第24話

  別荘からキンダーベルンの屋敷に戻り、パンは屋敷の女主人として、仕切り始めた。

 また、ホミンに誘拐されていた女性達は、家に帰ったり、キンダーベルンの屋敷でメイドになったりと、それぞれだった。

 アンジュは傭兵の仕事を探して旅立ち、ラーザは屋敷に勤めてパンの片腕になっていた。

 タイは、屋敷とトンガの小屋を行ったりきたりしていた。トンガには、ホランの次くらいになついていて、トンガもタイが可愛くて仕方がない様子だ。


 あたしはというと、珍しく風邪をこじらせてしまい、あのあとすぐに熱を出して寝込んでしまったの。一週間熱が下がらなくて、次の一週間は体力が万全じゃないからと寝かされ、やっと三週間目にして起き上がることを許可されたとこだ。


「花梨!そんな薄着じゃ駄目よ。ほら、ベッドに戻って。」

「ラーザ、もう大丈夫よ。ほら、前とかわらないわ。」

 実際、体力はかなり戻っており、食欲もかなりある。このまま食べて寝てを繰り返したら、ユウに会うときには誰だかわからないくらい肥えてしまいそう。

「だってあなた、凄い熱だったのよ。お湯が沸かせるんじゃないかって思ったくらいよ。」

「やあね、大袈裟よ。」

 そこへホランがやってきた。

「よ、かなり元気になったみたいだな。ほらよ、土産だ。」

 ホランは果物を投げてよこした。

 甘酸っぱい匂いがする。見た目は夏みかんみたいだ。

 ラーザがそれをむき、皿に盛ってくれる。

 あたしはベッドに戻され、ベッドに寄りかかって座りながら、その果物を食べた。

「あのよ、実はポーが戻ってくるらしいんだ。むろん、この土地に長居することは許されていないんだがよ。」

「どういうこと?」

「ほら、ザハが逃げたから、ポーの罪は証明できなかったんだと。ただ、あいつ自ら自白したのもあって、拘束じゃなくてキンダーベルン領に近寄らないってことに落ち着いたらしい。」

「そうなんだ…。」

「今回は、私財をまとめるために、一時許されての帰郷になるんだと。」

「この屋敷に戻ってくるってことね?」

「まあ、そうだな。ここがあいつの家だからな。」


 ホランは、しばらく喋りにくそうにしていたが、意を決したように話し出した。

「あのよ、俺、本当に後悔したんだ。この家を飛び出したとき、自分に余裕がなくてよ、あいつを置いていっちまったこと。」

 あいつとは、ポーのことだろう。確かに、ホランの異常な家族の事情なら、残して行った小さな弟のことを、かなり心配したと思う。

「俺、もう後悔したくねえんだわ。あいつは、この最悪な環境で育って、あんなふうになっちまった。まだ、取り返しがきくと思うんだ。」

「まだ十三才?だっけ?」

「ああ、小さいから、十くらいにしか見えねえけどな。」

「で、あんたは何がしたいの?」

「とりあえず、面倒を見たいと思う。」

「いいんじゃない。」

「へっ?」

 ホランは、気が抜けた声をあげる。

「なによ?別に、あんたはあんたの好きにすればいいわ。あたしもそうしてるし。」

「俺は花梨の舎弟で、一緒に旅してるじゃないか?」

「そうね。許可した覚えはないんだけどね。」

「俺はその旅にポーを連れて行きたいって言ってんだけどよ。」

「だから、勝手にどうぞって言ってるの。嫌だっ言われたいわけ?」

 

 ホランはすっかり拍子抜けって感じで、椅子に崩れるように座った。

「俺よ、おまえが熱の間に、とりあえず色々ポーのこと聞き回ったんだ。ま、かなりしたたかなのか、あいつの悪事の足取りは掴めんかった。悪く言う奴すらいなかったくらいだ。」

「それはそれで凄いね。」

 ポーは、かなり悪事を仕切っていたはずで、どれだけ徹底して痕跡を消したのか、頭の良さが伺われる。

「だからよ、あいつを一番よく知る奴に話しを聞くことにしたんだ。」

「シザー?だっけ?」

「ああ。」

 ホランは椅子を揺らしながら話し出した。


 ◆◇◆◇

 あたしが寝込んでしまってから、ホランはとにかく領内を歩き回り、情報を集めた。

 すでに領主が変わったって噂が広がり、これから良くなるのではと浮かれている者達と、どうせ何も変わらないと悲観的な者達で、領内はざわついていた。

 

