第26話
タイとの別れは、涙涙だった。
タイはポロポロ泣きながら、一生懸命笑顔を作ろうとしているし、そんな健気なタイを見て、ザーナは辺り憚らず号泣だし、パンら女性陣はハンカチで涙を押さえながら、最後まで旅支度を整えてくれた。
あたしは、もちろんぐっと我慢したわよ。
だって、笑顔のあたしを覚えていてほしいものね。それに最後の別れじゃないと信じたいし。 「もういいんじゃないか?」
タイ達が見えなくなるまで、あたしは振り返りながら手を振り、笑顔を顔に張り付けて歩いていたが、丘を登り降りたところで、ポーがあたしの腕を押さえた。
あたしは立ち止まり、振り続けて疲れた腕をダランと下げた。一瞬にして笑顔が消え、涙がボロボロと溢れる。
「兄さん、どうにかしてよ。」
「そんなこと言われてもな。」
ホランとポーは、お互いに押し付けあいながら、泣いているあたしの回りでオロオロしていた。
「ほら、顔拭くか?」
ホランは、ゴソゴソ荷物をあさりながらなにやら布のような物を取り出すと、あたしの目の前に突きだした。
「兄さん、それ下着だよ。」
その布を見て、慌ててポーが取り上げる。
「別に洗ってあるからいいだろ。他にきれいな布なんかねえし。」
「駄目に決まってるだろ。ハンカチも持ち歩かないの?」
ポーがハンカチを取り出して、あたしの涙を拭く。
「そんな上品なもん、必要ねえし。」
あたしは、ポーのハンカチを奪って、おもいっきり鼻をかんだ。
「あ!…いや、まあ、いいんだけど。」
ハンカチは道端のゴミになった。
「あー、泣いたらすっきりしたー!二人とも、なにのんびりしてんのよ。さっさと歩きなさいよ。」
二人とも、いきなり復活して歩き出したあたしを呆れたように見つめていたが、どんどん距離が離れてしまい、慌てて追いかけてきた。
「切り替え早いね。」
「女ってのはそんなもんだ。」
ホランとポーは、あたしの後ろを歩きながら、なにやら女について語っている。
そんなくだらない話しをきっかけに、お互いのことをちらほらと話し出した。あたしは、そんな二人の邪魔をしないように黙々と歩く。
ホランは盗賊になったきっかけや、盗賊仲間の間抜け話しを面白おかしく話し、ポーは相槌を打ったり笑ったりしていた。ポーはほとんどがシザーやララの話しで、どれだけ二人が自分に尽くしてくれたか、しみじみ語った。
話しを聞く限り、ポーが人らしく付き合ったのはその二人だけで、後は自分達に害のある者か、利用する者(もしかすると領民は人とも思っていないかもしれない)という認識らしい。
人格形成の上で、何か欠落しているような…。
他人に倒して冷淡に振る舞えるのは、それがシザーやララと同じ生き物だと思った通りいないからかもしれない。温和そうな笑顔や動作の下に、たまに見える冷たい表情が気にかかった。
「ところで、花梨姉さんは人間なんだって?妖精族じゃなかったんだね。」
「そう、人間よ。こっちへは、ユウ…あたしの幼馴染を探しに来たの。」
「幼馴染もこっちにいるの?」
「そのはずよ。ほら、これ。」
あたしは、大事にしまっておいたユウの写真を見せた。
「可愛い子だね。」
「可愛いけど、男の子だからね。あたしの一番大切な人。」
「そうなんだ…。でもさ、人間が僕達の世界にくるのは凄く珍しいよね?」
「そうでしょうね。あまり頻繁にあっても困るわよ。」
そうは言ったものの、実際に珍しいことなのかどうかはわからない。なにせ、こっちの世界にきてしまったら、向こうの世界では存在しない人間になってしまうみたいだから。消えたことにすら誰も気がつかないから、少ない事象なのか、判別は難しい。
もしかしたら、こっちから元の世界に戻れたとき、あたし達がいたって記憶はみんなの中から消えてしまうかもしれない。そうしたら、こっちの世界で寿命をまっとうした人のみ、記憶として残ることになり、流れてくる人間は少ないと思われているだけかもしれない。
「全員かはわからないけど、人間は都に登録してるはずで、人間は少ないから、人間同士の横のつながりもあるらしい。」
「じゃあ、やっぱり都に向かうのは正解なのね。」
声が跳ね上がり、 足取りまで軽くなる。
「人間って、特殊な技能があったり、知識があったりで、重宝されるらしいんだけど…。」
「それ、あたしは当てはまらないわ。ただの中学生だもん。」
「中学生ってなんだ?」
「まだ勉強中ってこと。しかも特別な勉強じゃなくて基礎ね。高校行って、大学行って、就職すれば、特別な知識や技能が身に付くかもしれないけどね。」
「高校?大学?」
「まだまだいっぱい勉強しなきゃいけないってことよ。」
二人とも、へぇと感心する。
「都で二人の人間に会ったことがあるんだけど、その人達が言うには…。」
「人間に会ったことがあるって?!」
あたしは思わず足を止め、振り返ってポーの肩をつかむ。
「痛いよ、姉さん。」
あたしが手を離すと、ポーは荷物をかつぎなおした。
「ごめん。で、人間に会ったって、いつ、誰と?!」
「僕が会ったのは、一年くらい前かな。藤五郎っていうおじいさんと、晃っていう青年だよ。あと一人も、都にはいるらしいけど、晃より年上って言ってたかな。ただ…。」
「ただ?」
「不思議だなって思ったから覚えているんだけど、二人とも同じ時代の人間じゃないって言ってた。こっちでの年の差は三十弱だけど、向こうに戻ったら四十以上違うはずなんだとか。」
「それって、どういうこった?」
ホランは首をかしげた。
「つまり…、時間の流れは関係ないってことね。」
わけがわからなくてイライラしているホランに、あたしは地面に線を二本書いて説明した。
「この線があたしの世界、こっちの線があんた達の世界ね。あたしの世界で平成二十年に生きているAと、平成三十年に生きているBが、こっちの同じ時代の同じ時間のCに流されてきたってことよ。」
線の上にABCと書いて説明する。
「ということは?」
「逆に考えたら、同じ時間を生きていたあたしとユウだけど、ユウだけ数十年前のこの世界に流されて、おじさんになっているかもしれないってことよ!」
逆もあるのか…?って考えたけど、写真にユウが写っているということは、こっちの世界にユウはきているはずだ。じゃなきゃ写真から消えたままのはずだし。すでにいるなら逆は有り得ないはず。
なにより、おばさんになるまでユウに会えないなんて耐えられないし、考えたくもない!
おじさんになったユウか…。
創造してみたが、例えおじいさんだとしてもあたしの気持ちは変わらないと思えた。
ただ、一緒に年をとれないことは、凄く淋しいことだし、あたしが知らないユウの時間が流れるなんて、考えるのも嫌だ!
もし、あたしがいない何十年かの間に、ユウに親しい誰かができたら?好意なんか持ったりしたら?その時その場にいない私は完敗だ。不戦敗だよ。
考えたら、なんか背中がゾワゾワしてきた。妄想だけが膨らんで、不安が押し寄せてくる。
こんなとこで、悠長に立ち止まって話している場合じゃない。
「ほら、急ぐよ!」
歩きなら、一週間もかからずに都につくと聞いた。とにかく急がなきゃ!
あたしはホラン達を振り返ることなく、ひたすら歩いた。
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