを向いた。

「むろん、許されるとは思わない。」

 うつむくことなく、真正面を向き、一人一人の女性と視線を合わせる。

「本当は、今朝シザーの元に寄った後、すぐにたつつもりでいたんだ。でも、シザーから話しを聞き、あなた方がララをどれだけ新味に世話してくれているか聞いた。ララは僕の乳母だけれど、母親同然だと思っている。本当に、本当に感謝する。」

 ポーは深々と頭を下げ、シザーも同様に頭を下げた。

「兄さん達も、ララのこと、本当にありがとう。僕がいなくなった後も頼みます。」

 

 あの冷たい感情の抜け落ちた声ではなく、暖かみのある心の底からの響きだった。

「もちろんさ。君も僕も、同じように毒を盛られた被害者じゃないか。僕はきちがいの振りをして身を守るしかなかったけど、ポーは僕より小さいのに、あの兄さん達を手玉に取って凄いよ。」

 パンがザーナの腕をつねる。ザーナは涙目になりながら、パンを見つめた。

 

 そりゃそうだ。

 

 ここにはポーの被害者が沢山いるのに、手放しで誉めたらまずいでしょ。

 パンは咳払いをし、ザーナの前に出た。

「確かに、許せるものではないかもしれない。でも、あんたがホミンの元にあたし達を送ったから、あたし達の純血は守れた。あれがキンダーベルン伯だったら、あたしはザーナの隣りには立てなかったからね。」

「そうなんです!ポー様は綺麗な女性は全てホミン様に、子供達も跡継ぎのいない貴族や王族に養子縁組してました。けして、むやみやたらに…。」

「シザー、それはおまえが尽力したことだろう。僕は、おまえがそうした方がいいと言ったからしたまでだ。」

 ポーはシザーの言葉を遮った。

「まあ、気色悪かったけど、最悪な事態にはならなかったのは確かね。私はあなたを許すわ。」

「私もよ。」

 ラーザとパンが言うと、他の女性達もうなずいた。

「ザーナ兄さん、これは僕が携わってからの誘拐のリストだ。シザーが記録していたものなんだけど、誰がどこへ連れて行かれたか書いてある。今の僕では、彼らをどうにもできないけど、キンダーベルンの名前があれば、なんとかなるかもしれない。役に立つだろうか?」

 パンが代わりに受けとると、大きくうなずいた。

「凄い、これがあれば、誘拐された人達を取り返せるかもしれない!絶対、なんとかする!ね、ザーナ様。」

「ああ、もちろんだ!…でもどうやって?」

 ザーナは気負い過ぎて声が裏返っていた。

 

 なんか気が抜けてしまう。

 

 パンはザーナのどこがそんなにいいんだろう?はっきり言って、キンダーベルンを統治できるのか不安になる間抜けっぷりだ。

 気が触れた振りも、かなり真に迫っていたのは、もとからずれた思考を持っていたからかもしれなかった。いわゆる天然キャラってやつ。

「それは、シザーに任せれば大丈夫。彼は全て把握しているから。」

「それはなによりだ。シザー、君に全部任せるよ。キンダーベルンの名前をガンガン使ってかまわないからね。みんなを助けてやってくれたまえ。」

「いえ、あの、私は…。」

「シザー、それは話しただろ!」

 シザーの言葉をポーが遮る。

「いえ、ポー様、私はキンダーベルンに残るつもりは!あなた様一人行かせるわけにはいきません。」

 ザーナが情けない表情になる。

「シザー、それは困る。凄く困る。僕は、なにをどうしたらいいかわからないんだ。父の取り巻きの爺さん達は、父の代わりにキンダーベルンを治めていたが、私利私欲を貪っていた。そんな奴らに任せるわけにいかないじゃないか。また同じキンダーベルンになってしまうよ。まあ、僕はパンと慎ましく生きていければいいんだけどね。」

 

 自分でなんとかしようとは思っていないようだ。

 

 ホランも、自分でザーナをキンダーベルンの跡継ぎに担ぎ上げたものの、あまりのへたれっぷりに、言葉がでないようだ。

「ザーナ様、あなた。私は、私達だけの慎ましい生活もいいとは思うけど、可愛いタイのために健全なキンダーベルンを残してやりたい。あの子のために。」

 パンが子供に言い聞かせるように、ザーナの手を握って言った。

「もちろんだよ、パン。その通りだよ。そのためには、やはりシザーには残ってもらわないと!」

 

 あくまでも、他人任せなわけだ。


「シザー、君には僕達の母親を頼みたい。君の母親は、僕にとっても大切な人だ。君までいなくなったら、ララはどうなってしまうことだろう?」

「しかし!」

「それに、君は僕の乳兄弟として、僕の尻拭いをする義務があると思う。僕のために。」

「…わかりました。でも全てが終わったら、私は必ずポー様の元に参ります。」

「ああ。」

 二人は手を握り合った。

「その前に、ポーが戻れるように働きかければいいじゃねえか。シザーが実績をあげ、ポーの手柄にすれば恩赦がでるかもしれねえぜ。まあ、ポー自身がなんかで手柄たててもいいけどな。」

 シザーの表情が明るくなる。

「わかりました!必ずポー様が戻れるように尽力致します。ホラン様、ポー様のことをよろしくお願いいたします。」

 シザーがホランに頭を下げた。

「僕は一人で…。」

「任された!ポー、俺は二度とおまえを見捨てない。おまえが独り立ちできるようになるまで、おまえは俺達とくるんだ。花梨、いいんだよな?」

 ホランとポーの言葉が重なる。

「だから、勝手にどうぞ。あたしはユウさえ探せればいいの。あんた達がついてくるのは勝手にしてちょうだい。」

「だそうだ。良かったな、ポー。」

 ポーは、微妙な表情でホランとあたしを見る。

「夫婦…なんだよね?」

「あ、あれは嘘!真っ赤な他人だから。」

「他人じゃねえだろ。ってか、真っ赤な他人ってなんだ?俺は花梨の舎弟だろ。つまり、ポーも…花梨の弟になるのか?」

「じゃあ、僕も花梨さんの弟なんだね。タイは甥っ子か。」

 ザーナが余計なことを言ってくる。


「勝手に家族を増やすな!」

 あたしがドスのきいた声を出すと、ラーザがクスクス笑った。

「まあ花梨、落ち着いて。ポー様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 ポーが何でしょう?と首をかしげる。

「獲物の捕まえ方はご存知でしょうか?裁き方は?火はおこせますか?」

 ポーは黙って答えない。

 知らないんだろう。

「一人で旅をするには必要な知識です。怪我をしたら?病にかかったら?薬草の知識はございますか?」

 やはり黙ったままのポー。

「とりあえず、ホラン様についてそれらを覚えたらいかかでしょう?」

 ポーはため息をついた。

「…僕がついていって、いいんだろうか?」

「当たり前だろ!」

 ホランがポーの頭をぐしゃぐしゃにかき回す。

「花梨姉さん、よろしくお願いします。」

 ポーの顔に、始めてイタズラっ子のような笑みが浮かぶ。

「だーかーらー、姉さんじゃないってば!」

 みな、声をあげて笑う。

 

 これで、明日、あたし達の出発も決まった。

 早くユウを探しに行きたい反面、タイとの別れ、仲良くなったパンやラーザ達との別れを考えると、気持ちが揺れずにはいられなかった。

 ユウが見つかったら、絶対一度ここに戻ってこよう!


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