 そんな中、前キンダーベルン伯や長兄次兄の悪事はワンサカ話しを聞けたが、ポーについては悪い噂はなく、どちらかというと愛されキャラで通っており、身体が弱くなかったらポーに跡を継いでほしいと言う者が多かった。

 ホランは、市場や酒場などを回った後、最後に屋敷の離れにある家の扉を叩いた。トンガの小屋とは正反対の場所だ。

 

 しばらく待つと、シザーが扉を開けて出てきた。

「……ホラン様。」

「ちょっといいか?」

 シザーは、身体をずらしてホランが入れるように扉を支えた。

「悪いな。ララは?これは土産だ。」

 ホランは、さっき市場で買った団子を机に投げた。

「母は寝室です。すみません、起きることができなくて、ご挨拶も無理かと…。」

「そんなに悪いのか?」

 ホランは険しい顔になる。

「ええ…。ポー様からいただいている薬のおかげで、なんとか命を繋いでいる次第です。」

 シザーは、やつれた顔でうつむく。

「ホラン様、ポー様は母のためにあのようなことを…。けして、私心からのことではありません。どうか、ポー様のことをお許しください!」

 シザーは土下座し、床に頭をこすりつけた。

「詳しく話してくれ。」

 

 シザーが話すには、ホランがいなくなってから、ポーは幾度となく命を狙われたらしい。シザーの母ララの病も、そんなポーに盛られた毒をかわりに飲んだためだった。

 解毒剤でなんとか一命をとりとめたものの、遅延型の作用はとめることができず、寝たきりになってしまったうえ、高額な解毒剤を常に飲み続けないと、全身が痙攣して死に至ってしまうらしい。

「なるほどな、理由はわかったぜ。でもよ、ありゃ性格変わりすぎじゃねえか?」

「それだけ生き残るのに必死だったんです。根はお優しいポー様がいらっしゃいます。ただ、そのベクトルの幅が狭く、領民に向かなかったんです。母のため、私のために、なんとしても薬代を稼ぎ、私達の命が狙われないためにはキンダーベルンを継ぐしかないとおっしゃって…。私がお諌めしなければいけなかったんです。私しかいなかったのに!」

 シザーは拳を握りしめ、青ざめた顔を歪めた。

「まあ、なんてえか、俺もあいつを置いてきぼりにしちまったからな、同罪だよ。」

「ポー様がお帰りになったら、母と三人でひっそり暮らします。しばらくは薬はありますし、解毒剤になる薬草の種もなんとか入手できましたので、栽培に成功すれば、薬代に悩むこともなくなるでしょう。」

「それは心配するな。ザーナに言ってある。ララの薬と治療に金を惜しむなってな。あいつも、っていうか嫁さんが承諾してるから大丈夫だ。」

「ザーナ様の奥様?」

「パンって女だ。ホミンに捕まっていた女達の一人で、ザーナの婚約者だった女さ。しっかり者で情に厚いから、約束は守るだろう。」

 シザーは膝をつき、顔をおおった。肩は震え、嗚咽が聞こえる。


 自分達が拐った女に助けられることになる…、思うところもあるんだろうと、ホランはしばらくそんなシザーを黙って見守った。

「で、シザーに頼みがある。」

 シザーが落ち着いたのを見計らって、ホランが声をかけた。

「私にできますことなら。」

 シザーは顔をあげた。その表情はすっきりして見えた。

「ザーナは頼りないし、パンはしっかりしてるとはいえ女だ。頼りになる執事が必要だ。そのうち、ザーナを傀儡にして、キンダーベルンを牛耳ろうって奴がでてくるかもしれねえ。そうならないよう、ザーナの手助けをしてやって欲しい。」

「でも、私はいろんな悪事に手を染めて…。本当は、ポー様と一緒に捕まっていなければならなかったのに。母のことがなければ、私も…。」

「俺もまあ、人様のことをとやかく言えるような生き方はしてねえな。なにせ、盗賊の頭やってたしな。」

 シザーは、驚いたようにホランを見る。

「ホラン様が?」

「様…なんて呼ばれるような者じゃねえのは確かだな。」

 シザーは、しばらく無言でうつむいていた。

「考えさせて下さい…。」

「そうだな。あと、おまえだけじゃ、ララの世話は無理だろ。一人こっちによこすからな。追い返すなよ。じゃ、邪魔したな。」

 ホランは、深々と頭を下げるシザーに手を振り、家を出ていった。




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